年越し準備


旧暦十二月二十八日(新暦二月初め頃)
グランドジパングではこの日に新年の飾りつけをすることが多い。
『風車』の店先にも門松が立てられ松飾りが施される。竈(かまど)や井戸、厠(かわや)にも裏白を忘れずに飾って新年の準備を整える。
お餅はおめでたい行事には欠かせない。鏡餅も正月用の伸し餅もすでに用意万端だ。
それなのに「『引きずり(出張餅つきサービス)』を呼びましょう!」とおナミが言う。
「もうお餅は準備してあるよ」とサンジが言えば「いいからいいから」と押し切られた。
しまり屋のナミさんが珍しいことだと思っていたら、やってきたのはヨサクとジョニーとゾロとブルックだった。
「なんだてめェらか…。どうせナミさんにツケを減らしてやるからタダでやってくれとでも言われたんだろ?」
「その通りで。餅つき料はツケで相殺。しかももち米まで俺ら持ちですぜ! ふつう、もち米は注文主が用意しておくもんでしょうが…。これというのも兄貴の料理が美味ェのがいけねェ」
「そうそう。美味ェからつい風車に通っちまってツケがたまるってェわけですよ」
「私なんかおナミさんの襦袢を見せていただきたいと言っただけでツケが倍になりました」
わいわい言いながらも、担いできた臼や杵、蒸籠、竈などが店先に設置され、餅つきの用意が整った。

「よっ!」「はっ!」
もろ肌脱いだ男たちが掛け声上げながら餅つきを始めれば、「よっ威勢がいいねェ!」と人が目を留める。
そこへすかさずおナミが「つきたてのお餅はいかが?」と風車に誘い込む。
さすがナミさん商売上手!!
と感心している場合じゃねェ。餅のついでに漬物だの煮しめだの注文する奴が出てきた。
「酒もだ!」
「あいよ!」
って、ちょっと待て。今の声は…
「てめェか、この破戒坊主!」
どんだけツケが溜まってると思ってんだ。全部俺の給金から差っ引かれるんだぞ、このクソ坊主!
「てめェに出す酒は無ェ!」
怒鳴りながら店先を見たら、杵を振り上げて餅をついてるゾロのもろ肌から湯気が上がっている。
グランドジパングの男たちはほとんど肉体労働者だから、夏でも冬でももろ肌脱いで仕事をすることなんて珍しくもない光景だが、サンジはなぜだか赤くなった。
「サンちゃーん、見惚れてないで酒くれよ」
はっと我に返れば、客たちがにやにやと見つめている。
「うっせー、見惚れてねェよ!!」
口を尖らせて悪態ついたサンジに外からブルックが声を掛けた。
「サンジさん、餅つき代わってくれませんか? 私、もう疲れて…」
「体力無ェくせに『引きずり』なんかやってんじゃねェよ!」
そう言いながらブルックに代わって杵を持つ。こねるのはヨサクで、もうひとつの杵を持っているのはゾロだ。一、二、で杵が交互に下ろされ、三でこねる。息が合わないと杵同士がぶつかったりこね役が手を入れられなかったりする。
ゾロとサンジならさぞ息が合うことだろうと思いきや…。
ガツッと音がしてさっそく杵同士がぶつかった。
「何やってんだ、俺が先だろうが!」
「んだと? 俺が先に決まってるだろうが!」
「ばか言え。すべてにおいて俺が先だ」
「あほか。てめェが先に行ったら迷子になると相場が決まってらァ」
「おめーが先に行ったら女のほうへ曲がっていっちまうじゃねェか!」
「麗しい女の子のほうへ行って何が悪い!」
餅つきそっちのけで喧嘩が始まった。
餅つきのテンポは全く合わないくせに、喧嘩のテンポは他人の入る隙もなく合っている。
グランドジパングは今年も平和に暮れそうだ。


(了)



(2012.12)
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