七草


旧暦一月七日(新暦二月中旬頃)未明。
「起きろ、クソ坊主! 今日は一緒に風車に行くって約束しただろ!」
普段ならさっさとひとりで『風車』へ行って開店準備をするサンジがその朝はゾロを叩き起こした。
「粥(かゆ)は出来たてが一番美味ェんだから早く起きろって!」
そういうサンジにゾロは、あぁそうだ今朝は七草だったと思いながら伸びをした。
昨晩サンジが『七草なずな〜囃してホトト〜』と謡いながら楽しそうに七草の準備をしていたっけ。

いつもならゾロは朝食目当ての客の波が引いたころにノコノコと出かけていって朝餉をもらう。
だが「粥は出来たてを食わしてェ」というサンジの言葉で、一緒に風車に行くことになったのだ。
「出来たころに行けばいいだろうが」
というゾロの反論は
「てめェ開店と同時に来たことねェじゃねーか。どうせ寝過ごしてんだろ」
と至極もっともな意見により却下された。

くわわとあくびをしながらサンジにくっついて『風車』へ向かう。
まだ夜明け前だ。空には細い眉のような弓型の月が光っている。東の空の端っこだけがうっすらと紅色だ。

「粥は生米から炊くほうが美味いからな〜」
米粒が洗われる音がしゃくしゃくと『風車』に響く。
「こら、酒飲むな!」
粥が出来るまで手持ち無沙汰で、酒を取ろうとしたゾロは怒られた。
「店を掃いといてくれよ」
とほうきを渡され、ざくざくと掃く。
「終わったらこいつで拭いてくれ」
絞った手拭いを受け取って縁台を拭く。
家ではろくに掃除もしないゾロだが、いざやらせれば隅まできっちり清めるのをサンジは知っている。なにしろ道場育ちの上に寺育ちだ。

粥の炊ける良い匂いがしてきた。米の甘い香りと草類のさわやかな香り。ゾロの腹がぐうと鳴った。
「そういやおめェ、北の生まれだって言ってたが北のほうでもこの時期、若菜はあんだな」
「いや無かったような気がする」
「でも昨夜、七草の歌、謡ってたろ? ありゃあてめェの故郷の節回しじゃねェのか?」
「いやジジィから習った。俺んとこは若菜じゃなくて牛蒡(ごぼう)みてェなのが入っていたような気がするな。十(とお)くれェまでしかいなかったから覚えてねェなぁ」
「十までいたのに覚えてねェのかよ」
あはははとゾロが笑えば、サンジもあはははと笑った。
ゾロは知らなかった。サンジが幼少のころ酷い飢饉にあって、七草どころか粥さえも口に入らなかった時期があることなど。

「そろそろ店開けるから、暖簾(のれん)出してくれるか?」
「おう」
からりと引き戸を開けると、紅色だった東の空が明るい橙(だいだい)色に変わっていた。


(了)



(2013.01)
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