しぶとい命


「コックはコックらしい格好をしてろ!」
そんな言葉で誤魔化しながら本当のところは、この格好のコックを一度見てみてぇという極めて自己都合的なゾロからの誕生日プレゼント。
包みをほどくサンジの横で
「なんだこりゃ? ゾロ、ウェディングドレス贈ったのか?」
と評した船長がゾロに刀の切っ先を向けられる原因となったそれは、ロングスカートのような長い前垂れのついた真っ白いコックコート。

「懐かしいっつーか、今さらこっぱずかしいな、こりゃ…」
照れくさそうにそのコックコートに身を包んで現れたサンジは、ゾロの想像以上に似合ってつい見惚れるほどで、威厳すら感じられた。
(いつもの黒いスーツもいいが、白はあいつの蒼い目を際立たせるな)
思った以上の収穫と発見だった。

だがサンジの身を包んだその白い生地は、わずか半日で紅く染まった。
鮮血で染まったコックコートは船医の手ではだけられ、白い包帯が巻かれていく。

それが3日前の出来事で、
「峠は越したから大丈夫。頑丈なサンジのことだからすぐによくなるよ」
と船医がようやく笑顔を見せたのが半時前。
それを聞いたゾロの心に、安堵とともに怒りのようなものがこみ上げる。
あのアヒル頭にひと言言ってやらないと気が済まねェと、病室と化した女部屋に入ったが。

傷つき横たわり、荒い息を繰り返す白い喉に欲情した。
固く目を閉じて乱れた金糸を張り付かせた容貌に欲情した。
巻かれた包帯のせいで、かえってくっきりと身体の線が浮かび上がった姿に欲情した。

いまだ眠ったままのサンジの傍らで、ゾロのアタマにあることは、ひとつ。
(やりてェ…)
隆起する包帯だらけの胸を見ながらゾロはそう思った。
我ながらケダモノだとは思う。
怪我人をチラ見して、そいつとやってるとこ妄想してるなんて相当末期だ、とも思う。
だが、性欲は理性とは対極にあるもので、理性がいくらそう思っても、妄想と劣情は膨らむばかり。

(やべー、勃って来た…)
そう思った瞬間、眠っているとばかり思っていた男から、小声なのに相当にドスが効いた低い声が飛んできた。
「てめェ、今、アタマん中で、俺のこと、犯しただろ?」

図星過ぎてゾロは言葉を失った。
横たわっているコイツが、張り詰めた俺の股間なんて見えるわけがない。
なのになんでコイツにわかったんだろう、と呆然としていると
「ばーか、お見通しなんだよ、そんくらい。この変態マリモ!」
と冷たい罵詈が飛んできた。
それでつい「俺は悪くない」と言ってしまった。
案の定そのセリフに、相手がピキッと切れたのがわかる。
「どういう意味だ? 俺が悪いって言うのかよ?」
「そんなふうに、今なら抵抗できませんって格好で寝てやがったら、犯されたって仕方ねェ」
「ああっ!? んじゃ、てめェは、けが人になら誰にでも欲情すんのかよ!」
(コイツ、全然わかってねーな…。格好が欲情させるんじゃねーんだよ。ほかならぬオマエがそういう状態で転がってることが、ヤバイんだろうが…)

このクソコックは自分の容姿が人目を引くことは自覚している。
軽い色仕掛けで相手を油断させるなんてことをやってみせることもたまにはある。
ほかに手段が無ければ、だがな。
だがその割にはコイツは、相手のどす黒い感情を本当に刺激するのは、自分の無自覚な色気や仕草だってことは、ちっとも気づいちゃいねェ。
見た目とは裏腹の剛毅な性格が、余計に男の征服欲を昂ぶらせるってことにも、まったく気づいちゃいねェ。
この容姿で傷ついた姿をさらすことがどんなに危険か、ひとっかけらも気づいちゃいねェ。

血の滲む包帯に巻かれた身体を睨みながら
「ホントおめェは自分のこと、わかってねェな」
と言うと
「てめェの言いたいことは、わかってるよ。俺が無防備すぎるって言いたいんだろ」
と返ってきた。

なんだ、わかってるのか。
そうかもしれない。
他人の心の機微や行動に、人一倍敏感なやつだ。
女が絡むと、とことん夢見がちになる奴だが、その実、他人の状況と仕組みがどうなっているのか、人一倍無駄のない結論をくだすやつだ。
だが。
「いや、てめェはちっともわかってねぇ」
ゾロはそう言ってサンジの両頬を両手で包んだ。

何だよ? と驚くサンジにゾロは苦しそうに言う。
「そんな無抵抗な姿になるな。
 男の残忍な征服欲をかりたてるような傷を負うな。
 その白い肌に傷も痣もつけるな。
 もっと、めくらになれ。もっと耳を塞いでおけ。
 仲間が無事に闘っているか見ようとするな。
 どこかで仲間の悲鳴が聞こえるんじゃないかと耳をそばだてるな。
 周りがどうなろうと、もっと鈍感でいろ。
 自分のことだけを考えろ。自分が生き抜くことだけを考えろ。
 それが出来ないなら、目も耳も塞いでいろ」

「ゾロ、何を言っている? 俺とやりてぇって話じゃねェのか?」
「ああ、てめェが生きているとほっとしたら、やりてぇと思った。だが、それまでは、てめェが失われるんじゃないかと不安でこっちが生きた心地がしなかった」
人の命は脆い。
この船の誰よりもゾロはそれを感じている。
麦わら海賊団のメンバーで「死んでねぇだろうな?」「あいつら生きてるか?」と一番頻繁に口にしているのはゾロだった。

「死」という太刀打ちできない敵に自分の大事な人が取られる恐怖は、ほとんどゾロのトラウマでもある。
それがあるからこそ、強くありたいという思いも強烈だ。

「てめぇは危なっかしいんだよ!」
一瞬で失われた親友の命がゾロの心をしめつけ、苦渋の表情で説教するゾロをサンジは黙って見つめていた。
やがて、サンジは、シュッとマッチの火薬をこすって火をつけた。
「要するにてめェは、命ってのは一瞬でかき消えるもんだと言うわけだ。このマッチの火のように、こんなふうに…」
そう言ってサンジは、ふ、とその火を吹き消す。
闇がゾロを取り囲む。
消えた火が、命とたぶって、ゾロは思わずサンジを抱きしめた。
「そうだ、人の命は、あまりにもあっけない。俺は、よく知っている。だから…。無茶ばっかすんじゃねェ」

「なあゾロ。俺もよく知ってるぞ。人の命は、かなりしぶといってことをな。
一緒に海上生活をしてきたコック仲間や友人や、小鳥のようなキスを交わしたリトルレディまでもが、みんないっぺんに海の藻屑と消えたのに、一番最初に海に投げ出されたガキだけが生き残っちまったり。
自分の身体の一部を喰らいながら生き続けちまうじじぃとか。
そんなじじぃのすべてを奪っておきながら、それでもまだ、この世にしがみついて、成仏する気なんざ、さらさらねぇ命とか、あんだぜ。
命はな、てめェが考えてるほどヤワじゃねぇよ」

そう言ってサンジはふわりと笑った。
そこには自嘲も自責もなく、彼の芯にある、しぶとくてしなやかでタフな命を感じさせるような穏やかな表情。

(ああ、そうだ。こいつはこういう奴だった)
ミホークの一撃に倒れて魚の形のレストランでの戦いから離脱していた俺が、コイツの闘う姿を始めて見たのはアーロンパークだった。
水面下での戦いの様子は一向にわからなくて、魚人に有利な水中で闘うコイツの無事を、魔獣と呼ばれたこの俺が、心の隅で願っちまったりしたあとで、思い知らされた。
むざむざ殺られるような奴じゃあなかったと。
ドラム島でも空島でも、コイツときたら、瀕死の重症を負っておきながらちゃっかり生還して、なんでもなかったことのように、まるで食後の一服のように煙草をうまそうに吸いやがった。
今だって、仲間をかばったコイツが甲板に打ち付けられる光景に、心を凍りつかせたのは自分で、コイツはこんなに綺麗な笑顔をよこしてきやがる。
「安心しろ。てめェを置いていかねェよ。こんな迷子、ほっとけるか」

なるほど信じてもいいかもしんねぇ。命は、俺が思ってるほどヤワじゃねぇ、と。



「てめェがくれたコックコート、汚しちまったな。でも血糊がついてるくらいが、闘うコックさんらしくて、お似合いだろ」
「コック…」
「あ?」
「これからずっと…まずはたった今から、俺にたっぷり感じさせてみろよ。てめェの命のしぶとさと、その熱さを…」



(了)



サン誕06企画『OISK』様への捧げ小説。テーマは「制服」だったので、コックコートを小道具にしました。
ゾロってサンジのコックコート姿を見てないですよね? 麦わらのほかのメンバーもみんな見てないんだっけ?
しかし、またサンジの血が流れてしまいました。。。誕生日だってのに。。。
みんな、サンジに献血してあげて! サンジって血液型、何型かしら? A型かな?

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(追記:2010.05)
サンジの血液型が公表されましたねーーー。そうか珍しいのか。あんまり流血させちゃいけませんね。
と言いつつ流血サンジスキーとしては珍しい血液型ってオイシイ設定だなーなどと思っております(鬼)