正月料理
「てめェん故郷(くに)の正月料理に欠かせないもんってなんだ?」
クソコックにそう聞かれたのは12月に入ってすぐだった。
その時俺は「屠蘇(とそ)と雑煮と数の子」と答えた。
「屠蘇ってのは薬草入りのコメの酒だろ? 雑煮は餅入りの汁。『カズノコ』ってのはなんだ?」
「ニシンの卵だ」
「てめェの故郷は里で海っぺりじゃなかったって聞いてたが、そんなもん手に入ったのか?」
「塩漬けにしてあっから日持ちがするんだろ。ノースの正月料理はどんなんだ?」
「正月に欠かせないのはシャンパンとみかんと都会風サラダ」
「変な組み合わせだな。メインはサラダか?」
「いやメインはガチョウか子豚のローストが多いが肉料理は各家庭の好きずきでいいんだ。必ず揃えるのがシャンパンとみかんと都会風サラダ」
「ふーん」
「興味があるなら作ってやるぜ。この島はノースに似てるから多分食材もそろえやすいだろうし」
そう言っていたから、正月はノース風の正月料理が出てくるのだと思っていた。
それなのにその会話からひと月後。
まさかリトルノースで数の子を食うとは思わなかった。
「これ、てめェが作ったのか?」
「たいして難しくねェよ。塩漬け肉や塩鱈作るのと変わんねェ。それよかニシンの卵を手に入れるほうが大変だった」
そうだろう。この地域にニシンの卵を食する文化は無い。
「すげェな」
「だからたいして難しくねェって。てめェ俺をなめてんのか? 海の一流料理人だぜ」
一流なのはわかっている。作ったことが「すげェ」のではない。
作ろうとする気持ちに俺は感嘆したのだ。
レストランでは大きなイベント時の献立を1ヶ月以上前から考えるらしい。
クソコックにもそういう癖があった。
『レストランの副料理長ならそれも必要だろうが、ウチはちっぽけな海賊団。客商売じゃねェんだからそんな前から考えなくてもいいんじゃねェの?』
とウソップが言ったことがある。
コックは「そうだよな」と笑っていたが、その後その習慣が変わった様子はない。
ありゃあレストランのコックだったからではなく、サンジの性分なのだと今ならわかる。
その食材がイベント時まで日持ちするかを考えながら寄港地をめぐるごとに少しずつ材料を集め加工し準備し当日に備えるというのは、レストランでイベントメニューを練るよりもむしろずっと手間ひまが掛かる。
その手間を惜しむような性格ではできないことなのだ。
先日サニー号がリトルノースを去る際に「あんたって贅沢者よね」と言ったナミの言葉をかみしめる。
確かにそのとおりだ。コックの恩恵を独り占めしちまっている俺を、あいつらはきっと羨ましがっているだろうなと思った。
ところで。
「ノースの正月サラダとか言うのを食わしてくれるって言ってなかったか?」
「あぁ。そこにあんだろ」
「え、これ? 芋のサラダじゃねェか」
「だからそれが正月のサラダなんだよ! 言っとくがそのへんのポテトサラダとはちょっと違うんだぞ。マヨネーズじゃなくてサワークリームとピクルスで酸味を出し、鶏肉は蒸し鶏を使うのが本物だ。マッシュルームは香りのいい生のホワイトマッシュルームを使う」
確かに美味い。珍しさは無いが、これは青物が採れないノースの冬にあって、野菜をたくさん採るようにという智恵なのだろう。
料理にはそういう思いがたくさん詰まっている。そんなふうに思うようになったのは間違いなくコイツの影響だ。
「おいコック、おめーもさっさと食え。さっきから俺ばっか食ってるじゃねーか」
「食ってるっていうより、どっちかっつーとてめェは飲むほうが多いぞ。こら屠蘇(とそ)とシャンパンをちゃんぽんすんな!」
リトルノースお正月のサラダ
(了)
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(2013.01)