愛の途中 #2




くしゃりと髪をかき回した手が頬へと下りてくる。

「なんてツラしてんだ」
悔しいような焦ったような声が近くなって、あいつの顔も近づいた。
自分の顔を覗き込まれることに急に恥ずかしさを覚えて、もう一度奴のまたぐらに顔を埋めた。

脈打つ陰茎と縮緬(ちりめん)のようにしわの入った陰嚢…未来の大剣豪のそんなところを知っているのは、俺で何人目だろう。そして俺のあとに何人いるのだろう。
自分が何人分かのひとりであってもいい。今だけは、俺だけのものだ。
怒張に絡みついていた残滓を舌ですくい取り、奥まったところの柔らかいふくろを舐める。自分の記憶に埋め込むように丁寧に丁寧に。

そうしながら自分のものが立ち上がってくるのがわかる。
触ってほしい。
だけど、だめだ。奴に触られたら、俺の身体は瞬く間に昇っちまってセックスが終わっちまう。

「も、いい…。おまえのを…」
ゾロが俺を引き剥がそうとする。
俺の身体に延びてきた手を振り払うようにして俺は言った。
「急(せ)くなよ。ゆっくりしてェんだ…」
てめェのこの弾力のある筋肉のひとつひとつを、身体のひとつひとつを…感触も、匂いも、声も…、記憶と五感のすべてでもって覚えておきてェんだ…。

「ばかやろう…」
その日、二度目のばかやろうを聞いた。直後、身体が強引に引き剥がされ、次の瞬間には強く抱きしめられていた。

ははは、おかしいぜ、俺。たったこれだけで、身体がのぼせたように熱くなっちまうなんて。



ホント、抱きしめられただけで。
性器に触られたわけでもないのに。
こんなに熱ィ…。

切なくなって俺はゾロを引きはがそうとした。けれどゾロは俺の耳に吹き込むように小声で苦しそうに言った。
「俺は終わりになんかしたくねェ」

え?

「おまえ、わかりやすいんだよ…。誘ってきたくせに一方的に奉仕するばかりで、俺が触ろうとすると避ける。気づかねェわけねェだろ」
ため息をつくようにそう言われた。

「最初はな、おまえが終わりにしたいんなら、俺も器の大きいとこを見せようと思ってた。けど、俺のの出したもん滴らせて紅潮してるツラを見ちまったら、聞き届けてやる気なんか吹っ飛んだ。やっと手に入れたんだ。この身体に俺が必死で刻みつけたもんは、もうどこにも残ってねェとしても、誰かと好い仲になっているとしても、この身体が他の体温を知っていたとしても、俺は手放したくねェ…」

ちょっと待て…。誰かと好い仲とか他の体温とか、問いただしたいところはあるが、その前だ。

『俺が必死で刻みつけたもんは、もうどこにも残ってねェ』だと?
あぁ、そうなのか。こいつにとっても同じなのか。
こいつの身体が俺の要素をひとかけらも残していないと同じように、俺の身体もてめェにとっては何も残ってない身体なんだな。

「この2年間、おまえの飯を食いてェ、おまえを抱きてェと、ずっと思ってのは俺だけか…」

あぁ、そうだな…俺は…てめェが生きていてくれればいいとそう思ってたよ。それなのに、てめェはそんなこと考えてたのかよ…。それを嬉しいと思っちまう俺は、ホントどうかしてる。



2年前よりひとまわり太くなった腕が俺の背中をさする。
2年前よりぶ厚くなった胸がばくばくと鼓動を伝えてくる。
そして2年前よりがっしりとした腰が俺に押し付けられて、俺はもうたまらなくなった。

必死で刻み付けたと言ったよな、てめェ。そんなセリフを聞いて、終わりにできるほど俺はドライじゃねェんだ。責任取ってもらうぜ?

俺はシャツのボタンをゆっくりはずしながら言った。
「なぁ、ゾロ、よい事教えてやるよ。俺の身体な、この2年間俺の右手しか知らねェんだ。てめェが俺に刻み付けたもんは、2年できれいさっぱり無くなっちまったかもしれねェが、ほかの手垢もついてねェ。要するに、まっさらだ。細胞のひとつひとつまで初ものだ。どうだよ、欲しくなんねェか、初ものをよ…」



『初もの』が、2年分の愛欲にどろどろにされるのに時間は掛からなかった。



(了)




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(2011.07)