初霜溶かして #3
「なんかよう、この前ジジィが俺の住んでる長屋に来てよ。それまでは、勤めてる店さえわかってりゃいいなんて言って、来たことなんか無かったんだぜ。てめぇもひとりで暮らしてみろって追い出したきりだったのに、どっかで俺のことを聞いたらしくてよ。てめぇはどんなとこに住んでるんだって言うから案内したら、イキナリ引っ越せって言いやがんだ。
こんなところじゃ板前の勘が鈍るとかなんとか、訳のわかんねェこと言いやがってよ。長屋に来るなり『長屋はだめだ。さっさと引っ越せ!』って言ってさ。引っ越し先の条件が変なんだぜ、惣後架じゃないところを探せ、だってよ。おおかた俺が覗きでもすると思ってやがんだ。覗きにかまけて板前修行がおろそかになるとか思ってんだぜ。レディにそんな失礼なことするわけねぇっての! で、惣後架じゃねぇとこなんて、どっかに間借りでもしねぇかぎり無理じゃねぇか。
あ、ジジィって誰かって? ジジィってのは俺の養い親なんだけどよ、なんでも死んだ俺の両親の知り合いらしいが、詳しいことは知らねぇや。親代わりに育ててくれたのはいいが、とにかく頑固なジジィでよ、言い出したら聞かねぇんだ。そのジジィってのが…」
それからジジィの話が延々と続き、いい加減退屈してきた俺は、ああ、とか、うん、とか、適当にあいづちを打って、実は、全然話を聞いていなかった。こいつが一生懸命話している間、俺はこいつの髪を触ったり、滑らかな肌に頬を寄せたりすることに夢中になっていたのだ。
よくよく思い出してみれば、じいさんの言うことに納得できる。
惣後架の戸は腰から下半分だけの半戸だ。世間話でもするように脇に立って上からちらと目を走らせれば着物を端折って曝け出された尻の上部が丸見えだ。
ひとりもんが多い長屋にこの板前が入ったら、男の尻であっても手コキのネタには充分なる。
てめぇは覗くほうじゃなくて、覗かれるほうだっての!
じいさんは一発でそれを見破ったのだろう。
それにしても、長屋にゃ当たり前の惣後架に目くじらたてるなんて、どんだけ箱入りだ? それまでこいつ、どんなとこに住んでたんだ?
少なくとも長屋住まいじゃ無かったのはわかる。
そこへ来て、今日の湯屋でわかった板前の鈍感っぷりを思えば、じいさんの気苦労も大抵じゃねェな。
その気苦労を、こいつはてんで気づいてねぇようだが、それでも一応じいさんの言葉に従って長屋から引っ越すことにしたんだろう。どっかの離れが空いてるから、そこに引っ越すと言っていたような気がする。
いったん思い出してしまえば、芋づる式にあの日の板前の言葉が甦ってくる。
『…でよ、青鼻先生とくれはってばあさんがやってる診療所の離れに引っ越すから、部屋も広くなるし…その……てめぇも一緒に住まないか? いや、勘違いすんなよ…あー、えーと、つまり、あ、ほら、ここさみぃしよ。冬になったら凍えるぜ、こんな壁に大穴開いた寺。こんなところでてめぇの凍死体の発見者になるのも俺はイヤだしよ、俺のところに住まわせてやってもいいっていう俺様の仏心だ、うん。なあ、てめぇも、こんなオンボロの寺で冬を過ごすのはイヤだろう?』
そこまで思い出して、ガバっと破戒僧は顔を上げた。
そうだ、こいつは、一緒に住もうと言ったのだ。
一大決心みたいに神妙な顔で言ったあと、慌てて照れ隠しのように次々にいろんな理由を述べて…。
それを俺は、引っ越しの経緯の話がだらだら続いてるのだと思ってろくに聞かずに、触り心地のよいこいつの身体の感触を楽しむことに夢中で、あん時は見事に肝心なところが頭に入っていなかった。
そして適当なあいづちを打つ俺に焦れて、こいつが言ったのだ。
「おい、聞いてんのか?」
「ああ、聞いてるさ」
「なら、どうすんだよ、てめぇ、冬もこんなオンボロの寺で過ごすのか?」
そして俺はなんと答えた? 確か…
「ああ、気楽だし、ここはここで便利だからな。聞かせたくねぇもんをうっかり聞かれたりしねぇし。」
サーーと破戒僧の顔から血の気が引いた。
一緒に住むのを拒絶された上に、聞かせたくねぇもんがあると続けられては、おまえが近くにいるのは迷惑だと、遠まわしに別れ話を切り出されたのだと思うのも無理は無い。
間の悪いことに、あの頃は、ルフィの捕り物に関わる秘密裡の行動が増えていたのをコイツは知ってたから、なおさら、自分がいるのは邪魔なのだと思い込んじまったのだろう。
わかってみれば、些細な行き違いだ。だが、人は、些細なことで擦れ違い、誤解するのだ。
そして些細なことであっても、当人には心を痛める大きな問題だったりもするのだ。
長屋の住人と別れて破戒僧と板前ふたりが残された。
板前は場をつくろうように煙管を取り出し、ふーっと煙を吐いてから言った。
「俺、風車に帰るわ。明日の仕込みもあるし。てめぇも寺に帰れよ」
ひらひらと手を振って、去っていこうとする。
「ちょっと待て。肝心の話を何もしていねぇ!」
慌てて破戒僧は板前の手を取った。
「ん? ひとりじゃ帰れないってか? 迷子だもんなぁ。いいぜ。てめぇがわかるところまで、俺が送ってやらあ」
「はぐらかすな。てめぇ、長屋から引っ越したんだよな。てめぇのじいさんが、長屋はだめだっつって、引っ越したんだよな」
「ああ? そう言ったじゃねぇか」
「んで、どっかの離れに越したんだよな?」
「診療所だ。チョッパーんとこの」
「その離れには、てめぇ1人で住んでんのか?」
聞いたとたんに、板前がキレた。鋭い蹴りと激昂した言葉が飛んでくる。
「たりめぇじゃねぇか、クソ野郎! てめぇがその口で断ったくせに、何言いやがる! てめぇに振られたからって、すぐにほかのやつを引きずり込む男だと思ってんのか、チクショウ!」
「じゃぁ、そこはまだ、もうひとり住むくらい余裕なんだな?」
「たりめぇだ! チクショウ!」
「んじゃ、俺もそこに住むぞ」
「そうかよ、クソ野郎! …………は?……」
チクショウ、クソ野郎、てめぇが同居を断ったくせにと自棄気味に繰り出されていた蹴りの連続攻撃がパタと止まった。
「今、てめ、なんつった?」
「てめぇんとこに引っ越すって言ったんだよ。今日、俺は、てめぇと一緒に風呂に行って、長屋に行って、よーくわかった。てめぇは俺の知らないところで、あちこちで愛想振り撒きやがる。俺は全然そんなこと知らなかった」
「そりゃ城下には可愛いレディがいっぱいだからなー」
「ちげぇよ、莫迦! わかってねぇな、てめぇは…。あの寺にいたまんまじゃ、てめぇがいつどこで、そのエロい面見せてんのか、わかりゃしねぇってことだ!」
「なんだ、そりゃ?」
「とにかく俺はてめぇんとこに引っ越すぞ!」
「え? だって…」
「なんの問題がある?」
「でも…俺がいると迷惑だっててめぇ、言ったじゃねぇか。俺には聞かれたくねぇって…。…ルフィとなんかコソコソやってんじゃん。それ、俺がてめぇの周りでちょろちょろしてると困るんだろ…?」
(ああ、やっぱり誤解を抱かせちまってんな…)
「違ぇよ。聞かせたくないのは、ルフィとの密談じゃねぇ。てめぇのエロい声だ。あの山ん中なら誰にも聞かれねぇだろ」
「なにーーっ!…てめぇ、そんな理由で、俺と住むのを断ったのか! エロ坊主!!」
ちょっとまた、別の誤解が生じたが、実は離れに引っ越すという部分をよく聞いていなかったのだと言ったら、またコイツは暴れるだろうから、放っておくことにする。
「とにかく早く聞かせろよ、てめぇのエロい声。もう20日も聞いてねぇんだ」
「うるせー、帰れ。今すぐ寺に帰れ! 山に帰れ! 植物界にでも野獣の世界にでも帰れ!人間界に来んな!」
「悪かった…」
素直に詫びの言葉を口にして痩身を抱きすくめると、大げさな身振りも交えてわめいていた身体が大人しくなる。
「てめ、ずりぃよ…。俺がどんな思いでここんとこ過ごしたと思ってんだ…それをこんなことでうやむやにしようとしやがって…」
勢いの良かった声が、どんどん掠れて小さくなる。
俯いた金髪を破戒僧はそっと撫でた。
「悪かった…。うやむやにしようとしてるわけじゃねぇ。だからてめぇがイヤだというならやめにする。聞かせてくれ。俺、てめぇんとこに住んでもいいか?」
「それがずりぃっていうんだよ。断れるわけねえじゃねぇか…クソ野郎…」
「よし、そうと決まれば、善は急げだ。今すぐてめぇんとこに行こう」
破戒僧は板前の手を取って、走り出す。
だから、そっちじゃねぇよ!と蹴られ、そのうえ…
「おい、てめぇは今、住むとは別の目的で俺んとこ行こうと言ってるだろう?」
と突っ込まれた。
「何言ってんだ、一緒に住むってことはヤるに決まってんじゃねぇか。同じじゃねぇか」
「うわー、獣の思考には付いていけねぇよ。やっぱり、てめぇ、野獣の世界に帰れ!」
ゲシゲシと蹴りつけながらも、ここしばらく冷たく強張っていた心がじんわり溶けていくのがわかる。表情にもきっと出ているだろう。そう思うと板前は余計に破戒僧を蹴ってしまうのだった。
◇ ◇ ◇
ん…んあ…や…くすぐってぇ…
約20日ぶりの情交だ。1回目2回目は互いを貪るように荒々しい。
3回目に至って、猛獣だった破戒僧にようやく優しく蕩かすような仕草が見え始める。
サンジは仰向けにされて細い脚を片方ぐいと持ち上げられている。
ゾロの舌が、膝裏の窪みから脚の付け根へかけてゆっくりと往復し、くすぐったいような快感のような、ざわざわした感覚が内腿から全身に広がる。
片足を持ち上げられているせいで閉じられない両脚の間では、分身が緩く立ち上がっている。
それが、絡みつく動きに合わせて、ぴくぴくと震えるのだ。ゾロの目の前で。
すでに2度も達して散々痴態を曝したあとだとわかっていても、恥ずかしさが消えるわけではない。
むしろ、前も後ろも触られてないのに脚への柔かい刺激だけで反応してしまうことが、いっそう恥ずかしい。
「やだ、ゾロ…」
と身を捩ったら、やじゃねぇだろ、とかわされ、亀頭の先をくちゃりと触られた。
そのぬるりとした感触に、トロトロした汁を零していることを自覚して、余計に羞恥に震えた。
破戒僧の指は、その汁を板前の亀頭に伸ばし広げていく。
亀頭もカリ首もぬるぬるにされていじられる。
鈴口をゆっくりと押し広げ、グリグリと刺激される。
あ、あ、と声を上げ、板前が弓なりに背を反らしてのけぞった。
先走りの汁はトプトプといっそう溢れ出て、鈴口をいじる破戒僧の指の下でくちゅくちゅと卑猥な音を立てている。
ぬるぬるだぞ、てめぇ、と煽るようにわざと言われて、余計にトプンと汁が溢れる。
それでサンジは余計にいたたまれなくなる。
自分の肉棒はたらたらと、ゾロの指を伝うほどに溢れる先走汁でどろどろぬらぬら光っているのだろう。それをあの、獣のような目で見られている。
そう思うだけで、ぞくぞく感じてしまう。
そんな淫乱な自分を見抜かれたようで、もっと感じてしまう。
羞恥と快感の連鎖に板前の鈴口はたらたらと粘つく透明液を零し続ける。
手の中に握りこんだ板前の肉棒の先から溢れ続ける液体を広げては掻き混ぜる。
そのたびに零れる声と震える身体を楽しんでいた破戒僧は、やがて、ぺろりと亀頭を舐め上げた。
ひぁっと上がる悲鳴のような声に満足して、鈴口の溝にそろそろと舌先を走らせる。
この離れに到着するや否や押し倒した時は、荒々しくじゅうっと吸い上げ追い上げた。
2度ほど吐精させたあとの今は、舌先を尖らせて、触れるか触れないかの微かな刺激を与える。
案の定、板前の腰がもどかしげに揺れ始めた。
ん…ん…と鼻に抜けるような吐息を立てながら、腰を持ち上げ、破戒僧の舌に亀頭を擦り付けるようにして快感を求め始める。
それでも決定的な刺激を与えずに、れろれろと舌を動かして敏感な鈴口や雁を愛撫し蟻渡りを掠めて破戒僧は焦らし続ける。
「ゾロ、ゾロ…」
もどかしい刺激にひくひく震えていた板前が切なそうな声を上げた。
「もう、堪まんねぇ…はぁっ…あ…あ……も…ここにくれよ…」
板前は自分で尻肉を割り開き、破戒僧の前に後穴を曝して、涙目で訴えた。
「てめっ! そりゃ反則だろっ!!!」
赤ん坊のおしめを替えるような格好で、自ら尻肉を割って「ここにくれ」と涙する板前は壮絶にエロかった。板前を焦らす余裕なんて一瞬で吹っ飛ぶほどに。
反則だろ、と言いながら破戒僧はすばやく自分の怒張を掴んでいた。
それを、破戒僧を待ち焦がれてひくついている尻穴にずっぽりと埋め込む。
すでに破戒僧が2回ほど出した精液で濡れた穴は難なく巨大な怒張を呑み込んでいく。
「あ、あ、ゾロ…てめぇの、気持ちぃーぜ…」
頬を上気させ、目元を潤ませて板前が蕩けたように言う。
「この莫迦っ、煽るんじゃねぇッ…」
3回目は優しくと思っていた破戒僧の配慮を板前はあっさり打ち砕く。
破戒僧は板前の蕩けたようなエロい顔に辛抱できずにガツンガツンぶつける様に腰を振る。
板前のいいところをえぐるように突き上げたら、あああーーんと甘ったるい声で啼いて善がるので、破戒僧は
「それを人に聞かせたくねぇんだ、わかったか!」
と言ってやったが、快感のうねりに呑まれている板前の耳には届かない。あんあんと啼き続けて淫猥に乱れていく。
擦り上げる内壁が破戒僧の欲望に絡み付いてきゅんきゅんと締め付ける。
目の前には白い胸の上にぷくりと熟れた二つの紅い実が舐めてくれ、というように立っている。
(ああ、クソ、我慢できねぇ…)
考えるより早く、その実をべろべろ嘗め回し、破戒僧の腰が激しく抽送し始めた。
絡みつく内壁の熱さと擦られる快感に破戒僧の肉棒がズクンといっそう大きく反り返り、
追い上げられていく快感に、あぁ、と板前が歓喜の声を上げる。
コイツの中が気持ちいい。
コイツを迎えることが気持ちいい。
しばらく触れずにいただけで、こんなに相手を欲しがっていたのだ…。
それを身体も心も、否応無しに自覚されられた
ドクンとうねりが大きくなり、一気に絶頂に押し上げられて、ふたりはビュクッッと愛液をほとばしらせた。
「あー、風呂入りてぇ…」
どろどろべたべたの身体で板前が気だるげに言った。
「まさか銭湯行くとか、言わねぇよな?」
と破戒僧がむうと眉をしかめながらうかがうと、
「言うか、莫迦! こんな身体で行けるわけねぇだろ、てめぇので、どろどろだし」
「俺のだけじゃねぇ。腹のほうにくっついてんは、てめぇ自身のだ」
「うるせぇ。いちいち解説すんな。このべたべたは拭えば取れるが、この痕、どうしてくれんだよ。あちこち吸い上げやがって、消えるまで銭湯行けねぇじゃねぇかよ!」
「それでいい。もう銭湯には行くな。気が気じゃねぇ」
「はあ?」
鈍感な板前は、(何を言ってるんだ、コイツは?)という表情で、ちょこんと首を傾げた。
(了)
破戒僧x板前SS、秋物語でした。ゾロ誕に合わせて公開したのであまり深刻な展開にせずに糖度高めです。
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