チトセモモトセ
「てめェも来い」
「あ? どこへ?」
そんな会話が交わされたのは、今から2ヶ月程前のこと。
言葉足らずの大剣豪に問い質すが、答えもやはり言葉足らずであったから、それを繋ぎ合せ、ようやく司厨長は理解した。理解はしたが、理解してない素振りを決めた。
「あーー、てめェの言うことは、てんでわかんねェ。人外と会話すんのは疲れるぜ。疲れちまってくたくただ。明日の仕事に差し支えるから寝たほうがいいな、うん、そうだ、寝よう。寝るべきだ。んじゃ、おやすみ、人外」
そそくさと前掛けを外し、大剣豪の脇を通り抜けてギャレイから退出しようとする。その細腰を逞しい手がガッシリと捕まえた。
「逃げんな。来いっていったら、てめェも来い」
「やだね」
「なんでだ」
「それこそなんでだ。なんで俺が一緒に行かなきゃなんねェ」
「なんでって、てめェが俺の伴…」
「わーーーーーっっ!!!! 黙れ、言うな、言わなくていい、その口を今すぐ閉じろ! 今、俺、鳥肌立ったぞ、てめェがクッソ寒ィ台詞言おうとすっから!」
「どこが寒い台詞だ」
「寒ィよ、凍えそうだぜ」
「凍えたんならあっためてやる」
どーんと押し倒されて、あれよあれよとひん剥かれて、気づけばサンジはああんあんと喘いでいた。
「あ…んぅ…あ、ゾロ……だめだ…俺、アァァ・・・出ちまうって…ひぅ…んぅぅうん…」
「一緒に行くだろ?」
「あぅぅ…あ、あ、あぁっ……も…イく…イく……あああっ」
「うし、行くんだな」
全然会話が咬み合わないまま、絶頂だけは咬み合って、同時に果てた。
翌朝の会話は当然すさまじい。
「なんですって、ちょろっと恩師に会いに行きたい? って、どこよ? え? アンタの故郷(くに)? しかもサンジ君を連れてくですって?」
「おう、コイツも行きてェって言ったぜ」
「言ってねェ!」
「言っただろうが、昨日! いくいくいきてぇって!」
「だ、だからそれは意味が違うだろうが!」
「何がどう違うのか説明してみろ!」
「言えるかアホーッ!!」
とにもかくにも、船を壊す勢いで争っている阿呆二人を無視して、ナミは万年迷子の故郷までの航路をさくっと探し当てた。
その結果ゾロは2週間という短い下船を許可されて(「それ以上掛かるなら、ゾロはいいけどサンジ君は先に船に返しなさいよ」とナミに厳命されたのだ)、故郷に凱旋した。俯きがちのサンジを伴って。
サンジがゾロの凱旋帰郷についていくのを渋ったのには訳がある。ゾロの恩師という人からの手紙に「サンジ君という良き伴侶も得たようですし、一度一緒にいらっしゃい」と書いてあったのだ。
「は、は、はん、りょーーーーっ!!??」
ギャレイに置きっ放しの手紙の文面が、見るつもりもなかったのに目に入ってしまって、サンジは絶叫した。ぎゃーーーと叫んで髪を掻き乱した。じんましんが出たと言って、首筋をガリガリと掻き毟った。挙句、火にかけていたヤカンに直に触って火傷するという、料理人にあるまじきこともやった。
いや別に、サンジとてゾロが自分にとって無二の人物だと認めていないわけではない。だが「伴侶」などと言われると、まるで夫婦のようではないか。いやそこらの夫婦よりねちっこく濃厚にやることはやってるけど…。だけど…。
実にいたたまれなかった。
大剣豪がホモの夫婦って、どうよ? 海なら堂々胸張ってられようが、てめェの故郷は古いしきたりの村だって言うじゃねェか。だったら、俺がついてったら、せっかく凱旋帰郷なのに、せっかく大剣豪なのに、せっかく村の出世頭の筈なのに、そんなてめェの顔に泥塗ることにならねェ?
だが、すべては杞憂だった。村の大半の人間には、サンジはゾロとともに修羅場をくぐった戦友として認識されたようだった。二人がそういう仲だと知っているのは、ゾロの恩師とごく一部の人で、その人たちも皆、温かく二人を迎えてくれた。困ったことは唯一つ。村の男衆が揃いも揃ってうわばみであること。ちょうど帰郷中にゾロの誕生日を迎えて、三日三晩の酒宴となった。
ようやく宴が終わって、翌日はしっかり二日酔い。さらにその翌日もサンジの身体はまだ酒が抜け切っていないような気だるさを感じていた。心持ち、頭もぼおっとする。
その頭を冷ますように付近をぶらぶらと散歩していると、鮮やかな色が、サンジの視界に飛び込んできた。朱の地色に薄桃色や空色の花が描かれた服に、腰にはサッシュに似た薄布を巻きつけ、髪にも大きな飾りをつけ…。
あぁ、この地方の民族衣装だとサンジはその鮮やかさに目を奪われた。そんな民族衣装を身につけた幼子が、やはり民族衣装の両親に手を引かれていく。
しばらくするとまた同じような家族に出会った。今度の子はもう少し大きくて、施された薄化粧も可愛らしい少女だ。
そうしてサンジは散歩の間、何組かの家族に出会った。途中、男の子もいて、小さいながらも凛とした面持ちに、サンジはつい、アイツもこんなだったのだろうかと想像して、目を細めた。
さて、そろそろアイツの鍛錬も終わる頃か?
そう思って、サンジが母屋に戻ると、ゾロのほうが早く上がっていたらしい。水を浴びてさっぱりしたゾロが、例の半袖ジジシャツ一枚で、腹巻もせずに縁側に座っている。
この寒空に元気なこったと思っていると、ずず、と茶をすすったゾロが、サンジの顔を見るなり聞いた。
「おう、なんか面白ェもんでもあったか?」
「あぁ。って、なんでわかった?」
「顔にそう書いてある。好奇心でわくわくしてるガキの顔だ」
「ふん。まぁ、そのとおりだ。良いもん見たぜ」
サンジはそう言って見てきたことを説明した。
途中でゾロが、あぁそりゃサッシュじゃなくて三尺帯だ、とか、赤い履物ってのはぽっくりだろ、とかいちいち説明してやる。
「なんか、みんな可愛らしかったなぁ。クソ坊主も神妙に歩いててよ、でも、いっちょ前にサムライの顔なのな」
サンジは思い出して、ふふふと笑った。そして尋ねた。
「ありゃぁ、なんだ? 今日は祭りでもあんのか?」
「ああ、あれは七五三だ」
「しち、ごさん?」
舌を噛みそうになりながらサンジが聞き返す。
「あぁ、子供が健やかに成長したことを祝う儀式だ」
「へぇ……。てめェもあんな服、着たのか? この前着てた、胴着、ってのがもっと立派になって、なんかいろいろくっついてるみてぇな服」
「ああ、着たんだろうな。男の場合は『袴着』っつって、男子の正装の袴を初めて身につけるって儀式だからよ、袴を着ねェと意味無ェんだ。ま、5歳のことだから、あんまし覚えてねェけどな」
ふーんとサンジは頷いて、それから、ふんわり微笑んだ。
「どうした?」
「いや、やっぱ、良いもん見たと思ってさ。そういや子供たちもちょっと特別な笑顔だったな。マダムもお綺麗で、子供よりもっと嬉しそうでよー」
「そりゃそうだ。病気で死んでいく子供が多かった時代からの慣わしだ。無事ここまで育ったことへの祝いだからな。子供よりも親のほうが嬉しい行事だろうよ」
そうか、子供が無事にここまで育って良かったって祝う儀式か、そりゃぁ良い。
サンジは繰り返し、良いもん見たと悦んだ。
そのサンジがふと、遠くを見るように言った。
「俺は、てめェに、そういう喜びは与えてやれねェんだな……」
「そういう?」
「親の喜びっての?」
また埒も無いことを気にしやがって、とゾロは思った。
ここに来る時、どうしてサンジが渋ったのか、本人は決して言わないが、ゾロは大体察している。
今だってサンジが何を言わんとしてるか、ゾロには手に取るようにわかる。
だから、笑い飛ばすように言ってやった。
「そりゃ、お互い様だろ。俺だって、てめェに親の喜びは与えてやれねェ。つか、そんなもん、与えてやる気はまったく無ェぞ。なんだ? てめェは寂しいか?」
ゾロのそんな口調に、サンジもわざと茶化して答えた。
「いや…。俺たちの間には俺たちの生き様が残りゃ、俺はそれで充分だ。でも、てめェは子種を残してもいいんじゃねェかなーって思うよ。勿体無ェじゃん、せっかくのこの珍奇な緑髪を絶やしたら」
「だったら、てめェもこのグル眉を…いや、待て、俺はグル眉はてめェで尽きてもいい。子なんか作るな」
「おーおー、剣豪様は嫉妬深くていらっしゃる」
「悪ィか!」
「悪かねェよ。千歳百歳(ちとせももとせ)唯一度〜〜ってな!」
照れを隠すように、ゾロの独占欲と一途さをからかいながら、サンジは、
「あぁ、でも、誕生日以外でも、ああやって、子供の成長や無事を祝う慣わしってのはいいよな」
と、また思い出すようにうっとりし…。
突然、サンジはガタンと立ち上がった。
『なんだ? どうした?』と、ゾロは、冷めた湯のみを持ったままサンジを見上げた。
そのゾロを置き去りにして、サンジは奥へとバタバタ走っていく。
長廊下の途中で振り向いて言った。
「そこで待ってろ」
なんだなんだ?
コックのやることは突拍子も無いことが多いし、考えてみてもわからない。
待っていろというのだから、待っていればいいんだろう、と、ゾロはうつらうつらと居眠りを始めた。
そこへサンジが戻ってくる。
手に、何か持っている。
「これ、着ろ」
渡されたものは、着物一式と袴。
「てめぇ、これは?」
「先生に頼んで出してもらってきた」
『これを着るって…なんでだ?』
意図がわからずぽかんとしていると、サンジはゾロの服をさっさと剥きだした。
おいおいおい。
慌てるゾロに、じっとしてろ、とひと言告げて、ゾロの服を脱がしたが、
「こっからは自分でやれ、俺はそいつの着方はわかんねぇ」
サンジはゾロの鼻先にピシッと人差し指を突き出して偉そうに告げた。
脱がしておいて、着付け方がわからねェから自分で着ろとは何事だ…。
そう思うものの、野郎に対するサンジの冷淡な態度は、むしろ変わらなくていいと思っているから、文句は言えない。
が、手渡された着物を改めて見て、驚いた。
紋付の黒、だ。
袴は太い縦縞の襠有袴。
『こりゃあ、慶事ん時の正装じゃねぇか…』
何故サンジがこの着物を着ろと言うのかわからないまま、ゾロはそれを身につけた。
サンジが酷く真面目な面持ちで、ゾロを見ていたからだ。
きりりと男前に着こなしたゾロの姿に、サンジは、すうっと蒼い目を細めた。
しばらく、ほおと眺めたあと、大事なものに触れるようにそっと近づいて、静かにゾロを抱き寄せた。
ゾロの心臓がドキリと跳ねる。
肩口でサンジはそっと囁いた。
「てめェが俺を伴侶だって言うなら、確かにこの先、養子でも迎えない限り、親の喜びってのを俺が知ることはねェんだろうよ。けどな、大事な奴の無事を喜ぶ気持ちは充分知ってる。てめェは5歳じゃねェけどな、俺がてめェの無事を祝ってやる。誕生日祝ったばっかだけど、無事を祝うんだったら何度祝ったっていいだろう」
なんつーことを吐きやがる…。
サンジの腕の中でゾロは、じわりと熱くなった。
「だから、つまり『袴着』か…」
「あぁ」
「だったら、俺にも祝わさせろ」
てめェの分の紋付と袴を取りにいこう。
ゾロはサンジの手を取り、母屋の奥へと駆け出した。
(了)
え?嫁の慶事の正装は黒留袖? うん、でもサンジにも袴を着せたいの。どなたか描いてくださらないものか…。
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