誓いの季節
ゾロとサンジが滞在しているポルトの街には『白鳥の丘』がある。丘にある石垣に白鳥のレリーフが刻まれているから、そう呼ばれている。
丘からはポルトの街が一望でき、街の向こうには港も見える。風光明媚というほどではないが、人々に愛されている丘だ。夏は海からの風が気持ちよく、冬は斜面でスキーを楽しむ子供たちであふれる。
それだけではない。いつの頃からか、結婚式を終えた新婦新郎がその丘でキスをする習わしが生まれた。
リトルノースのような冬の厳しい地域では、さすがに冬のあいだの結婚式は少ないが、その分、4月下旬になるとにわかに多くなる。空の青みが増し、スノードロップが可憐な花をつけ、チュリーップが蕾を膨らませ、明るい春の日差しが木々の水滴やつららをキラキラと光らせる華やかな4月は、たしかに門出にふさわしい。
「うぉおおおーーーーーー!!!」
サンジが叫んだ。「ビューティホーッ!!! 女神だ、妖精だ、天女だ!! あぁキミが人のものだなんて、なんて運命は俺に冷たいんだ!!!」
ゾロとサンジが滞在しているコテージに近い南港の人々はサンジのこの女性賛美にだいぶ慣れてきていたが、このカップルは北港の住民だったらしく、ぎょっとして振り返った。
それを見ながらゾロがひと言。「お前、変質者っぽいぞ」
もちろんサンジは切れた。
「変質者はてめーだ!! このレディの美しさがわかんねーなんて、てめーのほうが変だ!!!」
新婚さんを褒めちぎったかとおもうといきなり隣にいた緑髪の男と喧嘩を始めた金髪に、みんなはあっけにとられ、そして爆笑した。
サンジは笑って自分たちを許してくれる人々に気をよくして、またも新婦をほめたたえ、新郎に邪険にされ、みんなはまた笑った。
新婚カップルはぞくぞくとやってくる。
1時間後にはまた別のカップルが来て、またサンジは奇声をあげた。
『キリがねぇな』とゾロは先に帰りかけて、見知った人物が、石のアーチの陰にいるのを見つけた。明るい栗色の髪の女。マリーナだ。
マリーナは新婚カップルを夢見がちな表情で眺めていた。『かたぶつ』と見られているようだが、結婚願望はあるらしい。
見るとはなしに眺めていたら、マリーナがゾロに気づいた。
とたんに顔を真っ赤にして走り去った。
(なんだ、アイツ?)
一瞬首を傾げたが、それっきり気にも留めずにずんずんと丘を下った。
そのゾロの後ろからサンジの声が追いかけてきた。
「マリちゃーーん、勝手に帰んなよ! また迷子になるぞーー!」
花嫁たちにハートを振りまいていたはずのサンジが、雪どけの水たまりを飛び越しながら走ってくる。踊るようにキラキラ光る髪がまぶしい。逆光で表情が見えない。
思わず目を細めたら、追いついたサンジが飛びつくようにゾロの腕を取った。
そのままずいっと石垣の陰に引き込まれて、うちゅー、とキスをされた。
(ええっ?)
面食らっているゾロを尻目にたっぷり1分はキスをしたサンジが言った。
「誓いのキス…」
サンジが真顔でゾロを見つめている。
ここはなんて返してやるべきか。抱きしめたらいいのか、うなづいたらいいのか…恋愛に不慣れなゾロが一瞬うろたえた。そのとたん。
「なーんちゃって」
ぺろっと舌を出してサンジは逃げ出した。
「あの野郎…やってくれるじゃねェか」
にやりと笑って今度はゾロがサンジをおいかけた。
(了)
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(2013.04)