ILLUST by 春乃ハナコ様 / TEXT by 恋川珠珠






じわじわと



キスなんてさせんな、と言われたのは、宴会の席だった。
食べて歌って馬鹿騒ぎをしている年少組の横で、喧嘩だけが接点だった剣士が、睨むようにしてサンジにそう言った。
馬鹿騒ぎの合間に、ルフィが戯れでサンジにキスをしたのが気に食わなかったらしい。

ルフィは「サンジ、肉ーーーっ!」と言いながらサンジに飛びついて、ついでにサンジの唇をべろーんと舐めた。
「俺は肉じゃねェ!!」
もちろんサンジは、すかさず踵落としを決めて、ぺっぺっとツバを吐いた。
だがテンションが上がっている周りは、面白がってやんやの喝采だ。
「よーし、俺も!」などと鼻やトナカイまでもが、むちゅーーと唇を突き出してサンジに迫る。
軽く蹴り落としながらも、サンジだってこれが「おふざけ」だとわかっているから、雰囲気に乗ってやる。

ひとしきり騒いで笑ったあと、そろそろ宴会も終盤だと感じたサンジは、デザートの赤すぐりのシャーベットを取りにラウンジへ向かった。
と、階段の下、月の光が届かない薄暗がりで腕を、ぐ、と引く者がある。
振り向くと、ゾロが眼光鋭くサンジを睨んでいる。

「キスなんてさせんな。てめェ、隙がありすぎなんだよ」
「んだとコラァッ! 隙がある? フザケたこと言ってんじゃねェ。いいか、今は楽し〜い宴会だ。こんなの戯れだ。隙があってキスされたんじゃねェ。キスされてやったんだよ。せっかくの宴会の雰囲気に水差さねェようにという俺様の配慮だろうが!」
「戯れでもキスさせんな」
「なんのつもりで、俺に意見しやがんだ、てめェ」
「それは俺が……、てめェに惚れてるからだ」
草色の後頭部を、かり、と掻くようにして、ゾロはぼそっとそう言った。



「は?」

何言ってくれちゃってんの、この腹巻君は?
目の前でキスなんてもんを見ちゃって、この唐変木には刺激が強すぎたんだろうか?
頭がちょっと沸いちゃったに違いない。うん、きっとそうだ。

実にサンジは、可哀想な子を見る目つきでゾロを見て言った。
「あー、なんだ、てめェ、場の空気に中てられちゃったわけね」
「俺は本気だ。前からてめェが…」
「アホ抜かすな。ざるだと思ってたが酔うこともあるんだな」
ゾロの言葉を全部言わせずに、サンジが口を挟み、ひらひら手を振って追い払おうとする。
「俺ァ酔ってねェ!」
「酔ってる奴ほど、そう言うんだ。ママのミルク飲んで寝ろ、酔っ払い」

それでゾロは、翌日、しっかり酒が抜けた頃に、再びサンジの元にやってきて同じことを告げた。
「今は酔ってねェぞ」と念押しする。
だが、やはりサンジはゾロの言葉を信じようとしなかった。

小さなキャラベルに閉じ込められた航海だ。
溜まった熱を勘違いすることなんて、よくあることだ    .

「てめェのそれは、熱病みたいなもんだ。船上でだけ発症して、陸に上がって麗しいレディに慰めてもらえば治る、そんな病だ。じきにそんな世迷言も言わなくなるさ」
そう言って、ゾロの言葉を本気で取り合おうとしなかった。



半月ほど船上でそんなやり取りを繰り返したのち、羊船は島についた。
陸での部屋割りは、ゾロと同室だった。
サンジは溜息をついた。
ゾロと同室なんて息苦しい。熱のこもったあんな目で見つめられると居心地が悪い。さっさとお姉さまのところへ行って、悪い夢を覚ましてもらえばいいのに…。

    だが実際は…
買出しもひと通り終えて、荷物持ちもやれやれ終わりか、とばかりにゾロが、胸も尻もたわわに実った美女を伴って宿へと消えるのを見ると、どこか落胆した自分がいた。

『なんだ、やっぱり熱病だったのか…』
ほっとすると同時にこみ上げてくるのは、なんとも言えない侘しさ。

『あーあ、俺も中てられてたわけね、あのクソ剣士のまやかしの恋に…』



なんだか何もする気がなくなった。
自分も楽しみにしていた筈の「お姉さまとの一夜の恋」もする気がしない。
サンジはひとり宿へ戻って、ベッドにどさりと身を投げ出した。



いつの間にか眠ってしまったらしい。ゾロの気配がして、ビシャビシャと水音がする。
シャワーか?とまどろむ頭で考えて、それからここが安宿だったことを思い出した。
部屋には洗面台とトイレしか備え付けられてなくて、シャワーは1階の共同シャワーだ。
となると…
『何やってんだアイツ?』

瞼をこじ開けてみると、ゾロが洗面台に頭を突っ込むようにして、首筋を洗っている。
この紅、しつけェ…とつぶやくのが聞こえて、サンジはなんとなく理解した。
別れ際にレディに、ぶちゅ、とやられたのだ。真っ赤な口紅のあとをくっきり、首筋に残されたに違いない。

『俺だったら、いつまでも残しとくのになぁ…。もったいねぇ…』

ベッドに横たわったまま、ぽやんと見ていると、サンジの覚醒に気づいたゾロが顔を上げた。
顔から雫が滴り落ち、シャツを脱いだ裸の上半身に伝っていく。
鍛え上げられた胸筋を滑り、斜めに大きく走る袈裟懸けの傷を乗り越えて、雫がつい、とゾロの下腹部へ流れて、ボトムの膨らみの奥へ吸い込まれた。
それを目で追っていたサンジの身体が、思わず、かぁっと熱くなる。
自分の身体の反応に戸惑って、誤魔化すようにサンジは口を開いた。

「お姉さまとお楽しみだったみてェだな。やっぱ、レディはいいだろ! 柔かくって良い匂いがして、中は熱く蕩けてて…」
「良くねェよ」
「良くねェだと? 何失礼なこと言ってやがる!」

がばっと身体を起こそうとしたが、それより早く、ゾロがベッドの上のサンジの太腿に馬乗りになった。
「女とやったら、この熱が冷めるって、てめェ言ったよな? 冗談じゃねェ。女とやってても、全然てめェが消えねェよ。」

サンジを見下ろして、更にゾロは言い募る。
「わざわざてめェとは似ても似つかねェ女にしたんだ。なのに焦げ茶の巻き髪は頭ん中で金色になる。ゆさゆさ揺れるでっけぇ乳と、ガキを何人でも産めそうな豊満なケツを見ながら、薄っぺらい胸とちっこいケツを思い出す。これのどこが、船上だけの熱病だ? これは熱病じゃねぇ。酒でイカレてもいねェ。世迷言でもねェ。マジだ。てめェが女を抱いてみろと言うから抱いてはみたが、余計にはっきりした。俺はてめェとやりてェ」
「っ…!!」
欲情を隠さない言い方をされて、サンジが上半身を跳ね起こした。
下肢に乗っている剣士の身体を押しのけようとするが、びくともしない。逆にゾロが、サンジの腕を、がし、と掴む。

「女じゃなくて、てめェの隅々を舐め回してェ。まずは身体の一番はじっこの、足の指を、こんなふうに舌で…」

言いながらゾロは、掴んだサンジの腕を引き寄せ、手の指を口に含む。
口の中で何回かスライドさせ、指の脇を濡れた舌で辿ってから、舌先を尖らせて指先を舐める。
そのとたん、舐められているのは指先なのに、足の爪先を舌で舐められたような錯覚を覚えて、サンジは、くっと足の指を折り込んだ。
引こうとした手を更に強く握られて、指の股へと舌が入り込む。爪先同様、足指の股にくすぐったいような感覚が走る。

「それから足の甲…」

ゾロはそう言って、手の甲をべろりと舐め上げる。
皮膚の下に浮いた骨に沿って、舌が手首へと移動する。

「くるぶしと足首…ふくらはぎへ上がって…」

言いながらゾロはサンジの袖をたくし上げる。

「おい、ゾロッ…」
思わず上擦った声が洩れた。

ゾロはかまわず袖をまくっていく。
唇がそれを追うように腕に触れていく。

「次は膝の裏…」

言葉が終わらぬうちに肘の内側に唇が落とされる。くるくると円を描くように舌で舐られ濡らされる。
サンジの腕を脚に見立てながら、唾液で濡れた唇が、更に上へ這い上がってきた。

「知ってっか? 腕の内側と太腿の内側ってのは、性器と同じくれェ皮膚が薄いとこなんだってよ」

ゾロはにやりと笑って、サンジの腕の内側を強く吸った。
キスなんてさせんなと言った唇が、自分のキスは受け入れろとばかりに、少しずつ場所をずらして繰り返し繰り返し、柔かい皮膚を吸う。
そのたびにサンジの身体がびくんと跳ねる。

「あうっ…あ…う…」

見なくても、そこにくっきりと紅い痕がついていくだろうとわかる。
きっとこうして太腿の内側の、腕よりもさらに真っ白い部分にも紅い痕がつけられていくのだ。
それを思うと、触れられてもいない脚が粟立っていく。

二の腕の内側に、踏み荒らされた花びらのように無残に紅い痕が散った。
そこを舌先でつぅっと舐められて、やはり脚の内側に舌を這わされたような感覚を覚えて、サンジは身体を激しく奮わせた。
「も、もう、やめろ、ゾロ…」
思わず腕を引こうとしたサンジをゾロは許さなかった。





「まだだ、サンジ」

ぐいとサンジの腕を引き寄せて、腕の付け根をかぷりと口に含んだ。

「足の指から愛撫して、吸って舐めて、それを繰り返して…。余すところなく舐めながら、少しずつ上がってく…。んで最後はな、足の付け根にあるもんを、こうして可愛がってやる」

腕の付け根の骨に沿って甘噛みされ、舌で舐られ、脇の下の柔かい肉を口の中でゆっくりと愛された。
サンジの肉茎から双果までを、このように愛してやると言うように。
「あ、あ…ううっ…んぅ……ゾロッ…」

熱が下から這い上がってくる。中心が芯を持って立ち上がるのがわかる。

「あぁ…」

崩れ落ちるようにサンジは背を倒しベッドに横たわった。
それを追ってゾロの身体がサンジに覆いかぶさる。
立ち上がった股間は、きっとゾロに伝わっているだろう。
潤んだ目でサンジはゾロを見上げた。
ゾロが、そんなサンジをじっと見つめている。
「すんのか?」
見つめられていることに耐えられなくなってサンジが訊いた。
ふ、とゾロが笑う。

「しねェよ。てめェが俺に惚れるまでは」

ゾロはゆっくりサンジの身体から離れ、部屋から出ていった。
サンジの身体に熱を残したままで。







(了)






ハナコ様の素敵企画「KISS ME 50」に参加させていただきました! 
実は、この企画に興味を持ちつつも立候補できずにずっと柱の影から見ていたんですが、お題の「腕」への希望者が最後までいなくて空いたままだったので、「その『腕』のお題をいただいていいですか?」と、参加させていただくことにしたのです。そんな経緯で、このSSのお題は「腕にKISS」です。
ハナコ様の素敵なイラストがついて返ってきて、もうニマニマと頬が緩みっぱなしです。ゾロはエロいし、サンちゃんからは戸惑いと熱が感じられるし、イラストでこんなに感情表現が出来るってスゴイなぁと感服しきりです。
ハナコ様、ありがとうございました!!