「好きだと言われても〜今では遅すぎた〜♪」
歌いながら夕飯の支度をしていたら…
「あ? なんだその歌?」
急に声を掛けられて、俺はピクンと小さく跳ねた。
「知らねェよ。この前、昭和のヒットソング、とかいう番組で流れてた」
「へー。」
何が『へー』だ。てめェとは、高校以来、かれこれ8年以上のつきあいだっつの。その、目を細める癖は、納得いかねェ、って時に出るってことぐらいとっくにお見通しだ。
だけど、昭和のヒットソングとかなんとかゆー番組で流れてたのは、ホントだぜ。うっかり口をついて歌っちまったのはうかつだったけど…。
だいたい、てめェは俺に何を言わせてェんだ。今になって『てめェが好きだ』なんて言われたって、俺の心はとっくに冷めちまったさ。

レディが大好きだった俺が、どうやら緑苔の男を好きになっちまったらしいと自覚した時には、てめェには大切な人がいた。嫉妬するのも莫迦莫迦しいくらい、てめェはその人を大切にしていた。
だから俺はすんなり、こりゃぁ見込みがないな、って思えたんだ。
それを今になって、『高校大学と一緒にいて、近くに居るのが自然すぎてわからなかったが、どうも俺はてめェが好きらしい』だなんて、都合良すぎやしねェか?
俺はとっくにあきらめちまったんだ。てめェとは、親友でいようと決めたんだ。
決めたって、てめェを好きな気持ちはどんどん溢れそうで溢れそうで、どうしようもなかったけど、それでも俺は決めたんだ。てめェとは親友でいようって。

恋しくて苦しくて嫌いになれなくて。
離れてしまえば忘れられたかもしれないのに、それもできなくて。
この感情を抑えながら必死で過ごしてきた。
その歳月を、てめェは簡単に覆してくれようってのか?





好きだと言われても



「サンジ、俺はその歌が、誰のなんて歌だったかなんてどうでもいい。俺が聞きてェのは…」
ほーらやっぱり、あの目は「納得してねェ」目だったろ。俺はちょっと身構えた。

「俺が聞きてェのは…つまり、それが、てめェの答えなのか?」
「なに?」
「俺の気持ちには応えられねェってことだろ、その歌」
「……」
「どうなんだ?」
「……」

俺はぐっと、おたまを握る手に力を込めた。
(ああ、そうだよ、そのとおりだ。今さら好きだと言われたって、もう遅いんだよ。だから俺が一番、素でいられる時、    つまり料理中の時に、その気持ちがつい口をついて歌っちまってたんだよ! てめェが台所に入ってきたなんて気づかずに!)
俺は心の中で、そう毒づく。

だってよ、てめェは1年間の海外研修とやらが決まったばかりじゃねェか。それって期待されてる若手ってことだろ? 俺だってバカじゃねェ。それっくらいわかる。つか、俺んとこの業界だって、見込みのあるやつほど外へ修行に出される。おんなじだろ?

で、それだけじゃなく、俺、知ってんだ。
海外研修に出されて交渉の仕方やそれに必要な語学なんかを学んできた者は、将来の海外駐在員…つまりエリートコースをほぼ約束されてるってこと。そのエリート=海外駐在員になるには既婚が条件だってこと。

海外駐在員っつってもそのままそこに居つくわけじゃねぇ。ちゃんと戻ってきて本社にまた貢献してこその海外駐在だ。そうでないなら現地採用で充分だからな。
そしてまた別の国に行って戻ってを繰り返してエリート街道を進んでいく。
つまり現地のレディとよろしくなっちまって、そこの国から離れたくねェなんてことで辞められたら会社の損失になるから既婚が条件なんだ。独身男だと、どうハメを外すかわからねェってのもある。
従兄弟の年上美人のカリファちゃんとこが海外駐在を繰り返してる夫婦だったから、俺はよく知ってる。
会社側の目的も、エリートってやつがどういうコースで出世していくかも。



「黙ってるってのは、言いづれェ答えってことか? そうだとしても、ちゃんとてめェの口から聞きてェ」
料理の手が止まった俺を見て、ゾロがそう言う。
ふつふつ沸騰している鍋の火を止めながら、俺はようやく口を開いた。
「そう…だ」
「あ?」
「そうだ、って言ったんだよ。てめェの気持ちには……応えられねェ…」

俺の口から聞きてェなんて覚悟できてるようなことを言ったくせに、ゾロはあからさまに表情を曇らせた。
(なんでてめェが、んな顔をする。今さら、今さら、んなこと言いやがって。いたたまれねェのは、こっちだ、クソ野郎っ!)
耐え切れなくなって、立ちふさがるように立っているゾロをドンッと蹴り飛ばして、俺はゾロのマンションを飛び出した。

走って走って走って、いつもは徒歩10分の距離の俺の自宅マンションに、3分で着いちまった。
近くに住んでるってのも、良し悪しだよな。これじゃギャグにしかならねぇ。エプロンつけたまま、おたま持って走って逃げ帰れる距離に家があるなんて。

バタバタとエプロンはずしてシャツも脱いで、ジーンズとボクサーパンツを一緒にずりおろして足でひょいと脱衣籠に入れて、俺はアタマからシャワーを浴びた。
シャワーを浴びながら、あーーーとか口を開けて、口ん中にシャワーのお湯を入れたりした。
だって、なんかもう、莫迦なことでもやってねェとたまんねェんだよ。
せっかく俺がアイツの告白を「俺もてめェが好きだけど、友人として、な」と、さらーっとカッコよく笑顔で流そうとしてたのに。あんなふうに、あんなふうに、俺が素でいる時に、不意打ちで聞くなよ。せっかくてめェの「定時退社日」ってやつと俺の休みが重なったから、夕飯作りに行ったのに、俺の小さな幸せを壊すなよ。

「好きだと言われてもーーーー 今では遅すぎたーーーーーッッ♪」
俺は風呂場で喉が嗄れるまで、思いっきり歌った。ここの歌詞しか知らなかったけど。



ゾロ…。せっかく将来が期待されてんだ。男に好きだなんて言ってねェで、ちゃんとてめェを支えてくれる気立てのいいレディを見つけて、結婚しろよ…。
そんで俺に、海外土産とか買ってこいよ。「3年前にシカゴから帰ってきたばかりなのに、今度はドバイ駐在の内示が出てよぉ…」とか言えよ。
んで、時々、偉いお客さんの接待かなんかで、俺のレストラン(今はまだ雇われの身だけど、必ず俺の「城」を実現させるからよ)にスペシャルディナーの予約入れろよ。

そんな未来も悪くねェだろ…?



 ◇ ◇ ◇

それからずっとゾロとは会わなかった。連絡もない。ゾロからの着信だけ、別の着信メロディにしていたのに、それがまったく鳴らなくなった。
避けられてると思うと、俺も会いづらくてずるずると会わずにいた。
一応俺が振ったほうになっちまったんだと思うとこっちから連絡するのも無神経に思えて、メールもできなかった。

こんなに会わないのは高校で知り合って以来、初めてだ。
大学も同じ大学で、ゾロは経済学部経済学科、俺は経済学部経営学科で、1〜2年生の時は殆ど授業も変わらなくて高校の延長のようにつるんでいた。
社会人になって、大手メーカーの営業マンとコックに進む道が分かれたら、さすがにしょっちゅう会うわけにはいかなかったけど、それでも10日以上会わない日なんて無かった。なんせ、歩いて10分、走って3分の距離だ。
なのに。

ゾロと会わなくなって、もう2ヶ月。ゾロがいない生活にも慣れつつある。
…いや。…ウソだ。
『慣れなくちゃ』が、『そのうち慣れるさ』になり、それから『いい加減、慣れろよ、俺!』になり…。
それでも俺は、相変わらずこの胸にぽっかり空いたがらんどうに凍えそうだ。

ゾロの莫迦野郎。てめェがあんなことを言わなければ、俺たちはあのままでいられたのに。俺は親友でいい、と決めて過ごしてきたんだから。



ゾロの出立の日は聞いていない。海外研修は夏からだと聞いていたから、あと1ヶ月くらいはこっちにいるのだろうか。
今年の土用の丑には俺のうな重食わねェんだな。いや、今年だけじゃなく、これからずっと作ってやれねェのか。うな重だけじゃねェ。シチューも、パスタも、麻婆豆腐も、鰈の煮付けも、味噌汁も…。
そう思ったら、鼻の奥がツーンとした。
やべェ…。
ガラにもなく、目の縁になにやらじんわりしたものが盛り上がってきそうで慌てて上を向いたら、ピンポーンと間抜けた音でドアチャイムがなった。

あ? もう月末だっけ?
てっきり新聞の集金だと思って、何者かを確かめずに、カチャ、とドアを開けたら、視界に緑色が飛び込んできた。
「ッ!」

約2ヶ月ぶりに見るゾロの顔。
何か鬼気迫るものがあって、怖ェ…。
「な、なんだ、どうした…」
言いながら無意識にあとずさる俺の腕をゾロの腕がガシ、と掴む。
「好きだなんて言って、てめェが気味悪がるのも無理はねェと思って、潔くあきらめようと思った。だが『あきらめなくては』と言い聞かせ、『そのうちあきらめられる』と言い聞かせ、それから『いい加減、あきらめろよ、俺!』と自分を叱咤するようになって…。それでも俺はやっぱりあきらめきれねェ。だから、てめェがあきらめろ。俺のもんになれ」
「か、か、勝手なこと言ってんじゃねェ!」

「なあ、知ってっか? 俺も最近偶然わかったんだけどな、てめェが歌ってた歌、歌詞間違ってんぜ」
「へ? んな筈ねェだろ?」
今さら好きだと言われたって遅ェんだよ、てめェはきちんとエリートコースを行けよ、って気持ちに同調させて、あんなに喉が嗄れるほど歌ったのに?

歌詞が…

「違う…って?」

「ああ、ホントはな、『やめろと言われても今では遅すぎた』って歌詞らしいぜ」
その歌詞が自分の気持ちだと言わんばかりに、ゾロはにやん、と笑う。そして、俺のシャツに手をかける…。

…この目とこの表情…。
やべェ…。
だてに8年コイツを見てきたわけじゃねェんだ。このままじゃ、確実に全裸に剥かれる。俺は慌てて制した。
「待て待て待て!」
「待たねェ」
ブチブチブチッとボタンを弾き飛ばしながら、俺のシャツを開いたゾロは、ゾクリとする掠れた声で言った。
「観念しろ。2番はな、『やめろと言われたら死んでも離さない』だ」



(了)





なんでしょう、この話。突発的に湧いてでました。ヨホホホ。
ゾロが強引ですね。でも、野性の勘で、脈有りだと気づいているのかもしれません。

サンジくんの勘違いは実は私の勘違いで、私がこの歌の歌詞を「好きだと言われても…」だと思い込んでいたんですね。最近正しい歌詞を知りました。え、この歌、ご存知ない? あららー。そういう若いお嬢さん方は、サンジくんがたまたまTVで聞きかじって間違えて覚えてしまった、という話だと思ってくださればいいかと…。

この歌知ってるよーという方やこの話楽しかったよーという方は、ひと言下さると嬉しいです(web拍手)