体温
俺を見止めたとき、奴が一瞬見せた、あからさまな安堵の表情。
次の瞬間には奴の顔は、『筋肉バカはひたいまで筋肉かよ』と思うほど、ごつい縦線を眉間に走らせた、いつもの凶悪な顔に変わってやがった。
だが、垣間見せたあの安堵の表情は、幻じゃぁねェよな。
なんだあのほっとしたような表情。ムカつく…。
「おいおい、俺がそう簡単にやられるタマだと思ってんのかよ、ゴラァ!」
そうスゴんだら。
「そうじゃねェよ」
「そうじゃねェ? じゃあ何か? そんなに俺の無事が嬉しいってか?」
口の端でにやりと笑ってやったら、串団子で鍛え上げられたぶっとい腕が、さっと首に伸びてきた。首根っこをつかまれて、ぐいと引き寄せられる。
「は? ばかっ! (よせっ…!!)」
『よせ』の言葉は、奴の口に吸い込まれた。
奴の反対の腕が俺の腰にぐいと回されて、身体が密着する。
とたんに奴の体臭が俺の鼻腔をくすぐった。
闘ってきたばかりで、闘争本能を剥き出しにした身体がまとう、雄のにおい。
「何、てめぇ、サカってんだよ…」
雄のにおいと、むさぼるような口づけにくらみそうになりながらも、奴を落ち着かせるためになんとか理性を保って、そう言ったのに、奴は言いやがった。
「てめぇだって、ギラギラしてんぞ」
(ああ、そうか、俺もギラギラしてるか。俺も、雄の闘争本能と征服本能を剥き出しにしたまま帰ってきたか)
くすりと笑ったら、その口の端をべろりと舐められた。
そのまま歯列をこじ開けて口内に侵入しようとする奴の舌を、ちろりと掠めるように舐めてやりながら聞いた。
「俺を喰いたいか?」
「ああ」
「まだ闘いは終わっちゃいねぇぞ。朝日が昇ったら再開だ。それまで少しでも休んでおくのが得策ってもんだと思うがな」
「知るか」
「まあ、そんな返事だろうってのは、おおかた予想はついてたがよ」
「てめぇだって、やる気だろうが」
まあ、そういうことだ。
なにしろ俺たちは、凶悪なツラでにらみ合っちゃいるが、互いの股間はもっと凶悪なことになってるからな。
常に死と隣り合わせにいるから、生きている証を確かめたいのかもしれない。
抱き合うことで、自分の身体がまだそこに在ると、実感したいのかもしれない。
俺たちが相手の生存を見止めて安堵するのは、自分が生きているかどうかを確認できる対象を失わずにすんだという安堵であって、相手の命のことなんかホントはこれっぽっちも考えてないのだと、心理学者とやらは利口げに言うかもしれない。
それでも。
俺たちは互いの服をむしりながら、言うだろう。
「「隠すことなく見せてみろよ。てめぇが生きてるかどうかを」」
(了)
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(2005.10)