ゾロからの速達 #2


「ナビすぁぁん、いろいろ手間掛けて、ごべんよぉ…」
その晩サニー号では、酔っぱらって半ベソをかきながらナミに謝っている海賊王の司厨長の姿があった。ろれつが怪しい。
「構わねーよ、サンジ! 俺は大歓迎だ!! やっぱりサンジのメシは美味ぇ!! この肉もっと無ぇのか?」
約ひと月ぶりのサンジの料理を貪り食うルフィは食べかすを飛ばしながら叫んだ。
「アンタは黙ってなさいっ!」
とルフィを一喝したナミは、帰船と同時に料理を作らされ、今はテーブルに突っ伏してモニョモニョと謝罪の言葉を口にしているサンジの背を優しく撫でた。
「ウチの船長が歓迎って言ってるんだから気にすることはないわよ」
「ナミさん優しいなぁ…。大好きだぁ〜〜」
そういう声はいつものメロリンサンジよりもずっと弱々しい。
久しぶりのサニー号なうえにお酒が入って、今までの疲労がどっと出たのだろう。
よっぽど今回のことがこたえたのねぇ…とナミは苦笑した。
「サンジ、コーヒーでもいかが?」
とコーヒーをサーブしたのはロビンだ。
「わ〜〜〜、ロビンちゃんが俺にコーヒーを!! 感激だぁ〜〜〜〜」
ハート目になっているが、やはり口調はふにゃふにゃと力無い。
「フランキーの仕事が終わるまで、この船にいるといいわ」
「その代わりルフィの胃袋の面倒は見てね」
「うん」
二人の美女に囲まれて、サンジは脱力したまま幸せそうに笑った。



 ◇ ◇ ◇

「そこのねェちゃん、このへんでコーラ売ってるとこ知らねェか?」
マリーナは突然話しかけられてビクンと飛び上がった。
「こ、この道を左に曲がってまっすぐ行ってフォジェの店を過ぎてから2つ目の角にハリーの停車場が…」
「ちょっと待った。俺は2日前にここに来たばっかでフォジェのハリーだの言われてもわかんねェ。ねェちゃん時間があったら連れてってくれねェか?」

断る理由が見当たらず、マリーナはおどおどしたまま男を案内した。
道すがら、知り合いに会うたび振り返られるのが恥ずかしい。
春に隣り島の大学を卒業して教師見習いとして島に帰ってきたマリーナは、22歳になるがカタブツと思われてていて浮いた噂のひとつも無い。
マリーナ本人も男性と一緒だと緊張するのを自覚している。
そんなマリーナが、この寒空に海パンの上に毛皮を引っ掛けただけの妙な男と連れ立っているのだから、みんなが振り返るのだ。

「ここでコーラ売ってますから。では私はここで!」
早口に言って立ち去ろうとしたがそうはいかなかった。
「ちょっと待った。帰り道がわかんねェから、造船ドッグまで送ってくれねェか?」

去りたいのはやまやまだが、根がお人よしのマリーナは見捨てていくこともできなかった。
「新しく造船ドッグにいらした方ですか?」
行きよりは帰りのほうがいくらか緊張も解けてマリーナは話しかけてみた。
「いや3日ばかりいるだけだ。俺らの仲間が2人、ちょっと前からこの島に厄介になってるんだけどよ、そのうち1人が海から離れるとストレス溜まっちまう体質だって気づかないまま船を降りちまったのさ。で、今になって船を作ってくれって呼ばれたわけだ。知らねェかな、眉毛がグルグル巻いてる…」
「マリさんのところへ来たルリさんかしら?」
「あーそうそう…」
確かそんな名前をつけてたなと思いながらフランキーは頷いた。
「私、最初マリさんって名前を聞いたとき、女性の方かと思いました」
マリーナはそう言いながら『マリさん』に会った時のことを思い出した。

11月1日から島に来る予定の「ハラマキ・マリ」さんは家事が殆どできないので通いの家政婦を頼んでいた。
ところが予定の家政婦のジナイダおばさんが10月末に捻挫してしまい、コテージへの坂道を上がれるようになるまで1週間ほど掛かるだろうと診断された。
それで急きょマリーナに代役が回ってきたのだった。マリーナが教師見習いをしているリトルノースの学校は11日1日から1週間、収穫のための秋休みなのだ。

コテージを訪れたマリーナはマリさんと会うや、即座に回れ右をした。
そして代役の話を持ってきた、トーレの母親であり自分の姉であるレーナのところへ転がるようにやってきて叫んだ。
「レーナ姉さん!! マリさんて、男の人じゃないの!!!」



(まぁ驚くわな、女だと思ってたら男で、しかもあんな片目潰れたツラだもんなぁ…)
フランキーはちょっとマリーナに同情した。
「そのあとしばらくして、ウチノ・ルリさんという方がマリさんの世話をしにくることになったと聞いて、ルリさんも女の人だと思ってました…。でも男性でした。それで私、世の中は広いのだ、何事も自分の経験や知識だけを基準に考えてはいけないのだとわかりました」
(おいおいおい…いい娘じゃねェか…あの二人にあんな名前をつけたウチの女どもに聞かせてやりてェよ…)
溢れそうな涙と鼻水をずずずーっと吸ったフランキーを見ながら、やっぱりこの格好では風邪を引くわよねぇとマリーナは思った。



 ◇ ◇ ◇

フランキーは1日目には設計を起こして役所の許可を取り付け、そのあと3日で船を作り上げた。
サニー号を船大工5人でたった5日で作った男だ。1本マストのスループ船を作るくらいわけもなかった。
12月30日には「サンジくんの寝床号(仮)」の進水式も済んだ。
バラティエ時代には買い出し船をシングルハンドで操っていたサンジだから、操船は問題ない。もっとも「サンジくんの寝床号(仮)」はショットバーとして登録してあるので、ほぼいつも港に係留させておくことが原則だが。

すっかりいつもの調子を取り戻したサンジを見て、ナミは言った。
「私たち、明日出航するわね」
「え、どうしてナミさん! 新年を一緒に迎えようよ! それから出航すればいいじゃないか」
そう引き止めるサンジの言葉を振り切ってナミは大みそかにサニー号を出航させた。

「ホントに良かったのかナミ? リトルノースの新年は、モールやガラス玉で装飾されたモミの木がライトアップされるうえ、年越しの瞬間には丘と港の両方で花火が上がってすげー綺麗でロマンチックらしいじゃねェか」
「だからこそでしょ」
「へー。サンジをゾロの監視役にしようって俺たちが言った時、反対したナミの言葉とは思えねぇな」
ゾロがリトルノースへ行ったあと、サンジも一緒に島に降ろしたほうがいいと言い出したのはウソップとブルックだ。
フランキーとロビンがそれに賛成し、チョッパーは中立。ルフィとナミは反対だった。
「だってサンジくんとゾロの関係が自然消滅したのって、もうずいぶん前のことじゃない。せっかく仲間として後腐れもしこりもない状態に戻っているのに今さら蒸し返すみたいなことしないほうがいいと思ったのよ」

確かにゾロが大剣豪の座を掴む少し前から、ゾロとサンジの関係はすっかり仲間の関係に戻っていた。
その二人が、実はお互いにずっと相手を気にかけていると気づいてやきもきしていたのがウソップとブルック。気づいていながら静観していたのがフランキーとロビンだ。

「今回もね実は私、サンジくんをサニーに連れ戻すチャンスかもしれないってちょっぴり思ってたわ。サンジくんの料理って美味しいだけじゃなく美容まで考えてくれてるんだもの、本当に手放したくないのよ。でも来てみたら、アンタたちが言ったとおり、この島はあの不器用な二人にとって、元の鞘に納まるいい機会になっちゃったみたいね」
苦笑するナミと一緒にウソップも苦笑いした。
ナミは今回のゾロの勘の良さに驚いてゾロ本人に聞いたのだ。『サンジくんは体調悪くても隠してることが多いのに、アンタよくわかったわね』と。

すると、さらっととんでもない答えが返ってきた。
「あぁ、アイツ、イかなくなったからな。勃つことは勃つんだが突っ込んでやっても中から弄ってやっても何をやってもイかねェ」
「何を生々しいこと言ってくれてんのよ!!」
「てめェが聞いたんじゃねェか!」
「だ、だけどよ、よくそれが船に乗れば治るってわかったなゾロ!」
慌ててウソップが口を挟めば、
「あーそれはアイツから海の匂いがしなくなったなと思っただけだ」
結局生々しい話かよ!!と心の中で突っ込みつつも、ゾロのこういう動物的勘はあなどれないと思い知ったナミとウソップだった。



「サンジくんの『島に入ったままではいけない病』も治って、今頃いちゃいちゃしてんのかしら、あの二人」
「どうだろうなぁ。案外また喧嘩してるかもしれねェぞ」
「犬も食わないって喧嘩をね」

「ナミちゃん、ウソップー、そろそろカウントダウンよ。中央甲板にいらっしゃいよ」
「今行くわ(ぜ)!」
ロビンの声にナミとウソップは揃って返事をした。



(了)


オールブルーなどにレストランを構えているサンジの話を目にしますが、拙宅の海賊サンジさんは、どこまでも「海の」コックさんで、陸では長く暮らせない体質です(^^)
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(2012.12)