Eternal blue sky ~永遠の青い空~ vol.3/3

夢音優月様

もう、2度とサンジと出会ったこの国には来ない。そう決めていたのに、契約を遂行するため次に尋ねると決まった国は、この国から遙か彼方の灼熱の国だった。
船と 車、その国の内陸ではラクダと徒歩の移動。ゾロの目指す“者”が見つかるまで旅は終わらない。数年で見つかるかもしれないし、100年かかるかもしれない。

最後にもう一度、ゾロにとっての青空を見てみたい。声は掛けない、レストランにも行かない。そう決めていたのに、建物の外からガラス越しに見える、はつらつとした男の生は強烈にゾロを引きつけた。


もっと近くで、あと一歩間近で…。長い脚で石畳の上を歩く男の後ろ姿からゾロは目が離せなかった。

そして今、自分の腕の中には狂おしい程欲しかった男の体。

脈打ち、瑞々しい精神と肉体を持つ、ゾロが何度も触れる事を望んだ体。

ゾロの眠っていた細胞がサンジに刺激され、脈動を始める。

野生の本能で、サンジの唇から、ほとばしる生のエネルギーを浴びる。

「…ゾ…」
ゾロはサンジを冷たい石の壁に押し付け、何度も角度を変えてその唇を貪った。いつもは石と変わらぬ温度の体が、みるみると熱を持ち、味を持たぬ舌は、サンジの唾液を美酒のように舐める。

「部屋はどこだ?」
最初は驚きと共に小さな拒絶を繰り返していたサンジが、荒い吐息と共にアパートメントの方角を指指す。
ゾロはマントを翻し、サンジを抱きかかえるとサンジの言う建物の前にやって来た。
「あの、窓の部屋だ」
サンジが言い終わらぬうちに、ゾロはふわりと空中を浮遊し、内側から鍵がかかっていた窓はゾロを迎え入れるかのように左右に開いた。
「あんた…ほんとうに、誰なんだ…」
呟いたサンジは一人用の狭いベッドに横たえられ、その上にすぐに重い体重がのしかかって来た。

ゾロの金色の瞳は薄暗い部屋に発光していた。サンジは恐怖と同時に、その人でない瞳に魅入られた。これまで見たどんなものよりも美しいと思った。

男の手が、サンジの全身をくまなく愛撫する。

男の顔は次第に、サンジを全身で求める野生の獣になった。サンジの性感体はゾロに支配され、サンジは生まれて初めて、あられのない声を出す。

ゾロの楔がサンジの中に打ち込まれた時、ゾロもまた全身を震わせ鳴いた。

とてつもない快楽の後には、二つに分かれていた魂がやっと半身を見付けたような安堵と幸福が訪れた。

「朝など、来なければいい」
サンジを痛い程抱き締める男の声が泣いているようにサンジは聞こえた。



浅い眠りから目を覚ます。
部屋は暗いまま。無造作に閉じられたカーテンからはまだ日の光は入ってはいないが、朝のほのかな明るさの予兆。

サンジは思わず上半身だけ起き上がり、肌をすべった毛布の感触を直に感じ、あれが夢でないと知る。

サンジは狭いベッドの上に誰もいない事を悟り、狭い部屋を見渡した。

「ゾロ」

男はいた。

部屋の物影に、まるで闇に溶け込もうとするかのように。

「サンジ、お別れだ」
「ゾロ?」
サンジは毛布が床に落ちるのも構わず全裸のままゾロの方へゆっくりと歩く。

ゾロはほんの少しの光も恐れるかのようにフードを被ったまま、瞳だけが煌々と光を放っていた。サンジにはもう分かっている。
この男が“人”でない事を。

「ゾロ…」
サンジはマント姿のゾロにそのまま体を預け、その体を抱き締めた。
ゾロの体温が厚い布越しにも発火するように熱を持ち、脈打ちはじめるのが分かる。

「止めてくれ。止められねェ…、おれには、もう…」
ゾロは苦しげに喉から声を出した。
「お前を殺さねェように抱くのは、どんな拷問より酷だ」
「いいぜ、殺せよ?あんたに殺されるならおれは…」
そう言ったサンジをゾロは今度こそ渾身の力を振り絞って自らから引き離した。

「もう、行く」
「なら、おれも行く。あんたが行く所へ」
「ダメだ」
「なんで?」
「お前を連れては行けねェ」
「おれが、行くっつってんだ。もうあんたを待つのは嫌だ」
ゾロはサンジの強い視線に気持ちが揺らぐのをぐっと堪える。今すぐにでもさらってゆきたい。この忌々しい永久の命。彼が自分の半身となってくれたならば、どんなにか幸せな事だろう。だが、それは同時にサンジに自分の持つ苦しみを味あわせる事となる。

「分かっているのか?おれは人じゃねェ。人の生き血を吸って生きる化けモンだ。年も取らなきゃ、死ぬ事もねェ。ただ、途方もねェ時間を、気が狂いそうになりながら、どこへ向かうとも分からねェまま生き続けるだけだ…」
サンジは驚きながら、初めて納得した。
半ば伝説のように語り継がれる一族、ヴァンパイア。
闇に光る瞳。
サンジが幼い頃から変わらぬ男の容姿。
氷のように冷たいくせに、サンジが触れた途端に脈づき、熱を持つゾロの肉体。
そして、深い孤独。

「それでも、連れてってくれ…」
「ダメだ。サンジ、もう夜が明ける。おれは行く」
「もう、決めたんだ。おれもあんたと」
ゾロはそのままサンジを抱き締め、マントで包み込みそうになる自分を必死で抑えた。

「ならば、今夜迎えに来る。それまでよく考えておくんだ。おれと行く事はそんな簡単な事じゃねェ。お前の人生を…。光り輝くお前のすべてを捨てる事になる。お前を育てたじいさんも…、お前が努力して手に入れた新しいレストランも…、仲間も、お前が将来手に入れるであろう、人生のすべての喜びも…。そして、お前が生きている証、料理も手放す事になる。お前は人としての味覚を失い…、人の血と性にだけ、極上の喜びを見出す事になる…。だが、サンジ、これだけは言っておく」
ゾロはそっとサンジの両頬を手で包み込んだ。
「おれは、お前を愛している。お前がどんな結論を出しても、そんな事はおれには関係ねェ。お前と出会わなければ、おれの長ェだけの人生は、死んでいるのも同じだった。…あの日、霧の中で見た、お前の青い目が、おれの最後の青空だった」

「ゾ…」

気が付いた時、ゾロの手の感触はサンジの頬から消え去り、サンジは一人裸で寒い部屋に突っ立っていた。



今夜、サンジのレストランはオープンする。
長年の夢。朝から晩まで料理に明け暮れ、サンジに惹かれて付き合ったレディ達は皆、サンジにもの足りなさを感じサンジのもとを去って行った。青春の、人生のすべてを、幼い頃、遊びたい盛りの頃の時間もすべて料理に捧げて来た。

バラティエの仕事が終わった後、寝る時間を削り試行錯誤を続けた新しい店のためのレシピ。
サンジの店で働くコック達を探し、今夜はサンジの夢へと仲間と共にこぎ出す。人生で最も充実し、希望に満ちた夜。
自分を息子だと言ったゼフの心。

サンジはじっと自分の手を見た。

料理を失う。当たり前のように持っている人間としての味覚を失う。親を、仲間を、未来を失う。

それでも、恋しい。

あの男の胸が、腕が…。




「サンジさん!いないのか?」
激しくドアを叩く音がする。声の主はコックとしてサンジの右腕となるはずだった男。サンジはじっと目を閉じて男が諦めて去るのを待った。

ふと、サンジの部屋の中に異質な空気が流れる。ベッドに座ったままそっと目を開けると、目の前には黒いマントに身を包んだ金色の瞳を持った男が立っていた。





◇ ◇ ◇







今頃新しい店は開店して、客をもてなしている事だろう。立派になったとは言え、あの喧嘩早いガキは上手くやっているだろうか?

ゼフはポケットの懐中時計を見た。こっちの客はまだ少ない。一服でもしようと厨房の裏のオーナー室に入ろうとした時、そこにいるはずもない人物がいた。

「てめェ!?ここで何をやってる?ふざけてんのか?」
いつもの黒いスーツに身を包んだサンジだった。

「じじい。すぐに行く。ちょっと忘れ物があってな」
「忘れモンだと!?たるんでる証拠だ!!店の経営をなめんじゃねェぞ!」
怒鳴るゼフにサンジはいつものように、
「うっせェ、クソじじい」
と返したが、あらかじめ用意されていたセリフのようだった。

「じじい、これまでクソお世話になったな」
「一番大事な時に、そんな御託を並べに来やがったのか?客が待ってんだろう!!さっさと行きやがれ!」
サンジは寂しそうに笑うと、
「じじい、中にスープ作ってっから、後で食ってくれ。じゃあな」
と言い、裏口へと続く廊下に向かった。

ゼフは訝しげにその後ろ姿を見ながら、
「サンジ!」
と、名を呼んだ。

「風邪、引くんじゃねェぞ」

サンジは一瞬だけ立ち止ると、振り返らずにドアを開け去って行った。





「ゾロ!待たせたな」
街灯の届かぬ路地に男が立っていた。
「もう済んだのか?」
「ああ」
サンジは男に向かって小さく微笑んで見せた。
ゾロはサンジの青い瞳が濡れている事に気付いた。どこまでも澄んだ青空のような瞳。濡れると空が映った湖のように見え、それもまたゾロの心を掻き毟るほどに美しい。




「遠い昔…、孤児院でおれと姉弟のように育った女がいた。その女は結婚式前夜、荷馬車の下敷きになってあっけなく命を落とした。おれは神を呪い、悪魔に祈った。女を生き返らせてくれ…と。その願いが強すぎたのか、おれは本当に人でねェモンを呼びよせた。そいつはおれの願いを聞き届けてくれると言う。おれとその女に仲間となる事。女が生き返った暁には、今は行方不明になっているこの血脈の王Dの称号を持つ男を探し出す事。それが約束であり、契約だった。そして、それは実行され、女は生き返り、おれも人ではなくなった。…だがな、女はもう光の下では暮らせない。結局女は婚約者も、普通の生活もすべてを失い、絶望して、死んだ。自らを日の光に浴びせてな…」
「ゾロ…。そんな話…なんで…今、すんだよ…?」


暗い宿のベッドの上、二人は全裸で抱き合っている。

サンジの首筋に舌を這わせるたびに、ゾロの舌に美酒のような痺れが走る。

舌よりも敏感なゾロの下肢はサンジの中で、固く、大きく膨張してゆく。

血が、サンジの肢体を巡り、ゾロの中へと巡り、血の味覚と、性の快感が螺旋階段のように二人の体を巡る。

「サンジ…、お前と世界を巡ろう…。この命がある限り、お前を愛する…」
「…ああ…、ゾ…ロ…!ゾロ…!!」

「…もし、お前が人生に絶望しても、おれを置いて行くな…!」
「ゾロ…!!」
「お前と共に、青空の下で塵になってやる…!!」

そう言ったゾロの眉間には深い皺が寄り、サンジを貪る野獣は狂気をはらんでいるように見える。だが、サンジはその金色の瞳のずっと奥を見て、そっとゾロの緑色の髪の毛に手を入れ、優しく梳いた。

「おれの目を見ろよ。おれが、お前の青空になってやる。永遠に…。だから…もっと吸ってくれ…もっと…」

愛する者に受ける“永遠”と言う拷問は、甘美な痛みへと変わっていった。


Fin



甘さと苦さのある大人のラブストーリーに大興奮! 失うものの大きさを思うと、本当に究極の選択ですね。優月さんとのおつきあいも、はや5年。いつも拙企画にご参加くださってありがとうございます。今回も育児でお忙しい中、すばらしい作品をありがとうございました(ふかぶか)
夢音優月様のサイト:『月色パンダ』