30. 「トライアングル」 by 翼嶺さま


俺には恋人がいる。
名前はサンジ。
ちいさなカフェでパテシェをしている。

サンジはポーカーフェイスとは縁遠い程、その感情のまま、表情がころころと変わる。
そんな所も俺は気に入っている。
そして、イギリス人も驚く程の、女性優位主義者だ。
そんな男が俺の下で喘ぎ、甘えて求め、名を呼ぶ姿は堪らない。
俺とのセックスがサンジにとっては正に『初体験』だったが、付き合って2年。すっかりと
俺好みに、俺にと染まり、その愛しさは募るばかりだった。
一生大切にできる相手だと思っていた。
それは、互いにそうだと…信じていた。

不安を感じ始めたのは、サンジの会話に頻繁に出て来る名前に気付いた時だった。

「新しく入って来たウェイターが、『ゾロ』って名前なんだけど、そいつ、すっげぇ無愛想
な癖しやがって、ゾロ目当てのレディ達が間違いなく増えてんだよなぁ…俺の作るスイーツは
きっと二の次だぜ」

と悪態を付きながらも、その表情は何処か楽しげに見えた。
それでも、俺との会話の中にその名が出ている間は大丈夫と安心していた。
そのうち、俺自身も仕事が忙しくなりその事を失念していた。そして、気付いた時、サンジの
口からその名を聞かなくなっていた。

「ゾロって奴、辞めたの?」
「…イヤ、真面目に来てるよ…どうして?」
「最近話し聞かないから」
「そうかな?」

キッチンに立つサンジが、その時どんな表情をしていたのか、俺には見えなかった。

破綻は、間違いなく近づいていた。

忙しくて、1週間、サンジを抱いていなかった。
その忙しさもひと段落付き、明日はサンジも店休日だから、今夜は思いっきり『愛し合おう』と
軽い足取りでサンジの待つ部屋へ戻った。

「おかえり」

何時もと変わらぬ笑顔で迎えられたが、その笑顔に、何処か違和感を覚えた。
それに突き動かされる様に、俺はサンジの身体を強く抱き締めていた。

「っ…エース、やめ、痛い…」

腕の中、僅かに身動いたサンジにその違和感は不安へと変わり、気付いた時はその身体を床にと
押し倒し組み敷いていた。
不安気に揺れるサンジの瞳が俺を見ている。
その視線から逃れる様に、シャツに手を掛けるとボタンを外すのももどかしくその前を肌蹴た。
布の引き千切れる音と、コロコロと床の上を転がるボタンの音が耳にと聞こえる。
1週間、サンジを抱いていない。それなのに、その白い肌には色濃い朱の色がそこかしこにと
散っていた。
俺の視線に、サンジは強く瞼を閉じた。

「ごめんね。1週間、サンジの事ほっといたから、寂しかったんだね。…相手は、『ゾロ』?」

びくっとサンジの体が反応し応える。

「今日は一晩中、可愛がってあげるよ…」

努めて優しく言っているつもりが、耳に聞こえる自分の声は、ひどく冷たく響いた。

大切に、何時も優しくサンジをこの腕に抱いた。
蕩ける様な笑顔と共に、俺に腕を伸ばすその姿が愛しかった。
けれど、今日は違う。
引き裂いたシャツでそのまま、サンジの腕を縛った。
嫉妬と征服欲。その感情のまま初めて酷くサンジを犯した。
指先で後孔に触れると、そこは緩く解れていた。その事実が、僅か数時間前にサンジがゾロに
抱かれた事を教える。ただ、これが初めてなのか、それとも俺が気付かない間、もう何度も
そんな事があったのか、それを知る術はない。
酷く抱いているのに、サンジは一切の抵抗も見せず俺に犯され続けた。
そしてその日、最後までサンジは俺の名を呼ばなかった。
身体はまだこんなにも自分にと馴染んでいると言うのに、サンジの心を掴む事は叶わなかった。


憔悴し切った表情で眠るサンジの顔をずっと見ていた。
酷く抱いた結果、気を失ったサンジを、それでも放せずに夜明けるまで抱き続けた。
シャツで縛った腕には、その名残りがくっきりと浮かんでいた。
昼過ぎた頃、インターフォンの音が部屋に響いた。
半裸のまま玄関に出ると、見知らぬ男がいた。見知らぬ筈の男なのに、俺はその男を知っている。

『マリモみたいなツンツンとした緑の髪してんだぜ…笑えるだろう?』

何時かサンジが嬉しそうに笑い、『ゾロ』をそう称した。

ゾロは深々と俺にと頭を下げた。それにどんな意味があるのか、俺は知りたくもなかった。

「なに?」
「…サンジ、いますか?」
「いるけど、寝てる。何か用?」

「ゾロ?」

ゾロが何かを答える前に、何時起きたのか、身支度を整えたサンジの声が割って入った。
振り返った俺。視線を俺の背後にと向けるゾロ。
そしてサンジは、困惑した表情ながらも、ゾロだけをみつめていた。

「なに、しに…」
「ちゃん筋通したくて…」
「筋って何?」

聞いたのは俺。

「サンジとセックスした事、恋人の俺に詫びに来たの?ここに来たって事は、サンジに
一緒に暮らしている恋人がいるって知ってたんだよね…」

こくりとゾロは頷いた。

「何時からサンジとセックスしてんの?」
「…昨日…1度…」
「そう。だったらイイよ。許してあげる。俺も仕事に感けてサンジをほっといたから、
俺も悪い。そうだよね?サンジは寂しかっただけだよね…寂しくて、身体が疼いて
仕方なかったんだよね?」

これ見よがしにサンジを背後から抱き締め、その白い首筋に舌を這わせながら、馬鹿正直な
男をみつめる。

「『浮気』では満足出来なかったから昨夜、俺に抱かれて何度もイッたんだよね」

抱き締めた腕の中で、サンジの身体が硬く強張る。
俺にと慣れた身体は、その馴染んだ愛撫で確かに何度もイッた。
ゾロがみつめる中、シャツの上からサンジの乳首を指先で弄る。

「…っ…そ、そうなんだ…エースの言う通り。寂しかったし、エースしか知らねぇから
ちよっと、他を摘み食いしてみたかっただけなんだ…てめぇも、俺で愉しんだんだろう?
だったらもうそれだけでイイじゃねぇか…マジに考える事じゃねぇよ…」

俺の指で乳首を弄られたまま、サンジは告げる。

「…淫乱…」

ゾロはその一言だけを残すと、ドアを閉め去って行った。

「『淫乱』って酷い事、言うね…」

耳元で囁くと、サンジは身を捩じり俺の腕から放れた。

「ごめん。…ああ、もう昼回ってたんだ。お昼作るよ」

『ごめん』それは何を意味するのか、無理に作った笑顔を浮かべ、サンジはキッチンにと
立つ。
その背をみつめ、俺は窓の外へと視線を移した。
窓の外、この部屋を見上げみつめる男がひとりいた。
3階のこの部屋からでも判る。
怒った様な、憤った様な…そして、愛しい相手がここに姿を見せる事を待ち続けている。

「…サンジ。身体だけなら、幾らでも縛り付けておく事、出来るよ…でもね、心は自由だ。
縛れないよね…寂しいからって、サンジが他の男に抱かれるなんて、有り得ないだろう?」

トントンと軽やかに鳴っていた、まな板を打つ包丁の音は何時の間にか聞こえなくなっていた。
判っていた筈だ。サンジの声が、どんなに愛しそうに『ゾロ』の名を呼んでいたか。
ゾロとサンジのふたりは、互いに相手を傷付ける為の言葉を発しながら、それを告げる当の
本人が傷付いた顔をしていた。

「心は、何時だって自由だ。縛れない…好きにしてイイよ…」
「…めん…ごめん…ス…ごめん…」

聞こえた言葉はやがて風の音と共に消えた。
窓の外、硬く抱き合うふたりが映った。

俺は、惚れた相手に弱い。
惚れた相手には、誰よりも幸せに笑っていて欲しいと、願わずにいられない。

「本当に…心も縛れたらイイのにねぇ…」

抱き合うふたりの視線がこちらを向く前に、俺は静かにカーテンを引いた。









エース兄やんがすんごく良い人で涙を誘われました。サンジを縛って抱いた時が、唯一感情を剥き出しにした時ですよね。
そう思うと、縛ったエースと縛られたサンジの一夜がよけいに切なく感じます。
ゾロ、エースの分も、ちゃんとサンジを幸せにしてね!!!
翼嶺さま、いい男揃い踏みのSSをありがとうございました!