誕生日の祝い方 #2


サンジがキッチンからケーキを運んできた。両手に皿を持ち、頭にも皿を乗せて。
右手の皿をテーブルに置きながらサンジが言う。
「こちらは『宝石よりも夜空の星よりも美しい貴女の心を奪いたいフルーツケーキ』です」
人々はまず、その仰々しいケーキの名前に、ぽかんと口を開けた。
それからようやく、ケーキの美しさに目を見張った。
円形のフルーツケーキに真っ白いアイシングが掛かり、その上にシュガーペーストで作られた、淡いブルーやピンクやオレンジのバラのブーケが乗っている。
確かに女性が心奪われそうな美しいフルーツケーキだ。

次に左手の大きな四角いケーキが置かれた。
「『貴女と出会うために生まれてきたんだと囁くためのヘーゼルナッツのオペラ風トルテ』です」
これはアーモンド粉で作った生地とヘーゼルナッツクリームとバニラクリームを重ねていってチョコレートでコーティングしたケーキだ。チョコレートの上に金の糸のような飴細工が乗っている。

サンジが頭の上に乗っていたのは紅い木苺と濃紫のスグリが美しいタルト。
「こちらは『貴女の…』」
「待った! そのケーキの名前はだな…えーと…」
ケーキの突飛な名前に慣れてきた客たちが、自分たちでこのケーキの名前を当ててみようと言いだして、場は突然クイズ会場になった。
「貴女のことを考えると夜も眠れないタルト?」
とひとりが言えば
「違う。平凡すぎだ」
とサンジが否定する。
「貴女のすべてが欲しいタルトってのはどうだ?」
「ありきたりだな」
「貴女の隣りを独り占めしたいタルト」
「おーなかなかいいな。今度のケーキに採用するよ。でもこのタルトの名前じゃねェ」
「貴女のために嵐の海も熱風の砂漠も越える男になると誓うタルト」
「このタルトのイメージとかけ離れてねェか?」

その後も様々な名が出たが、どれもサンジに「平凡」だの「長けりゃいいってもんじゃねェ」だの「センスが無ェ」だの言われて、ついにみんなは降参した。
「じゃあルリさん、このタルトの名前はなんだ?」
「聞いて俺のセンスに驚け! いいか、これは『貴女の唇の可憐な柔らかさを思い出さずにはいられない木苺とスグリのタルト』だ!」
いかにもサンジらしい命名に、会場は笑いの渦に包まれた。
だが一方で、木苺の弾力は確かに唇の感触に似ていると思ったりして、大人たちは笑いながらも納得した。まだキスの経験のない子供たちだけが、よくわかんないや、と首を傾げている。

この3つのケーキだけでも期待以上だったのに、サンジは最後にキッチンからもうひとつケーキを持ってきた。
「本日の主役『今日という日を共に祝える歓びのアップルシャルロット』です。お好みでクリームや蜂蜜をかけてお召し上がりください」
ゾロが見るに、主役という割に一番飾りのない、シンプルなケーキだった。
それなのに、これが出てきた途端、皆がほっこりと顔をほころばせた。

「さあどうぞお好みのものをご自由に」
サンジのその言葉で、皆が目を輝かせてケーキに群がった。
ケーキはカットされていない。各自が好きなだけカットするのだ。
しかし一度に大量に取ってしまう者はいない。トーレやオクトのような子供たちであってもだ。たまに大量に取ろうとする子がいると、年長の子供がちゃんと指導している。
ゾロはそれを見ながら感心した。
『なるほどこうしてガキどもでも、その場の人数を考えながら適量をカットすることを学ぶというわけか…』
最初から小さくカットされていないからこそ「分け合う」ことを意識する。
ノース気質が出来上がる過程が、垣間見えた気がした。

みんながケーキを取り分けている間、サンジは大きな紅茶ポットに茶葉を入れる。
湯を注いで懐中時計で時間を確認してからティーカップにルビー色の紅茶を注ぐ。
女性にはひとりひとり、砂糖を入れるかミルクやクリームは必要かブランデーは垂らすかを尋ねてはサーブする。
男性には「各自勝手にしろ」と紅茶を注いだだけのカップを無造作に渡す。男たちは「あー出たよ、ルリさんの女尊男卑が」と笑いながらそれを受け取る。

「いいパーティですなぁ」
ゾロの隣でケーキの皿を手にした白い顎鬚の男がつぶやいた。
細身の身体をクラシックなフロックコートで包み、そのボタンはきっちり留められている。シャツ1枚でも寒くないほど暖房が効いた室内だというのに、男の几帳面さが伺い知れる。
ゾロの記憶にない男だった。
「アンタ…初めて見る顔だな。コックとはどういう知り合いだ?」
「コック?」
「あそこで、デレついた顔で女どもと話しているアイツだ」
「あぁルリさんですか。実は今日、初めてお会いしたのです」
「はあ?」
「わたくし甘いものには目がなくて。家内が作る菓子も手前味噌ですみませんが、なかなか美味いのですよ。ところが弟のドミトリーが、ルリさんの菓子はドーナツひとつにしても洗練された味だと絶賛するのです。それで食べてみたくてたまらなくて…」
男はアナトリーと名乗った。
『弟のドミトリー』とは、寒中水泳仲間で作る『アザラシ倶楽部』で監視員を務めている男らしい。
1月末にゾロが倶楽部へ入って以来、サンジは水泳が終わるころを見張らって差し入れを持ってくる。肉汁が溢れるピロシキ、熱々のホットアップルパイ、レーズンとクルミが入った湯気の立つほかほかの蒸しパンなど。

「で、そのドミトリーと一緒に来たわけか?」
「いえ、私、学校で歴史を教えておるんですが、授業中にオクトが手紙を書いておりまして。その手紙を取り上げてみたらルリさんの誕生日パーティについて書いてあり、誰か誘ってもよいらしいとも書いてあったので、私を誘うようにとオクトに言ってみたのです」
それは職権乱用と言うのではなかろうか?とゾロは思ったが、嬉しそうにケーキを口に運ぶ男を見ては、そんな無粋なことは言えない。

「ルリさんはイーストブルーの菓子工房で見習いをしたことがあるのだと聞きましたが」
菓子工房で見習い? そういうことにしているのだっただろうか?
まぁ『イーストのちっぽけな酒場で酒飲み相手にもやし炒めを出す程度のコックだった』という来歴では、アザラシ倶楽部の差し入れの美味さと釣りあわないので適当に付け加えたんだろう。
そう思いながらゾロはあいまいに頷いた。
歴史教師はにこにこしながら続けて言う。
「今からでも本職にするべきですよ。天賦の才があると思います。甘みのバランスが良くクリームはデリケートで本当に美味しい!」
「口に合ったんならなによりだ」
答えながらゾロは思った。あいつは天才なんかじゃねェと。

ゾロは知っている。
フルーツケーキのドライフルーツを、酒の配合を変えて幾種類も仕込み、一番うまく味が馴染んだものをケーキに使ったことを。
「俺は菓子に関しては素人だから」と言って、オペラの2種類のクリームの甘さをそれぞれ変えたサンプルを幾つも作っていたことを。
「クソッ、パティにちゃんと習っておくんだった」と悪態付きながら、シュガーペーストのバラを練習していたことを。
木苺と黒スグリのタルトは船上でもよく作っていたのに「ここのスグリは味が濃いから」とカスタードを入れるか入れないか実際に作って決めたことを。

サンジは天才なんかじゃない。
彼の舌は確かに微妙な味を感じ取り、それは料理人の才能を支えるものではあるだろうけれど、彼が一流であるのは才に恵まれているからではない。

ゾロはアップルシャルロットを頬張った。
このケーキはサンジの誕生日によく登場した。ノースのケーキだとサンジは言っていた。今日、このケーキが登場したときの皆の表情を見て、これがどれだけノースの人々に親しまれているケーキなのかがわかった。
そのケーキにしたって、年々改良され、今のこの味になっていることをゾロは知っている。

そうやって苦心のすえに出来たレシピを、サンジは惜しげもなくほいほい教えてしまうのだ。今も菓子作りに興味のある女性陣に囲まれて、デレデレくねくねしながら教えている。
それを見ながらアナトリーが言う。
「妻も連れてくれば良かった…」
「誘わなかったのか?」
「会ったこともない人のパーティに、ケーキ目当てで行こうといったらきっと妻は、そんな図々しいことはおやめなさいと言うだろうから秘密にしてきたのです」
「女連れだったら一も二もなくアイツは歓迎だぜ。誕生日にこだわらずに来ればいい」
それは嬉しいとアナトリーは笑った。
「来月、私の誕生日なので、妻はその時のケーキをどうしようか悩んでいます。ルリさんからヒントをいただければきっと喜びます」
「ノースでは誕生日を迎えた本人がケーキを用意するってのは本当なんだな」
「ええ。学校でも誕生日を迎えた子がケーキを持ってきますよ。社会人になったら職場に持っていきます。主婦の方々は親しい友人を家に招きます」
「そのへんがどうも俺にはわからねェ。誕生日ってのは迎えた本人が主役だろうに、なんで本人がケーキを用意するんだ?」
ゾロはサンジを見ながらそう言った。

レシピ伝授がひと段落したようだ。サンジは今度は客の間を泳ぐように行き来して、甘いものの口直しにと、ハーブを練り込んだ塩味のスティックパイを勧めている。これももちろんお手製だ。
「本当にサービス精神旺盛な方ですねェ。ケーキだけでも十分幸福を分けていただいたのに、こんなにもてなされるとこちらの福の方が増えてしまうようで申し訳ないくらいです」
「幸福?」
「ええ、本人がケーキを用意するのは、誕生日を無事に迎えた幸福をみんなに分けるためと考えられています」
「ふうん…」
「ノースでは結婚式の時にもケーキを配ります。船や馬車を新しく作った時にも集まった人にケーキを振る舞います。貴方の故郷ではそういうことはありませんか?」
「あ…! 餅まきと同じか!」
ゾロは合点したとばかりに大きく頷いた。
上棟式で餅をまくのは、家を建てるだけの富と福を手に入れたことへの感謝とお裾分けの気持ちの現れで、福を独占しないことが厄除けにもなるからだと聞いたことがある。
長寿の者が村祭りの餅まき役になるのも長寿の福を分ける意味だ。餅まきよりももっとわかりやすいのが結婚式の引き出物。これもやはり幸福を分ける意味がある。
「そうかケーキを本人が用意するのは、福分けなのか…」
未知の土地のノースがゾロには急に身近に思えた。



 ◇ ◇ ◇

「今日の夜食は?」
ゾロはパーティの後片付けをしているコックにすり寄って、鼻を擦りつけるようにしながら聞いた。
「てめェパーティで散々飲み食いしてたじゃねェか、まだ足りねェのかよ」
そう言いながらサンジは作り置きしてあるニシンの塩漬けとマッシュポテトを取り出そうとした。
それをゾロが制す。
「それじゃねェ。餅がいい」
「餅? そんなん無ェぞ」
「あるじゃねェか…」
かぷりと耳たぶを甘噛みして、手ではこねるように尻を揉む。
ひゃっと声を上げて逃げようとしたサンジを、しっかりと腕の中に閉じ込めてゾロは言った。
「今日は福分けしてくれるんだろう?」



(了)



お誕生日おめでとう、サンジ!
心の歓びも身体の悦びも、いつまでも二人で分け合ってください(^^)
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(2013.03)