サンジという人


「あ…?」
思わず口をついて出た疑問形の言葉と、一瞬止まった口元。
それを見ながら、ナミはここぞとばかりに切り出した。
「やっぱり、違うと思う?」
「ん…」
「ね?」
「う、ん…」
「ね!」

繰り返された「ね」と、してやったりという顔で微笑んだナミを見て、サンジは理解した。
なぜナミが自分をここへ連れてきたのかを。





「回転寿司」という形態はとっていたが、ここは評判の店だった。
安くて美味い。
安いなりのネタを供給するための「回転寿司」ではなく、美味しい寿司を合理的に提供するために敢えて「回転寿司」という形態を取ったのだとわかる。

元来の寿司屋にある「板前と客とのやりとり」は確かに無くなった。
だが、代わりに鮮度の良い美味いネタが安価で食べられるようになった。
なにより「時価」というファジーな会計がないのが、若い家族が多いこの街にマッチした。
どの皿も一律同じ金額。やや高価なネタは2貫でなく1貫にすることで同金額を維持。
そんな実に明瞭な会計で、評判は上々。

サンジもこの店には悪くない評価をつけている。
まず、人気が上がっても定番メニューの質が落ちずにいるのが良い。
さらに、旬に合わせて出てくる期間限定メニューがなかなか良い。
昨夏シマアジが登場した時など「どちらかというと通好みのネタを「回転寿司」でこの値段で出してしまう心意気がいい! たとえ養殖ものであろうとも!」と妙な感動をした。

そんなわけで、2〜3ヶ月毎に足を運んでいたのだが、今回は少し間が空いた。
クリスマスに始まって、忘年会に新年会、バレンタインデーにホワイトデー、合格に卒業に送別会…と冬はイベント続きで自分の店だけでいっぱいいっぱいだったのだ。
年度と年度の谷間でようやく、ふっとひと息。

そこへ待ちかねたようにナミからの誘いがあって、連れてこられたのが、この寿司屋だ。
本日のデートコースは春色にデコレートされたファッションモールから始まった。
朝食が遅かったナミの要望でランチを飛ばして、ティータイムに軽食。
せめてディナーはゆっくりと落ち着いたレストランで…とサンジは思っていたのだが、家族連れがいっぱいの寿司屋とは…。
ううーーん、まぁ、俺はナミさんと一緒ならどこでもパラダイスだけどさぁ…

それでも、昨秋以来の寿司屋だ。
順番を待つうちに楽しみになってきた。



うん、やはりこの値段でこのネタはすげぇな。
でも、こっちのもみじおろしは多すぎだな。

つい料理人として分析してしまうのを、ナミはにこにこしながら見ている。
それを見るサンジはもっとにこにこしてしまう。

やっぱ、ナミさんと一緒なら、寿司屋もパラダイスだぜ!!



…が、パラダイスは長くは続かなかった。
いくつかのネタとナミの笑顔を楽しんでいたサンジの隣で、流れる皿のひとつをナミが取る。
それをすっとサンジの前に置く。

「食べてみてv」
にっこり笑ってナミが言う。
差し出された皿にはウニの軍艦。
ここのウニは身が崩れてなくて甘味があって評判が高い。
それはサンジもナミも知っている。
今さらそれを差し出すとは、なんだろう? ウニの味が落ちたとでも言うのだろうか?
神妙な気持ちでサンジは軍艦のひとつをつまみ、ほんの少しムラサキをつけて、口に放り込んだ。

とたん、冒頭の「あ…?」である。
「やっぱり違うと思う?」
サンジの様子を見て、ナミが即座に聞いてくる。
「ん…」
「ね?」
「う、ん…」
「ね!」



ウニは問題なかった。身がダレてないのに滑らかで甘味がある。
「違う」と思ったのは、海苔(のり)だ。
少しガサガサする。パリパリ感も少々わざとらしい。じんわりと広がる磯の香りが無くて味が単調だ。
以前はこんな海苔じゃなかった。

サンジは、勝ち誇ったように「ね!」というナミを見た。
ナミは決して「私は味の違いがわかる女よ!」なんて自慢をする女ではない。
そんなことはサンジがよーく知っている。
つまり。
この「してやったり」な笑顔は…。

「ね、サンジ君」
「はい…」

本題に入る前から、しゅんとうなだれたサンジを見て、ナミは保母さんのような気持ちになった。
叱られる理由を悟っている子供には、強く言ってはいけない。優しく優しく、聖母のように…。

「ね、サンジ君、お客さんは結構シビアよね?
メインの食材の質を落としたら、少しの差でも、お客さんはすぐに気づくわよね?
でも、どこかで努力しないと、この不況のご時世、生き残れないの。
サンジ君が取り寄せてる岩塩。同じ岩塩でも、もうちょっとお手ごろなものがあるでしょう?」
「でもナミさん、あれが一番含有成分のバランスと味のバランスが取れてるんだよ…」

「イタリアのなんとかってトマトも輸送賃がどれだけかかってるか知ってる?」
「サンマルツァーノ? だって他のトマトじゃ水っぽくてコクが出ないんだ」

「だしにこだわるのはわかるけど、あごだしの最高級って、サンジ君とこ、フレンチでしょう?」
「フレンチだろうが日本料理だろうが、ベースがしっかりしたものには料理のジャンルは関係ないから…」

「せめてアーティチョークはセロリにしなさいよ!」
「全然違うよ、ナミさん!」



うなだれた姿にほだされた私がバカだった。
優しく、なんて思った私がバカだった。
目の前にいるのは、そりゃもう頑固一徹の料理人。
ひとつとしてナミの言葉に従わない。
これが普段ナミに逆らうことのない男と同じ人物だろうか。

「採算取れなくなったら、閉店よ! そうしたら料理だって好きなように出来なくなるのよ!」
最後通牒のようにそう言ってやれば、サンジはヘニャンと眉を下げた。
それでも既存のメニューの質をこっそり下げるなんて出来ない、と言う。
新メニューならいいのね?
そう尋ねれば、「うん」とうなづいた。

取り寄せた岩塩の代わりに瀬戸内の塩で。
サンマルツァーノでなくロマーノのトマトで。
あごだしでなくカツオと炒り子で。
アーティチョークの代わりは無いから、せめてクレソンのところをパセリで。
最初からその食材の料理に納得したお客様に、それなりのお手ごろ価格で出すのなら、いいのだ。
途中で裏切るのがいやなのだ。



あぁ、もう、この男ったら…。

ナミはふぅと息を吐いた。
彼の料理に対する頑固さのすべては、食する相手に対する誠実さで、だから誰もかれも、この男に餌付けされるんだわ、とナミは思う。
たとえ食事を提供されても、そこに不誠実なものが混じっていれば、誰も餌付けされたりしない。動物的な勘が働く者ほど、それは顕著だろう。

ナミは自分も例外でないことを思い出して、観念したように微笑んだ。



(了)

「心優しき料理人」へ愛を込めて…。  
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(2009.03サン誕)