<放縛−ほ>  「痕」  by 翼嶺さま


珍しい事じゃない。
よくある事だ…。
バラティエにいる頃から何度も耳にした。
基本、男所帯の船上では、互いの欲望を満たすために男同士でする事もある。と…。

この船には麗しいレディがふたりもいるが、そのどちらにも手を出さなかった事は、褒めてやる。

でも、これはねぇだろう…。

一言素直に『犯らせてください』って言えば、蹴りひとつと共に、同意してやらねぇ事もなかった
かも知れねぇのに、てめぇのバンダナと、人のネクタイで手足を縛って、その上、ご丁寧に声が
出ねェ様に猿轡まで噛ましやがって…。
こんな風に犯って楽しいのかよ?

何度も言ったろう?
手はコックの命だって。こんなにきつく縛りやがって、痺れて使いもんにならなくなって、朝メシ
作れなかったらルフィが五月蝿ェだろうが…。
好き勝手に揺さぶられながら、俺はただ天井の木目を見続けそんな他所事ばかり考えていた。


そんな風に1度許したのが悪かったのか、余程俺の具合がイイのか、何に味を占めたのか、
毎夜の様にあいつは俺に手を伸ばし、手足を縛り犯し続ける。
禁欲的なのは、面構えだけかよ。
心中で悪態を漏らす。
なんか喋れよ。
必死な顔して、人の上でヘコヘコ腰だけ振っていねェで…。
こっちは、うんもすんも、言いたい事ひとつ言えねェんだから、なんか言ってみろ…。
てめェわかってねぇだろう?
何で俺がこんな事許してるのか?
好き勝手されてんのに、なんで勃って、射精しちまうのか、判ってねぇだろう…。
この手を、この足を、この口を自由にしてくれたら、その広くて綺麗な背中を抱き締めて、胸に残る
その深い傷痕に、くちづける事も出来るのに…。

最初に犯った時に気付いたんだろう? 『初物だ』って。
てめぇより長く船上に暮らしていたから慣れているとでも思って手、出したんだろうけど…。
ま、レディじゃねぇから『バージン』だった事をどうこうを言うつもりはねぇけど、でもなぁ、お前で良かったって
思っちまう俺も相当阿呆だと思う。
なあ、自由にしてくれよ…。てめぇをちゃんと抱き締めてぇんだ。
てめぇにとって、ただの処理に抱き締められるのは気持ち悪りぃかもだけど、散々文句も言わせねぇで
好き勝手やってんだから、それぐらい目、瞑れ。
俺にもちゃんとてめぇの体温、確認させろ。
一方的じゃダッチじゃねぇか…ダッチでイイなら、今度の誕生日に買ってやる。
なあ、こんなの…切ねぇよ…。

「…なんで今更泣くんだ?」

漸く聞こえた声に、自分が泣いている事を教えられる。
猿轡が外される。何かを言うより先に咽返る。

「手と足のも…外せ」

げほげほと咳き込みながら要望する。

「…逃げんだろうが?」
「逃げねぇよ」
「蹴るだろうが?」
「…今は、蹴らねぇよ…」

今足なんか上げたら、散々中に射されたモンが流れ出てとんでもない事になるのは想像しなくても判る。

暫く考えた後、渋々と言った体でヤツの指が硬く結んだ結び目を解く。
自由になったその瞬間、ぎゆっと強く抱き締められた。

「っ…めェ、苦しいんだよつっ!」
「逃げんだろう?」
「だから、逃げねぇって…」

汗を滲ませた、熱い体温が心地良い。その背に直ぐに腕を回したかったが、縛られた箇所がまだ痺れている。
それに、きっちりしなけりゃいけない事もある。

「俺は、てめぇのダッチか?」
「なワケあるかつっ!!」
「だったら…なんだよ…『仲間』にする事か?」
「言ったら、引くぞ」
「言え」

俺はその言葉を聞きてぇんだ。

「…てめぇに惚れてんだ」

ああ…体が、心が歓喜するのが判る。

「これが、惚れてる相手にする事か? コックの大事な手に無粋な痕、付けやがって」
「それは、態とだ」
「あ?」
「その痕目にする度、思い出すだろう? それに…」
「それに?」
「それが消えない間は、てめぇは俺のもんだって気がした…」
「消える間もねぇほどやってんじゃねぇか」
「だからずっと俺のもんだろう」
「阿呆」

痺れの緩んだ腕をその背にと回す。

「こんな痕付けなくても…」

俺はてめぇに囚われてんだよ。

胸に残る傷痕が出来たその瞬間から。
愛しい、愛しい、その傷痕に、俺は初めてくちづけた。



(了)





放縛が、単なる縛りからの解放ではでなく、二人の関係の新たなスタートとなっているところが素敵です!
そしてこのタイトルの「痕」! これ、サンジについた緊縛痕と、ゾロの胸の刀傷の痕との二重の意味なのですね!
緊縛痕に重ねたゾロ→サンジの執着と、胸の傷痕に重ねたサンジ→ゾロの想い…ラヴラヴじゃないの、あんたたち!(笑)
ラストシーン、ゾロの胸の傷痕に口付けるサンジ君の愛おししげな表情が目に浮かびました。翼嶺さま、ありがとうございました!!