赤い実、食べた


ゾロが丘を下ろうとしたとき、左にゆるやかに弧を描いて伸びる小道の端にふんわりと金色が揺れるのが見えた。声を掛けるには遠い。それに上から見ていると金色がひょこひょこと行きつ戻りつしているのがおもしろい。アレはきっと俺を探しに来たのだろうなと思いつつ、ゾロはそのまま眺めていた。

8月の半ばになるとリトルノースは急に涼しくなる。日中の陽射しには、かろうじて皮膚を焼く強さが残っているが、風には澄んだ清水のような冷たさが潜むようになった。あの、熱っぽくて開放的で、けれどどこか現実味に欠けるような浮ついた白夜の日々は気づかぬうちに姿を消していて、午後7時ごろには空が茜色に染まる。それからゆっくりと時間をかけて宵闇がやってきた。

てめェ、いつまでも白夜気分で夜中までほっつき歩いてんじゃねェよ。
そう言われたのは3日ほど前だ。

日が暮れてからてめェに出会うとよぉ、みなさん親切にてめェを送り届けてくださるわけだ。俺は、てめェなんぞ放っておいても大丈夫だと言うんだがな。そんなわけでみなさんにご迷惑をかけないように日暮れまでに俺がてめェを探さなくちゃならないわけだ。

だから日暮れまでには家に帰ってこいと言われた時にゾロは「ふん、ガキじゃあるめェし」と返答したのだが、一応努力するつもりにはなった。もっともその努力は今のところ実を結んではいない。だが、まだ3日だ。そのうちちゃんと帰ってやるさ。と言うか、3日前は緑に輝いていた木のところで右に曲がれば知った道に出たのに、昨日はその木が赤っぽかったから間違えたのだ。

その木は夕焼けで赤っぽく見えたんだろ。昼と夜の時間が夏と冬で大きく変わるってことは、日の出日の入時刻が毎日大幅に変わっていくってことなんだぜ。
サンジの説明は、最後のほうには呆れを通り越して憐みを含んでいて、ゾロは少々すねた気分になったのだった。



そんなこんなを思い出しながら、ふわふわひょこひょこ揺れる小さな金色を眺めていると、下から少女が3人上がってきた。スカートの前に垂らした白いエプロンの端を、指先でちょこんとつまんでいる。ゾロは数歩右へずれて、少女たちを避けた。通り過ぎるときにちらりとエプロンの中を見ると、赤や紫の木の実が入っている。
――あの実は確か、コックがパンケーキのタレにしてたやつだな。あれは美味かった。
表情を変えずに腕組みをしているゾロがそんなことを考えているなんて、少女たちは思いもしないだろう。その女の子から少し遅れて男の子たちが3人やってきた。一番後ろにトーレがいる。
「マリさん!」
ゾロに気づいたトーレが手を振って通り過ぎる。
しかし、しばらく進んだあとに足を止めて振り返った。下っていく気配の無いゾロをいぶかしんだのだろう。
「どうしたの? また迷子?」
トーレが問いかけたとき、先に丘を上がっていった少女たちがゾロを振り返ってクスクスと笑ったのに気付いたが、ゾロは気にせずに短く「違ェ」と答えた。
ふうん、と言いながらゾロの視線の先を見たトーレは、あ、と口をあけた。
「ルリさんを見てたのかぁ」
言った言葉には深い意味など何も含まれていない。
それなのにゾロはかぁっと赤くなった。熱風を吹きつけられたように顔が熱い。少女たちに迷子の身を笑われた時には動じなかったのに。

トーレはそんなゾロに気づかずに小道の端の金色を眺めながら、すうっと息を吸った。
「呼ぶな!」
ゾロが慌ててトーレの口を塞ぐ。
「ルリさーーん!!」と呼ぶはずの声は、ルの音も出ないまま大きな手に封じられた。



(了)




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(2015.10)