純情サバイバル #5
何回やったんだかわからない。ラグの上でやって、ソファでやって、ベッドルームに戻ってまたやって…。
ついには掠れた声をゼイゼイ言わせながらサンジが激昂した。
「いい加減にしやがれ! これでチャラだ、って言ってんだろ! これ以上やったら、俺のほうが払いすぎだ、このエロ魔獣っっ!!!」
始めたのは昼前だったのに、空はすっかり夕闇を濃くしている。
互いの身体も部屋の中も若い男ふたりのザーメンまみれでぐちゃぐちゃだ。
バスルームでゾロシアによれよれの身体と髪を洗ってもらいながらも「チクショー、ぜってー俺のほうが払い過ぎだ」とサンジのぶつぶつ文句はおさまらない。
それでも腰をさすりながらよろよろと帰り支度をしようとするサンジにゾロシアが声をかけた。
「帰んのか?」
「たりめーだ。これで貸し借りゼロになったんだ。つーか俺の貸しのほうが多いくれェな気がするけど。とにかくもうココにこれ以上長居する理由が無ェだろが」
「んな格好で帰ったら、襲われんぞ」
ここでの「襲われる」は「殺られる」という意味ではなくて「ヤられる」ということだ。
そこまではサンジにもわかる。
だが「ヤられる」理由が、銃弾で破けたスラックスにあるのだと思っているあたりは天然だ。
「んじゃ、なんか服、寄越せ」
そう言うサンジに、ゾロシアは、はぁ、と溜息をついた。
「なんだよ? ガラにもなく溜息なんてつきやがって」
「てめェが自覚無しの天然野郎だからだ。わかってんのか? 服を取り替えたくらいじゃ、なんも変わんねェ。今のてめェ、明らかに「事後」って雰囲気だぞ」
「どこが?」
「腰はだるそうだし、ガニ股だし。(首筋やうなじに紅い痕がいっぱいだし…ってこれは言わないでおこう。蹴られるのがオチだ) それより何より、蕩けてるような妙な色気が出てる。誘ってるとしか思われねェ」
「色気とか誘ってるとか、気色悪ィこと言うな」
「とにかく、もうひと晩泊まってけ。どうしても帰るってんなら、せめて、飯でも食ってから帰れ」
そう言えば、パーティからこっち、何も食べていない。
絶食が続いて、空腹を覚えることさえ身体が忘れているほどだ。
さっそく馴染みの料理屋に電話でデリバリーを頼み始めたゾロシアにサンジは言った。
「俺の分は少しでいい。きっと大して食べられない。料理を残すのは俺の信条に反するから、たくさん注文するなよ」
実際サンジは、リゾットを半分ほど食べただけで、もう苦しそうだった。
ずっと空っぽだった胃が食べ物を受け付けないのだ。
それでも、残してなるものか、と無理矢理リゾットを口に運ぶ。
そうまでして食べつくさねばならない「信条」とやらの詳細は、会ったばかりのゾロシアにわかる筈もない。
だが、うかつに「残せ」と言ってはいけない気がした。
殆ど拷問に遭ってるような表情でリゾットを口に運ぶサンジを見かねてゾロシアは言った。
「てめェが今朝まで病人だったのを忘れてた。もう食わなくていいから休んでいろ。あとは俺が食ってやるから、こっちへ寄越せ」
何本目かのワインの栓を抜きながら、ゾロシアが、ソイツを寄越せと顎をしゃくっている。
言われるままにリゾットの皿を渡したら、交換のように煙草を放ってきた。
「へぇ、気が利くじゃねェか、マリモのくせに」
「誰がマリモだ!」
「マリモじゃなかったら、んーー、苔?」
「ああコイツを吸うのも久しぶりだ」
とサンジは煙を胸の奥まで吸い込んで笑う。
お互い、どんな奴なのか会って話してみたいと思っていたのに、今やくだらない会話ばかりだ。
なにしろこの数日で、互いの人とナリは、もう充分感じてしまった。
今さら言葉で探る必要などないほどに、コイツはこういう奴だったのか、とわかってしまった。
そのままくだらない罵り合いの応酬をしていたらヨサクとジョニーが神妙な表情でやってきた。
「兄貴、お食事中すみません。そろそろ顔を出していただけませんか…。またあの客が来て、好き勝手してやすし」
「しょうがねぇな…。ちょっと待ってろ。これ食ったら行くから」
そそくさと料理を口に放り込んでいくゾロシアを見てサンジは思い出した。
(そう言えば、ピザを吹いた時、コイツはどこかに出かけようとしていたっけ…)
「どっか出かけんのか?」
「ああ、カジノだ」
「カジノ? てめェが?」
「客としてじゃねェ。マネージャーだ。小さいカジノを任せられてる。もう5日も顔出してねェから、そろそろ行かねェと従業員もダレるし、厄介な客も来てるらしい」
(カジノ、ね…)
サンジは、思った。
(やっぱり、コイツのファミリーは、コイツに相当期待しているらしい…)
カジノには大勢の人間が働いている。ドアマン、クローク、フロント係にフロア係に駐車係、換金係に集計室に電話交換。腕のいいディーラーは必須。スロット責任者にカード責任者、責任者の上に更に責任者、清掃斑に厨房にウェイトレスにバーテンにガードマン。イカサマ発見のために雇った元イカサマ師…。
ざっと考えただけでも、カジノの従業員には、さまざまな種類の人間が必要であるのがわかる。
しかも欲と金が毎日大量に動くカジノで働く従業員は、だんだん金銭感覚が麻痺してくる。カタギでない客も多いから、モラルの感覚もズレてくる。
カジノのマネージャーは、そんな連中を統率しながら店の秩序を保ち、評判を上げなくてはならない。客のあしらいよりも、従業員を束ねることのほうが難題なのだ。
カジノを管理することで得た経験と成果は、血の気が多くてひと癖もふた癖もあるフダツキ共の集団であるファミリーを統率するのにも、必ず役立つだろう。
(コイツにはすでに、抗争での戦闘力や判断力は充分備わっている。お次はトップに立つ者に必要な帝王学を身につけさせようってわけだ…)
そうして彼の未来には間違いなく「ドン・ゾロシア」の称号が待っているのだろう。
ということは、すなわち―――
自分が残したリゾットを食べている男を見ながら、サンジはくくくと笑った。
「何がおかしい?」
「おかしいだろ。俺たち、セックスして一緒に風呂入って一緒に飯食って…。会ったばかりなのに、長いこと同棲してたみたいにてめェは俺の残したもん食ってるし、俺はてめェの服借りて下着までてめェの買い置き借りちまって、のんびり煙草吸ってるし。だけど俺がこっから帰ったら、てめェは俺のことを敵視している組織の人間で、俺はてめェらに抗う側の人間だ」
「ああ、そうだな」
サンジはふーーっと長く煙草の煙を吐いた。もうひと晩泊まっていけ、とゾロシアは言ったが、ここらが帰る潮時だろう。
黙ったサンジの表情が長い前髪に隠れて見えなくて、もどかしくなってゾロシアは声をかけようとした。
それを制するようにサンジが言う。
「借りも返したことだし、こん次会う時は、俺がてめェのタマ取ってもおかしくねェわけだ。首を洗って待っとけよ」
サンジの瞳がキラリと光る。
ブルーの瞳の奥で、屈することを嫌う魂が、炎のように燃えている。
(ああ、この瞳だ。誰にも渡したくないと思って連れ去ったのは、この眼のせいだ…)
ゾロシアは、かつて味わったことのない熱塊が身体の奥に宿ったのを感じた。
「医者のバアさん…じゃねぇ、レディに、世話になったとよろしく伝えといてくれ」
そう言いながらいよいよゾロシアの私邸を出ようとするサンジにゾロシアは宣言した。
「てめェのタマは俺が取る。ほかの誰かにくれてやったら承知しねぇ!」と。
その宣言に、ふ、とサンジが笑って返事をした。
「その言葉、そっくりてめェに返してやらあ」
だが、ゾロシアは真面目な表情で言った。
「その前にな、てめェ、もっと歩いて、その細っこい腰を鍛えとけ。車なんか乗ってラクしてたら長生きしねぇぞ!」
「いいんですかい、兄貴? あんな言い方で」
サンジの姿が見えなくなったところで、ヨサクとジョニーが言った。
このふたりはどうやら、短い期間に生まれたゾロシアとサンジの奇妙な絆に気づいたらしい。
サンジを消す計画が本格的に進行していることを、ちゃんと教えてやったほうが良かったんじゃないかと、言っているのだ。
「いいさ。あれで、わからなかったら、それだけの男だったということだ」
『車なんか乗ってラクしてたら長生きしねぇぞ』
それはゾロシアなりの警告だった。車は危険だから気をつけろ、という警告。
マフィアの暗殺の仕方は、だいたいが車ごと吹っ飛ばす殺し方なのだ。
エンジンを掛けたとたんに爆発炎上して、車ごと木っ端みじんになった連中は数えきれない。
(言葉に含まれた真意にアイツが気づけないなら、それだけの男だったということだ。それに…)
「それに、これが警告だと気づいてたら、あいつは絶対借りを返しに来る。命を救われた借りを作ったままじゃ、我慢ならない性格してっからな」
何度も貸しを作ってやる。そうして何度でも借りを返しに来い。てめェが俺に貸しを作るんでもいい。俺も借りを作ったままじゃ我慢ならねぇから、すぐさま借りを返しに行ってやる。
(長い付き合いになりそうだ…)
ゾロシアは、そう思って笑った。
(了)
33333打を踏んでくださった、あっしゅ☆りんくす様からのリク小説です。
リク内容は「命を取り合い、な世界の中でお互いを独占したい思いをぶつけ合うマフィアなゾロサン」でした。
リクエストを受けて、まだ「ドン」を襲名する前の若造時代の「出会い編」を捏造してみましたが、独占したい思いを『ぶつけ合う』というよりゾロが一方的にぶつけている話になってしまいました。
あっしゅさんリクをこなしきれなくてごめんなさいー。
ところで呼び名ですが、ゾロは「ドン」襲名の資格のある土地っ子で、サンジは土地っ子でないという設定を強調したかったので、「ゾロシア」と「サンジ」にしてあります。
拙宅初のマフィアロサン、いかがでしたでしょうか? ご感想お待ちしております→(web拍手)
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