帰国の日

ささめゆい 様

 空港に着いて、俺は、日本行きの便を見た。

「遅れは、無いようだな……」


 心配していたアイスランド火山の影響は無いようだ。
 ドイツへ火山灰が到達するとのニュースを聞いて、火山活動の状況を心配していた。現に、先週始めのフライトは風向きが悪く欠航していた。

 俺は窓越しに外を見る。
「風向きも良いし……な。」
 今日は定刻通りに離陸をするだろう。
 俺は、鼻歌が出た。

 ……今回は、今までよりも、友達がたくさんできた。
 いざ帰るとなると、当たり前に過ごしてきた街との別れが寂しいだろうか?……なんて、思っていたのだが、案外そうでも無く、あっさりしている自分を知った。
 俺は頭を掻いた。
 別れのパーティーを開いてくれた昨夜の仲間に、少し、悪い気がした。

 航空チケットさえあれば、いつでも来ることができる国。
 半年間過ごしたこの街へ来たのは、仕事が理由だった。

 海を持たないこの国を流れる「川」が教えてくれることは、島国に生まれた俺の常識を塗り替えるほどの説得力があった。

 大陸の中を流れる川は、いろいろな国を通る。
「川に流せば、海が綺麗にしてくれる」そんな甘い妄想で、自国の汚れた水を川に、そして海に流してしまっている現状は、まだまだ世界に多いのではないだろうか。
 隣の国から流れて来る川は、この国を通り、また違う国へと流れてゆく。
 自国に入る川は、当然清らかであるべきだ。そして、入った時と同じ清らかさで出てゆくものだという考えは、この国の昔からの風習であり、礼儀であり、誇りである。
 水は「命の水」とも言う。自分勝手に汚してしまえば紛争だって起こりかねない。

 守られる権利がある。同時に、守る責任がある。……という考え。
 川ひとつに例えた事だが、皆が万事に等しく思えば、世界に広がる紛争や人災は、もっと回避できるのではないだろうか……。

 人を想う仕事。心を込めた仕事。
 たとえ、達成感が数字に表れなくても、充実している仕事だ。そして思う。


……アイツも、そんな仕事を選んだ、な。


 俺は、土産を用意していた。
 トランクの中にはいくつかの紙袋が入っている。
 中身は、少し香りが強いモノ。香水ではない。アイツが望んだのは香辛料のたぐい。
 乾燥させたフレッシシュハーブとか、いろいろだ。
 サラリーマンの俺は、休日と言う暇な時間を与えられる。用事のない休日は、ゆっくりと市場を回った。
 アイツの探す香辛料は、どの家庭でも使われる一般的なモノらしいが、俺の目で見分けのつかないものばかりだった。市場のオヤジと話して「コレか?」なんて聞かれても、よくわからない。そんな時は写メを取り、ツイッター越しに言葉を交わした。だが、会話らしい会話はその土産の事くらいなもので、普段通りに短い言葉を交わしてすぐに終わる。意外と言葉は出ないものだ。

 アイツが言っていた言葉を思い出す。

『その国の味を出すには、その国の土で育った食材にはかなわねぇんだ。……まして、大陸は土のカルシウム濃度や地下を通る水の硬度だって違う。日本は火山の島だろ?しかも川だらけで、ザルで濾したみてぇに海へ栄養が流れちまってる。だからこの国は海の恵みを食べるんだ。足りない分はこうして補ってる。……わかるか?』

 記憶の中で、青い瞳が俺を見る。。

『……思うんだ。そうして俺達人間は、命のバランスをとっているんじゃないかって』

 煙草を咥えて、微笑む横顔。

『俺もお前も、地球のどこかにいりゃぁ、それでバランスは保てる。……距離なんて関係ねぇよ……だろ?』


 ……まぁアレだ。
 その先を思い出すのは、今は止めよう。
 これからボディチェックだ。変なところを膨らまして厄介なコトになったら……日本人の恥になる。

 俺は無意味に時計を見る、そして頭を掻いた。
「空は……?」
 大きな窓を探した。
 青い記憶が空に重なった。

 澄んだ空気に広がる青空。来た時よりも、少し、遠く見える気がした。

 ……もう少しで、もっと綺麗な青に逢える。

 鼻歌が出た。


 この国のビールは旨かった。食事も悪くない。
 地方の方言で言葉がわからないこともあったが、友達が増えると耳が慣れた。
 仕事上の小さな問題は、機転と時間が解決してくれた。

 ここ数年、半年ごとにいろんな国へ赴任している。
 そのたびに思う。俺はどんな国でも生きていけるんだなと。
 どこか楽観的でどこか現実的なのだろうか。
 何かがあっても、そんなもんかと受け入れてしまう。
 ドコに住んでも、俺が生きていることにはかわりはねぇと、開き直ってしまう。
 それでも、半年が過ぎ、帰国をする時にいつも気が付くことがある。

 ……俺、鼻歌が出てる。

 やはりアイツの顔は、直接見たい。それが叶う。

 そして、離陸する時に考える事はひとつだった。

 ……着いたらアイツの店に行く。


 帰国する事は、いつも告げてはいない。
 俺より忙しいアイツだ。言った処で全ては客次第。
 だから、俺は真っ直ぐアイツの店へ行く。

 思い出して、俺は口元が緩む。

 洋食屋なのに、まず、味噌汁が出て来る。
 帰った日だけの、裏メニューだ。
 洋食屋の出汁で飲む味噌汁。どの国にも無い、あいつだけの味。
 それが今、俺の一番の好物になった。


 機内の窓から外の景色を見る。俺は時計を日本の時間に戻した。
「あ、俺の誕生日か」
 誕生日を日本で過ごすのは、何年ぶりだろう。


 ……ヤツは、味噌汁を出すのだろうか? それとも……?


 着陸までもう少し。
 俺は時計を見ながら頭を掻いた。

 つい出そうになった鼻歌を、ごまかしてみた。

END

ささめさんにトップバッターを飾っていただき、拙企画も幸先の良い滑り出しになりました!
SSのゾロ、すっごくイイ男ですね~。目に浮かびますよー。7年後の彼らに「味噌汁」で乾杯!
深みのあるすてきな作品をありがとうございました!
ささめゆい様のサイト:『TOY』