新年


旧暦一月二日(新暦二月中旬頃)
「悪ィが『風車』を抜け出せそうにねェや、独りで行ってくれねェか?」
そう言われてゾロは渋い顔をした。
元日恒例ジパング城の餅まき準備に追われた『風車』は年末から昨日まで大わらわで、二日の今日を休みにする予定だった。
しかし大店は今日から営業で、年始のあいさつ回りも今日からだ。小僧に年始の品を持たせて礼者があちこちの得意先を回る。
小商人は今日から営業の大店へ挨拶に行くし、職人も親方のところへ挨拶に行く。グランドジパングの往来はごった返す。
人出がある時に店を休んでいるのは勿体ないと思ったおナミは急きょ『風車』を開けることに決めた。
となれば当然板前のサンジがかり出される。「サンジくーん、今日、やっぱり店を開けたいの」などと猫撫で声で言われれば、サンジが断るはずもない。

「おい、今日はてめェの実家に年礼に行くんじゃなかったのか?」
とゾロが言えば、
「まともな飯を出せるほど食材もそろって無ェし辛み餅とか団子とかの品書きになるはずだ。仕込みだけしてあとはナミさんに任せるよ。ちょっくら行ってくらあ」
とサンジは出て行った。
ところが正午になっても帰ってこないサンジに焦れて『風車』に行ってみれば、冒頭のセリフだ。

商売筋だけでなく、三が日には両親や親戚のところに年礼に行くのがグランドジパングの通例だ。
ゾロの縁者は城下にはいないからサンジの実家に行くはずだった。
――あの野郎の実家なのに俺だけで行くのは気乗りしねェなぁ
そう思いながらゾロはヨサクとジョニーの案内で薔薇亭に向かった。

「御慶(ぎょけい)申し入れます」
グランドジパングの年始のあいさつはこれと決まっている。
ゾロは薔薇亭の店先で決まり文句を述べてお年始を渡すや、さっさと帰ろうとした。
すると奥から声がした。
「なんだ、てめェ独りか」
薔薇亭の主人ゼフだった。
「アイツは急きょ仕事で…」
ゾロが言いかけるのをさえぎってゼフが言った。
「上がっていけ」

参った…とゾロは思った。どうしてゼフと差し向かいで食事をしなくてはいけないのだ。
ゾロはゼフが苦手だった。サンジとの関係をゼフが快く思っていないのは明白だ。居心地悪いことこのうえない。
だから独りで来るのは嫌だったんだ…。
心の中で呟いていると、干し数の子と田作と黒豆が皿に盛られて出てきた。この三種と屠蘇と雑煮がグランドジパングの正月料理だ。
「あ…」
ゾロは出された雑煮を見て思わず声を上げた。
「気づいたか。それはアレんとこの餅だ。餅くれェ、うちはうちで用意しているからいいと言っているのに、城の餅まき用に『風車』が準備する紅白餅を、縁起がいいからといって毎年持ってきやがる」
フンと鼻で笑うそぶりを見せながらもゼフが喜んでいるのはわかる。
しかしゾロが声を上げたのは、餅のことだけではなかった。
目の前の雑煮には紅白の丸餅に輪切りの大根と人参が入っていた。昨日サンジが作った雑煮とそっくりだ。
グランドジパングの雑煮は大根と里芋と小松菜が定番だから、おもしれぇなと言ったくらいだから間違いない。
「薔薇亭の雑煮はいつもこういう雑煮ですか?」
「いや、丸餅をもらったからこうしてみただけだ。丸の重ねは吉兆というからな。餅は紅白だし、目出たい尽くしを椀に込めてみたまでだ」
確かサンジも同じようなことを言っていた。
この親子、思考が同じかよ…。いや違う。サンジがこの人の心を受け継いでいるのだ。

示し合わせたわけではないのに、ひとつの食材で同じ発想をするふたり。
彼は養父で血は繋がっていないのだとサンジは言っていたが、新年早々サンジとゼフの血よりも濃い絆を見せつけられた気がした。
そして二人とも、その目出たい尽くしのひと椀を、俺に馳走してくれる。
「謹んでいただきます」
ゾロは思わず手を合わせた。


(了)



(2013.01)
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