7. 11月11日 午前11時
昨夜夕食をいただいた座敷で、座敷の縁側からも見える庭の紅葉に見下ろされながら、ゾロと朝飯を食べた。
昨夜の晩ご飯同様、実りの秋の食材が並ぶ。
しばらくたしぎさんと楽しく料理の話をしていたが、たしぎさんがお茶を淹れに席を立ったのをしおに、ゾロに何気なく聞いた。
「おまえも今日東京帰んだろ?」
「帰らん」
へ?箸を動かす手が止まった。
ご飯がまんがのように盛られた大きな茶碗を持って、卵焼きに箸を伸ばしながら、ゾロが言った。
「しばらくココに住む」
「はぁ?」
「道場手伝いながら、修行だ」
「おまえ仕事は?」
吃驚して聞くサンジに、卵焼きをほお張って膨れた頬をもぐもぐと動かしながら、ゾロがのん気にのたまう。
「辞めた」
「はぁあああ?!」
「ま、どうにかなんだろ」
「どうにかってどうなるんだよ!剣で食ってくの?それ、何時代の話?!」
「しばらくはココに世話になりながら、何かいい方法を探す」
「ごくつぶしかっ!阿呆、まずはハロワ行け!」
「強くなるんだ」
「ひゃーマジ?嘘だろっ?そっちに思考いくんかよ」
こ、こんなヤツだったとは。
サンジは箸とお碗を持ったまま唖然と固まる。
2,3年前に仕事で知り合って、一緒に飲みに行くようになって。去年のオレの誕生日に思わず告ったんだ。それ以降何の進展もなく次のゾロの誕生日にも、オレは決別のつもりでキャバクラ誘ったのに結局最後は居酒屋で二人で飲んだんだ。今年のオレの誕生日に、手料理食わして「美味い」って言ってもらえて。次の自分の誕生日に欲しいものオレだって言ってもらえて。
そのあとはずっとオレはパリに居て会えなくて。
ずっと会いたかった。会いたくて会いたくて、この日を一日千秋の想いで待ちわびた。
待つ間、オレが欲しいって言った意味を考えた。考えた末ゾロがオレを好いてくれてるんだろうと思っていた。うれしくてだから余計に会いたかった。
それはオレだけだったのか?
つまりはオレの早合点だってことか?
すう、と心が凍る。
そんなサンジの心の内などつゆ知らず、いつまでも茶碗と箸を持ったまま動かないのをいいことに、ゾロがサンジの皿に箸を伸ばした。食わないのか?と言って漬物を一つ口に放り込む。もうお茶碗はからっぽで、ぱりぱりといい音をさせて漬物を噛みながら、たしぎが持ってきたお茶に口をつける。
「あ、そうだ」
ゾロがずず、と茶をすする。
「今日も泊まってけ」
なんでと聞くのも疎ましく、サンジは無言でゾロを睨んだ。気にもせずゾロが続ける。
「約束の、誕生日のプレゼントをな」
「やらねぇ」
地を這うような低い声で小さく言った。ゾロがお茶に口を付けたまま上目遣いにサンジを見る。
「やらねぇ。オレぁメシ食ったら東京に帰る。京都にはもう来ない。つうかおまえにはもう会わん」
「なんで」
「なんでじゃねぇ。帰るったら帰る。おまえはココで修行でもなんでもすればいい」
「いや、それとコレとは別だろう」
「別じゃねぇ!」
サンジはダン、と座卓を叩いて立ち上がる。と、同時携帯電話が鳴った。
画面を見てメールの受信ボタンを押す。
おかえりなさい~
サンジ君昨日帰国だったよね
おみやげ楽しみにしてる(ハート)
「オレ帰るわ!」
いやちょっと待てというゾロを置いて、上着を掴みダムダムと廊下を歩く。驚いて出てきたたしぎに口早に礼を言い無礼を詫びる。
ゾロが追いかけてくる。振り向いて追ってくんなとばかり怒鳴る。
「ナミさんがオレを待ってるから帰るぜっ」
「なんだそりゃ!」
「うるせぇ!おまえなんぞと時間潰してる場合じゃねぇ!ナミさん居る東京帰る!」
「おまっ、オレの誕生日はっ」
「知るか!!」
ぴしゃりと玄関の引き戸を閉めた。腹が立ってしかたがなかった。怒りに任せて路地を走る。背中で「おい!」と大声を聞いて加速する。灰色の曇空からぽつぽつと雨が降り出した。雨の中を走る。
オレだけか。オレだけがこんなに乙女でオレだけがこんなにおまえのことを好きで。
オレだけかよ。バカみてぇ。バカみてえだっバカ野郎!!!
東京へ向かうJR新幹線のぞみ12号の座席シートに座り、車窓の景色を眺めながら、サンジはずっと同じ言葉を繰り返しつぶやいていた。
無いワー…。
無いわー、昨日から丸一日。なんだったんだこの丸一日。
すげー会いたかったんだ。先週の今頃は来週の今頃を想像して、にやにやしてた。3日前からは日にちではなく時間でカウントダウンし始め、パリから帰る飛行機に乗るとき、あまりに何度も時計見てしまって時間たたないのがイライラするからずーっと寝てけば目が覚めたら日本だ、ってイロイロと考えて。機内で酒煽って無理やり目を瞑って少し眠って、起きてる間中そわそわして。どきどきしてわくわくして。
結果が、これか。
あ、そうだってなんだ。もののついでか。オレはずっとおまえを想って、会いたくて逢えてうれしくて。なのにおまえは、もののついでみたいに、メシ食いながら「あ、そうだ」って思い出して言う程度なのか。
これからも京都と東京で、これからも遠くて、おまえは修行とやらに夢中で。
オレはそんなヤツにそれでもこんなに心底惚れてるって、なにこのバカみてぇな状況。
無いワー。ないない、無いワー。
窓際に置いた携帯電話がブウブウと振動し続けている。たまに手にとって画面を見る。メール着信だったりコール着信だったりと何十回にも渡りゾロが架けてきている。サンジは画面を確認するだけで一度も電話に出ず、メールも見ない。着拒否もせずに放っておく。何かを伝えたいのだろうが、もういい。今は何も聞きたくない。
まだ何も始まっちゃいない、でも終わったわけでもない。元通りになっただけだ。元通りの片思いだ。
バカみてぇだがしかたがない。オレの気持ちはどうせ変わらない。
新幹線は東海道に沿って一路、東京へと走行する。浜松を通り過ぎた頃、車窓に富士山を探すが今日の天候では見えるはずもなく。今頃になってやっと日本に帰ってきた実感がわいた。東京に戻って、明日から本社に出社する。またいつもと同じように、日常が繰り返される。
ゾロは、ゾロは今、異次元の国に居る。いままで一緒に週末仕事終わりに飲んでたのが嘘だったかのように、道着を来て、剣道をして、真っ赤なもみじの下で竹刀を振るう。
あの、もみじの下で見たゾロ。
知らない男に会った気がした。
知らない男、腹の立つ男、だがどうしても惹かれる男。
今まで抱いていた恋心とは全く違った憧憬の念が沸き起こる。それは少しばかりの嫉妬を伴って、サンジの心を揺さぶった。ずっと行かずにいたレストランと会わずにいた髭じじいの顔が浮かぶ。
…オレも。
心にぽっと赤いもみじ。火を灯したのはゾロだ。
新幹線車内にて品川に到着予定のアナウンスを聞くころ、ふと、昨夜の夢の男が脳裏に映る。
「やっと会えた」と彼は言った。
やっと会えた。
自分の意識の奥底に眠る自分が、うれしくて震えた。
いにしえの昔、想いながらも逢えずまま絶ったふたりもいるだろう。古都にまつわる逸話を紐解けば、どこかにサンジの見た夢の男がいるかもしれない。もしかしたら昨夜、ゾロも焦がれる人に会えた夢を見たかもしれない。
サンジが昨夜泊まった和室の壁に、和歌とその内容を示す挿絵が描かれた古い掛け軸が掛かっていた。
この二人と同じようにお互いを想いながらも、お互いの志を重んじて離れ離れとなり、逢えるときを待ち続ける。逢いたいけど逢えない、せつない気持ちをつづった和歌の季語は、秋。
END
おおお、春の約束が! このシリーズ大好きです。サンジくんの心の動きが丁寧に描かれていて、とても共感できました。お料理も風景も目に浮かびますね~。すてきなシリーズの大事なエピソードを拙企画にご投稿くだってありがとうございました!
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