18. 「slave」 by 櫻さま


ジャラジャラと。
頭の中で響く鎖の音。
手首から、腕へ。足首から太腿へ。腰から、首へ。
銀色の鎖が、身体中を締め付ける。
 もがけばもがくほどそれは絡み付いて、己を縛る。


「助けて……」


 その声は届いているはずなのに、目の前の男は、口角を上げるだけだ。
「頼むから……」
 男に乞う己の姿は、余りに惨めで情けないものだった。
 それでも縋るしかなかった。

「ゾロ……」

 ゾロしか。
 この鎖は切れないから………
 頼むから、この鎖を……切ってくれ……











 暗闇より、ゆっくりと覚醒する。
 瞼を開けば、そこには、いつもと変わらない船内の天井が見えた。
 サンジは、やはりゆっくりと身体を起こす。
 あんなにも身体中に絡みついていた鎖なんて、どこにも見えやしない。
(また……夢、か……)
 何度も何度も繰り返し見る夢。
 決して自分では外すことの出来ない鎖は、まるで生き物のように身体中を這う。
 誰か助けてくれ、と手を伸ばそうとしても鎖はそれを許さない。
 助かる方法はただ一つ。
 目の前に立つ男に縋ることだけ。
(ゾロ……)
 なのに、ゾロはいつもただ笑みを浮かべるだけで、目の前から動こうとしない。
 鎖に繋がれたサンジを嘲笑うかのように、見ているだけだ。
 実にリアルな夢だ。
 サンジは、タバコを銜えるとぼんやりとした頭で、そのまま外へ向かった。
 扉を開き、目線を上げる。
 その先に見える見張り台。
 姿は見えずとも、全身で感じる気配に、サンジは身体をゾクリと震わせた。
 無意識なのか、それとも自身の意志なのか。
 ふらりふらりと、足はそちらへと向かう。
 ゾロに近付けば近付くほど、頭の中で、鎖の音が大きくなる。


 あるはずのない鎖。
 身体は自由に動く。
 なのに、それはジャラジャラと音を立てて身体を徐々に縛り始める。
(何で、あいつなんだ……)
 重い鎖が、ゾロに向かって伸びていく。


 早く切ってくれよ……
 そうでなければ…… 




「何だ?何か用か?」
 ゾロは、サンジの姿を見るなり、眉間に皺を寄せる。
「珍しい。起きてたのか?」
「見張りなんだから、当然だろうが」
「よく言う。いつも寝てるくせに」
 サンジは、くっと短く笑いながら、ゾロのすぐ傍に腰を下ろした。
「気配で分かんだよ、嫌なモンていうのはよ」
 ゾロは、そう言ってサンジを見る。
(まただ……)
 鎖の音が響く。
 サンジにしか見えない鎖。
 ゾロにしか切れない鎖。
「俺は……嫌なモンかよ……」
 ポツリと呟くと、ゾロが僅かに目を見開いた。
「ま……しょうがねぇか……」
 サンジは溜め息を吐いてまだ暗い空を見上げた。
 ゾロの体温がすぐ傍から感じられるのに。
 身体を埋め尽くすのは、冷たい鎖の感触だけだ。


「テメェは……キライ……だからな……俺のこと……」


 それは、他の誰でもない、自分が一番知っている事実。
 傷つくことなんてない。
 傷つく意味もない。
 なのに、どうして、言葉にしただけでこんなにも苦しいのだろう。
 サンジは苦笑いを浮かべると、先ほど坐ったばかりだというのに立ち上がった。
「……結局、何しに来たんだよ、テメェは」
 少し苛立ちを含んだその声に、サンジは再び喉を鳴らす。
「全くだ。俺は……何しに来たんだろうな……」
 まるで独り言のような呟きに、ゾロは訝しげにサンジを見る。
「……悪かったな、邪魔した」
 その目に、夢の自分を思い出す。
 囚われたこの身。
 決して逃げることの出来ない罠。
 ゾロの顔をそれ以上見ることが出来ず、サンジは背中を向けた。
(ゾロに、何を望むというのだ)
 ゾロには、この鎖は見えないというのに。
 切れ、というのが無理な話だ。
(それでも……俺は、夢の中でまたお前に乞うんだろうな。切ってくれ、と。馬鹿みたいに。何度も……)

 
 ゾロだけに………





「勝手に人の感情決め付けんじゃねぇ」


 その声は、幻聴だと思った。
 現に、歩みは止まることなくその場から逃げようとしていた。

「何も分かってねぇ」

 搾り出すような声に、やはり幻聴のようだと思う。
 それとも、夢なのだろうか。
 だとすれば、何と柔らかな夢なのだろう。
 ひどく、心地良い響きだ。

「テメェは……知らなすぎんだよっ!」

 身体がぐらりと傾いていく。
 薄暗い、空が見えた。
 ああ、堕ちて行くんだ、と心のどこかで確信する。
 願わくば。
 このまま、この鎖ごと、海の中に埋もれてしまいたい。
 どうせゾロは。
 切ってくれないのだから。



「………このアホが……」

次の瞬間、呼吸が止まった。

「……な……に………」

 苦しくて、意識を取り戻す。
 目の前にあるのは、真っ暗な海じゃなく、碧い瞳。
 そして、唇に残る感触。

「……ゾロ……」

「だから嫌なんだよ……テメェは」
 
 その声は、すぐ近くで聞こえる。
(ゾロ……)
 温かい。
 あんなに遠かった体温を、直に感じる。
 ただ信じられなくて、サンジはそれを確かめるように、手を伸ばした。
 指先に触れた温もりに縋り、ぎゅっと握りこむ。
「テメェは……俺の頭ん中、掻き乱すんだよ」
「……」


「バカみてぇに、寝ても覚めても、テメェのことばっか考えてる」


 鎖が、見える。
 決して切れることのない鎖。
「なのに、テメェは、こうやって訳も分からず目の前に現れて、かと思えば何も言わずに離れていこうとする」
 切ることが出来るのは、ゾロだけ。
 そのはずなのに。
 その銀色の鎖は、自分の身体から切れることなく、伸びていく。
「何を考えている?」
 伸びた鎖が、ゾロの身体に絡み始めた。
「面白がっているだけなのか?」
 ゾロは気付いていない。
 こんなにも、はっきりと見えているのに。
「ゾロ……」
 鎖に縛られた両腕で、ゾロを抱き締める。
 その腕から伸びる鎖を、サンジは幸せそうに見つめた。
「……もう、切れねぇよ……」
 サンジの独り言に、ゾロは眉を顰める。
 何でもない、と言う代わりに、サンジはゾロの唇に自分の唇を重ねる。
 触れるだけのキスに、ゾロは不満気な目線を送る。
「何の真似だ?」
「俺もだ、ゾロ……」
「………」


「寝ても覚めても、お前のことを思ってる……」


 本当なんだ、と分からせるために、再びゾロに口付ける。
 薄く開いた唇から、互いの舌を合わせる。
 濡れた舌が互いの唾液と絡まり溶け合うのが分かる。
「んっ」とサンジの唇から吐息が漏れると、ゾロはより一層サンジの腰を引き寄せた。
「ゾロ……」
 誘うようにその名を呼べば、サンジの首筋に舌を這わす。
「ふぁっ……」
 熱い感触に、甘い声が漏れる。
「……止めねぇからな」
 その言葉通り、ゾロは自分の固くなった性器をサンジの腰に押し付ける。
 ゾロが欲情しているという事実に、サンジの身体が快感に震えた。
「……止めなくて……いい……」
 ゾロの目が、熱情に包まれていく。
 サンジは、それをうっとりと見つめた。
 ゾロが自分のものになるのだ、という悦びに身体が熱を帯びる。
 ひどく、気持ちいい。
 欲しい、と身体が訴える。
 ゾロの首に両腕を絡め、ゾロに口付ける。
 欲しがっているのは、お前だけじゃない、とサンジもまた熱く勃ち上がった性器をゾロに押し当てた。
「後悔、すんなよ……」
「誰が?」
 ふっと笑みを漏らすと、ゾロが噛み付くようにキスをしてきた。
(捕まえた……) 
 既にこの身は囚われた。
 銀色の鎖は、ゾロまでも捕えていく。
(……もう、逃げられない……)

 
 俺も。
 お前も。

 
 ………俺は、鎖を切って欲しかったんじゃない。
 ………捕えたかったんだ………


 絡み行く二つの裸体を、銀色の鎖が包み込んだ。






END  





「切ない」のち「ハッピーエンド」! 櫻さまの真骨頂です〜〜〜!!
ひとつの鎖に一緒に縛られるというのがとても色っぽく、この先ひとつになることを暗示しているような気がしましたvv
いつもながら櫻さまは恋心の切なさや苦しさを描くのが本当にお上手です! 櫻さま、ありがとうございました!!