千の一夜と久遠

翼嶺 様

ここでは珍しい、金の髪に、青い眸。そして白い肌。
それだけでも、充分過ぎる程人の目を惹き付ける。

朗々と、良く通り響く声が、柔らかな調べと共に、
悲恋を語り聞かせる。
旅の吟遊詩人のその語りは、玉座に鎮座する緑の頭髪の男を
取り囲む様にいる女人達の、頬を涙で濡らす。

は!馬鹿馬鹿しい・・・。

玉座の男は、今にも吐き出したいその言葉を我慢して、目の前の、
旅の男を真っ直ぐにみつめた。

豊満な肉体を擦り付け、空いた杯にと酒を注ぐ女には見向きもせずに、
語る物語を真剣に聞いている風で、金の髪の男をみつめ続ける。
旅人の語る物語には、絵空事には興味はない。が、それを語る、紅でもひいた様な
赤く動く唇には興味があった。
甘ったるい物語を語るその唇から、どんな風な啼き声を上げるのか。どんな風に乞うのか。
輝く黄金の髪。サファイヤでも嵌め込んでいる様な眸。
白磁の様な肌。まるで、男自身が宝の様だ。

ふたつの物語を語り終えると、男は、玉座に向かい深々と礼をした。
それと同時に、女人達は歓喜に似た拍手を注ぐ。
そんな女人達に、玉座の男は素早く目配せると、その視線の意味を察した女人達は、
そそと部屋を後にして行く。

部屋にと残されたのは、玉座に踏ん反り返る様に、胡坐を掻いた男と、旅人のふたり。

「・・・私の語りは、お気に召しませんでしたか?」
「ああ。クソつまんねェ話だった。でも、これから愉しませてくれんだろう?」
「何を、ご所望で?」
「閨の相手しろ」

礼をしたまま、顔を伏せていた男は、咽喉の奥で笑い声を立てながら顔を上げた。

「くく。もっと深慮深い男かと思っていたが・・・名前も知らねェ相手を、
そんな無防備な場所に誘い込んでもイイのかよ?」

これまでとは、まるで違う口調と声音に、男はにやりと笑う。

「ああ。寝首を掻きてぇなら掻きゃイイ。」

吐き捨てる様に告げると、男は立ち上がり、視線を合わせたまま、旅人の前にと膝を着く。

「知ってるぞ。『復讐』に来たんだろう?お前の部族を滅ぼした、敵討ちに・・・」

男の言葉に、旅人の表情が、一瞬僅かに変わった。
男の言う通りだ。
旅人の部族は、男の部族にと殺された。
それは、旅人がまだ、幼い頃の事で、今、目の前にいる男は、自分と変わらぬ歳だろう。
実際に、自分の部族を滅ぼした当事者でない事は判った。
それでも、この男が今は、憎むべき部族の王だ。

「殺りたきゃ、殺れ。ただ、その前に一発ヤらせろ」
「あんなに沢山、麗しい美女を侍らせて、男がいいのかよ?」
「イヤ。お前がイイ。甘ったるい話しを語りながら、その青い眸の奥で、憎しみの焔を
燃え滾らせているその眸にそそられた」

男は、この部族の王でありながら、この部族を嫌悪していた。
幼い頃から、無意味な惨殺を繰り返し、奪い続けるそれに憤り続けていた。
だから、自分が王となる為、先代の王とその側近達を殺し、部族の王となった。
そして、何時か『復讐』に来る、その誰かを待ち続けた。
それが、つまんねェ相手であれば、適当にあしらうつもりでいたが、今、目の中に映る
相手であれば、この命を明け渡すに足りると、直感した。

「てめぇの命は、俺の身体と同等か?」
「それだけの価値、ありそうじゃねぇか」

迷う事無く返事をした男の指先が、金の毛先を弄ぶ。
それだけで、何故か身体が甘く粟立つ。

「・・・いいぜ。今際の願い、叶えてやる。その代わり、悪くても、てめぇの命は俺が貰う」
「ああ。望む所だ」

武骨な手が、その手を取り、閨へと誘う。
久遠の時が始まる事を、まだ、ふたりは知らない・・・・・・。

END

王と吟遊詩人! エトランゼの王道の組み合わせをありがとうございます。二人の姿を想像するだけでもドキドキだというのに、この文章の艶っぽさといったら! 魅惑的な作品をありがとうございました!
翼嶺様のサイト:『疑似恋愛』