祭りの翌朝
いつもと違う気配を感じてゾロは目を覚ました。
外が明るい。
早く目覚めた気がしたのに気のせいだったのかもしれない。
しかし確かに何かが昨日とは違う。
寝ぼけまなこのまま、身体を横たえたまま左手を敷布に滑らす。
すると、ある筈のない身体に手が触れた。
「…ん……」
声もする。
これは、滅多に見られない、コックの寝顔を拝めるチャンスだとゾロは思った。
サンジは最近はまたコテージで寝ている。船で寝るのは週に1〜2回にしたらしい。
「ひと晩暖房つけてるとコーラ6リットルも使っちまうんだぜ! 毎晩船で寝るなんて、ナミさんからの送金じゃとてもおっつかねェ…」
リトルノースでは炭酸飲料は人気が無い。必然的に仕入れも少なく、リトルノースではコーラ2リットル瓶が300ベリーもする。食費や生活費をナミからの送金でやりくりしているサンジは自分のために余分にお金を使うのは気が引けるようだ。コテージなら温水管による暖房が全戸に配備されているから余計な暖房費は掛からない。
さて、ゾロがそおっと寝返りを打つと、敷布に髪を散らばせてこんこんと眠る料理人がそこに居た。
こんなに外が白んでいるのに寝ているとは珍しいこともあるものだ。
(ちっと昨日はやりすぎたか…)
そう反省しながら、無防備に寝ている男の仔細を見る。
丸く張り出した額や、感度の良い耳、すべらかな頬などなど。
ことに金色のまつ毛が、弓なりにしなった刷毛のように静かに並んでいる様は普段はなかなかお目にかかれない。
気に入ったものを好き放題見てよいというのは楽しい。にまにまと頬が緩んでくる。
くんと鼻を鳴らし、サンジの匂いを嗅ぐ。
…つもりだったのだが、ゾロはやはり空気が違うことを感じ取った。
そういえば静けさも違う。何かが起こっている。
眠る男を起こさぬようにそっとベッドを抜け出した。
西側の窓辺に立ってすべてを理解した。あたり一面真っ白だったのだ。
今までだって雪は降った。
リトルノースの初雪は、早い年には10月下旬に降る。11月は風花が舞ったり陽気が戻ったりの変化が激しく、12月になると日に日に雪化粧をしていく。
しかしリトルノースは湿度が低いため、積もりにくい。さらさらの粉雪は地面には多少積もっても、木々についたものは風が少し吹くだけでぱさぱさと零れ落ちてしまう。
だから夜中に雪が降っても森が真っ白になることはゾロが来てからは無かった。
それがどうだろう。ひと晩ですべてが真っ白だ。
モミやトウヒの木があったところには背の高い白い塔が出現している。
アカマツがあったところには白いドームが出来ている。土が盛り上がったところや低木があったところには白くて丸い帽子が点々と置かれている。
森も牧草地も、塔やドームや帽子などの『白くてもの静かななにか』に変身している。
明るかったのはこの雪のせいだ。何か違う朝を迎えたと思ったのはこのせいだ。
空はまだ暗い。冷えびえとした暗紺色に覆われている。
しかし雪の反射のせいで地上付近は青白く見える。まるで深い湖が空に逆さに張り付いているようだ。
遠くで時を告げる鐘が鳴っている。カラン、カラン…数えたら七つだった。
リトルノースの冬は日の出が遅い。冬至の前後は8時台だ。日が昇るまであと1時間ほどある。
ゾロは寝室を出てそっと階下に降り、コテージの周りをゆっくりと回った。
やがて東の空が白んできて、金色の光が差し始めた。
朝の光を受けて『白いもの静かななにか』がキラキラと輝いてとろけ、ひとつがするりと滑り落ちると次々に連鎖が起こり白が崩れていく。そして音を立てながら『白いなにか』が小枝や葉っぱに戻っていく。
ゾロはくんと鼻を鳴らし、雪の匂いを嗅ぐ。
…つもりだったのだが、ゾロは空気の中に食欲を刺激する香りを嗅ぎ取った。
どうやらウチの金色が起きたようだ。
きっとアイツは言うだろう、この雪は雪の王女が来たせいだと。
「おはよう、寝坊助マリモが今日は早ェじゃねーか」
「あぁ。空気が違うと思って起きてみれば、この大雪だ」
「そりゃあ昨日『雪の王女』ちゃんを迎えたからさ〜〜」
思った通りの答えで、ゾロはひとしきり笑った。
(了)
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(2013.01)