嫁盗騒動 #2


「えーっと…その…」
言われた本人は、面くらったまま、もごもごと唸っている。
それがなんだかしゃくにさわった。
(何やってんだバカコック! いつもみてぇに、気色ワリィこと言ってんじゃねぇっっと、さっさと蹴り散らせ!)
そう思う。
だが当事者のコックは、えーっと…その…、を繰り返しているのだ。
よく見りゃ、3兄弟の向こう側で、おばちゃんまで拝むようにコックの手を取っている。
ナルホド、おばちゃんだって、あのアホコックにとっては立派なレディ。蹴れねぇわけだ…って、納得してる場合じゃねぇ。
3兄弟はまた繰り返している。
「俺の嫁に」「俺の嫁に」「俺の嫁に」「俺の」「俺の」「俺の」……
「えーっと、その…3人いっぺんに言われても…」

(そうじゃねぇだろ、アホマユゲ!! そういう問題じゃねーだろ!)
心の中で、そうツッコミ入れかけたゾロに信じられない言葉が聞こえてきた。
「誰かに決められないなら、選ぶのはあとでもいい。みんなで大事にするから。とにかく、この家に嫁に来てくれ」

はああああ???
大事にするってのは、「優しくして」「ああ、痛くしないよ」って、そういうことか?
それを、みんなで? 
ってことは、今晩は長男、明晩は次男、明後日の晩は三男の順番制か?
それとも何か? 3兄弟同時に? 
……。
ぎゃあーーーーーーー!!!!



3兄弟はとにかくこの「家」で、お嫁さんでもお義姉さんでも義妹でもいいから働き者で気立てのいいこが漁から帰った自分たちを待っていてくれたらどんなにいいだろう、と、そんな気持ちだったのだが、剣士の思考はアッチのほうへばかり流れていく。
(冗談じゃねぇ。てめぇら、そいつを誰のもんだと思ってやがる!)
ガタンとバカデカイ音を立てて、ゾロは立ち上がった。
ゆらりと禍々しい気を立ち昇らせながらゾロは吼えた。
「そいつあぁ、俺んだ!!!!!」

「は?」
3兄弟だけでなく、居合わせた全員が、カチコン、と固まった。

だが、ゾロはそんな状況を気にするでもなく、そのままグググと睨みつける。
キンキラ頭を取り返すべく、土足のままズイ、とサンジに近寄った。
そのとたん、固まっていた3兄弟の長男が、サンジをかばうようにさっとゾロの前に立ちはだかり…
「いいかげんなことを言うな!」
「いいかげんじゃねぇ。そいつぁ、俺んだ」
「そ、そんな雰囲気、あんたらには全然無かったじゃないか! あんたは寝てばかりで、働きづめのサンジさんを手伝うわけでも気遣うわけでもなかったじゃないか!」
「そりゃ、コックが好きでやってんだし」

そのゾロの返事がどうやら、とても突き放した冷たい言い方に聞こえたようだ。相手を思いやる心を持たない冷酷非道な人間に思われたらしい。
3兄弟はものすごい目つきでゾロを睨み、長男が非難するような口調で言ってきた。
「たいそうな言い方だな。けど自分のものだと思ってるのは、あんただけなんだろ?」
「え?」
(そういやきちんと聞いたことねぇな…アイツがどう思ってるかなんて。もしかするとこの関係に何か不満があるかもしれないなんて、考えてみたことも無ェ)
心臓のあたりをわずかにえぐられたような小さなショックを感じて、むうとゾロは眉間の皺を深くする。

反論してこないゾロに自信を得た3兄弟が口々に追い討ちをかける。
「そもそも一緒にいるところを見たことない」
「しかもサンジさんはアンタのこと避けてるじゃないか!」

あー、それは青姦に及ぼうとしてだな、それ以来
「来んな。寄んな。こんなどこもかしこも筒抜けみたいなところで、サカルんじゃねェ。節操無しの発情期野郎!」とアイツが逃げっからだ…とは、さすがに言えない。
うーうーと唸るゾロにさらに衝撃的な言葉が投げかけられた。
「本当は、無理矢理、船に乗せたんじゃないか?」
「ああ? なんだそりゃあ?」
思わずゾロは聞いてしまった。

「おまえたちが海賊だっていうのはとっくにわかってたんだぞ!(本当はつい2日前に、サンジが船に食糧を積むのを手伝ってやった時に、たたまれたジョリーロジャーを見てしまったからだが)」
「それで?」
「で、この人をどっかから攫ってきて、料理やら洗濯やら…ほかにその…いろんなことに・・・こき使ってんだろ!」
(はあ? どうしたら、そう思えるんだ?)
だが、飛躍しているようで、そうでもない。
ゾロはサンジを自分のものだと主張しているが、サンジはゾロを避けている…という今のゾロとのやりとりの流れからすると、サンジは好きでこの船に乗っているのではない、という結論に行き着くのもあながち突拍子もないことでもない。

それにしても…。
口を揃えて、サンジは無理矢理海賊船に乗せられたかわいそうな人で、俺たちが海賊を追っ払ってやるから安心してここで暮らせ、という主張を始めた3兄弟を、ゾロだけでなく麦わらクルー全員が呆気に取られて見つめた。

だって、おまえら、見てなかったのか? このコックが「つまみ食いすんじゃねぇ、このクソゴム! 脳みそまで伸びきってんのか!」とか「いつまで寝てんだ、マリモ! てめぇが役立たずなことは今更どうしようもねぇ。だが、せめて、レディ(おばちゃんのことである)の手をわずらわせるな!」とか言いながら、凶暴な蹴りを炸裂させてるところを。

何をどうすれば、サンジがいやいやメリーに乗っていて、この仲間から逃げ出したいのに耐え忍んでいるような、守ってあげなくちゃならないような人物に見えるんだ?

ぶはははは、とついに耐えかねたように長っ鼻が笑い出した。
それを合図に全員が笑い出す。
「ぎゃははは、サンジが攫(さら)われてきたお姫さまだってよー」
「ゾロ、アンタ、人攫いだったのね、どっちにしろやっぱり極悪人なのねー」
「うるせぇ、それならてめぇもだ。攫われてきたのは、てめぇじゃなくて、このマユゲだけだと思われてんだからな!」
「え、じゃぁ、俺も極悪人に見えるのか? ドクトリーヌ、俺、極悪人の仲間になっちゃったらしいよ!」
「うふふ、いいじゃないの、おもしろいわ。この船ってホント飽きないわね」
「サンジは俺の船のコックだ。やらねぇぞ! つか、肉だ、肉肉。サンジ、肉ー! ここんとこ魚ばっかで俺はもう顔が魚になってきたぞー!」
「なるか、バカゴム!」



 ◇ ◇ ◇

「失礼しちゃうわよねぇ。こんな美女がふたりもいるのに、サンジくんにプロポーズって、何よアレ」
島影が遠く離れたところでナミがつぶやいた。
むくれたナミの顔を見ながら、ロビンが後部甲板に目を走らせる。
後部甲板でもむくれた顔の男がひとり。
「コックさんは取られずにすんだのに、気に入らないって顔してるわね」
近づいてそう言ってみたら、剣士が、ギロリとロビンを睨む。
結局あの騒動のカタをつけたのは、ルフィの「サンジは俺の船のコックだ。やらねぇぞ!」という言葉だった。 
それがどうしても気に入らないゾロだった。
むかむかむか…。
あの騒動のなか、告白めいた大事な言葉を叫んだつもりだったのに、それはなんの役にも立たず全部無駄になったのだ。
なんだか言って損したような気さえする。

「ナミさんロビンちゃん、オマケども! 夕ご飯ですよー!!」
ラウンジの外壁に寄りかかっていつの間にか寝てしまったゾロの耳に、いつもの号令が届く。
(ああ、飯か…)
でも、むかむかしたまま眠ってしまって眠りが浅かったのか、どうもすっきり目が開かない。
ふわふわ半覚醒のままでいると、ラウンジの扉が開く音がする。
そして、つかつかつか、といつもの足音が後部甲板へ回ってくるのがわかった。

「くぉら、起きやがれ、この万年寝太郎!」
ふ、と風が切られる気配がして、あ、蹴られる、と身構えたのに、衝撃はやってこなかった。
あれ?といぶかしむと、足を下ろした音がして、煙草の香りが近づいてくる。
次の瞬間、ふに、と柔かい感触が唇に落とされた。

(今、キス、された、の、か?)
こんなことしやがって、今すぐ目覚めて押し倒してやると思うのに、どうしても目が開かないゾロの頭をさわさわなでながらがサンジが言う。
「バカ剣士。俺がいつからてめぇのものになったって? 何言ってくれちゃってんだ、バカマリモ」
サンジはバーカバーカと繰り返していたが、なんだかその声は嬉しそうで、おまけに「俺、てめぇに攫われちゃったんだってさー」と笑いながら、ぱふんと頭をゾロの肩口にのっけてきた。
どうやら全部が無駄になったようではないらしい。
鼻先で揺れる金糸がくすぐったいと思いながら、ゾロはむかむかした気持ちがすぅっと消えていくのを感じていた。



(了)


たまにはこんなアホ甘もあり?
これ、書いててすっごく楽しかったです。読んだ方も楽しい〜と思ってくださるといいなぁ。
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