煤払い(すすはらい)


旧暦十二月十三日(新暦一月下旬頃)。
「おい、さっさと食って出ていかねェか」
「なんでェサンちゃん、俺たちをそんなに追い出してェのか?」
「たりめェだ。おめェら出ていかねェと、煤払いが始めらんねェ」

旧暦十二月十三日(新暦一月二十日頃)はグランドジパングでは煤払いの日だ。
お武家さんだろうが町人だろうが、正月準備の手始めとして、この日に一斉に家の中と神棚を清める。
料理屋の『風車』では一般家庭よりも火を使う頻度が格段に高いから、煤(すす)も多い。
常日頃から清潔にはしているが、営業中は調理と女性客へのサービスと男性客へのあしらいに追われ、営業時間外は仕込みに追われるので、掃除の時間はおのずと限られてくる。
煤払いの日は朝餉を供したあとで店じまいし、昼間の営業無しで掃除に専念できる良い機会なのだ。
しかし、朝餉の客たちがなかなか出て行かない。
「サンちゃんの朝餉を食うのが楽しみなんだからもうちょっと待てよ」
などと言うが『風車』の常連客はサンジの料理を食うことだけでなく、サンジを眺めるのも楽しみのひとつなのだから、そうそう出ていくわけがない。
こういう時はおナミの一言に限る。
「さぁさぁ、朝はこれで店じまいよ。営業外でも居座ろうというのなら別料金いただきますからねー!」

わらわらと客が出ていって、ようやく『風車』は煤払いに取り掛かった。
手拭いをパンと開いて姉さんかぶりをする。もう一枚は口元を覆う。
「ゾロはどうしたのよ?」
「あぁ、あいつは今日は恵比須屋の煤払いの手伝いだ」
「恵比須屋って呉服の大店じゃない! なんでそんなとこから声が掛かるのよ?」
「単に口入れ屋からの紹介だよ。呉服の大店は畳敷きの広い部屋があって、畳上げして掃除するのも大変、たくさんの反物を移動させるのも力仕事、ってわけで店のもんだけじゃ手が足りねェらしい」
「あぁそういうこと。びっくりしたわ、服には全然興味無さそうなあいつがなんで呉服屋なんかに、って思っちゃった」
おナミの言葉に苦笑しながらサンジは葉の付いた竹や笹を使って天井や壁の煤をそぎ落としていく。

「お、今日は『風車』も煤払いか。飯は無理か」
午後になって小腹がすいてきたルフィ親分とウソップが『風車』を覗く。
「あ、親分、いいところへ来たわ。はい、これ持って」
おナミがすかさずルフィに笹竹を渡す。
「これ、食えんのか?」
「そんなわけないでしょ。ウチの煤払い手伝いって。どうせヒマなんでしょ」
「いや、ヒマじゃねぇよ…」と言いかけたウソップの声を遮るように、
「あははは、そーなんだよ、みんな今日は煤払いでよー。ちっとも遊んでくれねェ」とルフィが大口を開けて笑った。
「ルフィ、あの天井の梁の後ろッ側な、うまく竹が届かねェから、てめェの得意技で頼むよ」
煤払いの途中でつまめるように作っておいた握り飯をチラつかせてやれば、目をキラーンと輝かせたルフィが「任せとけ!」と胸を張る。
やれやれ飯に釣られやがってと思いながら、ウソップもサンジの握り飯目当てに手伝いに加わった。

暮れ六つ。仕事場や自宅の煤払いを終えた男たちが『風車』にやってくる。
「おーい、兄ちゃん、何か食わしてくれ」
と、のれんをくぐってザンバイが言う。
「今日は『風車』もずっと煤払いしてたから、蕎麦とこんにゃく田楽ぐれェしかできねェぞ」
「それで十分だ。おい、蕎麦が出来るってよ!」
背に向かって話しかければ、
「やった!」と声が上がる。
どうやらフランキー一家全員来たらしい。

にわかに店内がにぎやかになった。
サンジは急いで火を起こし、蕎麦を蒸していく。隣りの鍋ではこんにゃくを茹で、味噌を練る。
「酒は頼めるか?」
「おう!」
ちろりで燗をつければ、おナミが田楽と一緒に運んでいく。
『風車』で蕎麦が食えるらしいという話は常連にあっという間に広まって、店には煤払いを終えた常連が集まってくる。
すっかりいつもの様子になったところへゾロが帰ってきた。
「お、蕎麦と田楽か。美味そうだな。俺にもくれ」
「てめェは恵比須屋で食ってきたんじゃねェのか?」
口入れ屋の話では、煤払いと胴上げが終わったら食事が出ると言っていた。
「あぁ食ったぞ。食ったけど、てめェのメシのほうがいい」
とたんに常連客から「言ってくれるねェ」と野次が飛んだ。そして。
「サンちゃん、俺も! 俺も『てめェのメシがいい』ぞ!」
酔った客たちがくちぐちに叫びだして、サンジは怒っていいのか恥ずかしがっていいのかわからないまま、ゆでダコのように真っ赤になった。
おナミだけが冷静に「はいはい。食べるんならお勘定」とすかさずゾロに代金を要求していた。


(了)



(2012.12)
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