紙でできたお月様 #5
わかっていたことじゃねェか。
ゾロは落胆する心に言い聞かせた。
サンジは女とよろしくやっているのだ。ここにいるはずがない。俺の名を呼んでいたような気がしたのはきっと空耳だ。または俺を探しに来たけど、いなかったからナンパに戻ったか…。
なんにせよ、どうせサンジと再会しても、すぐに別れるのだ。最初から短いつきあいだとわかっていたじゃないか。別れがほんの数時間早まったからといって、なんだというのだ。
だけど。だけど…。
「最後まで責任取れよ、クソ眉毛!」
「言ってくれるじゃねェか、クソ坊主」
どこからか小さく返答がした。
「サンジ?」
「おう」
「どこだ? どこにいる?」
ゾロはあたりを見回した。
「左に少し移動してみろ」
ゾロは何ひとつ見逃さないとばかり目を光らせて移動した。
細い路地があった。夕闇と建物の影で、奥の様子がよく見えない。
そこからふわっと煙草の香りが流れてきた。
「サンジ!」
「痛っ!」
飛びついたら、サンジが唸った。
慌てて離れて驚いた。
「なんて恰好だよ!」
サンジは素肌にじかに上着を羽織っていた。その上着もスボンもぼろぼろだった。
「ちょっと激しいレディでな」
「馬鹿なこと言ってんじゃねェよ! 誰にやられた?」
「俺がやられるかよ」
「やられてるじゃねェか!」
口の端は切れているし、顔にも身体にも打撲のあとや擦過傷がいっぱいついている。
「誰にやられたんだよ! 俺がカタキとってやる」
「もう終わった件だ。蒸し返すな」
「せめて何があったか言えよ!」
「てめェには関係無ェ」
「そうかよ、馬鹿眉毛! じゃあ俺は勝手にシモツキへ行く!」
「おい待て、こんな夜にてめェ独りで行けるかよ」
「てめェには関係無ェ」
サンジに言われた言葉をそっくりそのまま返してやるとサンジは巻いた眉をへにょんと下げた。
関係無いと言われたゾロの悔しさがわかったのだろう。渋々話し出した。
「え、女は保安官だったのか? あの密売酒の一件で追いかけてきた保安官の従姉妹? 保安官一族かよ」
「そうらしい。てめェを探してたら、そりゃあもうセクシーな美女に呼び止められてよ。ベッドに誘われて上着も脱がしてくれてシャツの上から身体を撫でまわされて…」
説明しながら目がとろんと夢見心地になってきたサンジを見ながらゾロは冷静に考えた。
つまり、コイツは俺の名前を呼びながら町を走り回ってて悪目立ちしちまったわけだ。で、保安官に見つかり…。上着脱がしたり身体撫でたりしたのは武器を持ってないかの確認だろう。
「いいムードになってこれからって時にいきなり『あなたの詐欺行為はこの町の事件じゃないから逮捕できないけど、従兄弟を降格させた報復はさせてもらうわ』って…」
「で、黙ってやられてきたわけか。女に弱いアンタのことだ。どうせ無抵抗だったんだろ」
「レディを蹴るわけにはいかねェよ」
「男だったら完膚なきまでに沈めてくるくせに、女大事にも程がある。せめて逃げてこいよ」
「そうだけど、ズボンと上着取り返して逃げようとした時、いくつかの財布に分けて持ってた金が全部抜かれてることに気づいてさ。車のシートの裏に70万ベリーほど隠してあるけど、おまえに返す100万ベリーには足りねェだろ。だから、その分は返してもらおうと思って。ほら」
サンジはポケットから札を引っ張り出した。上着の左右のポケットからも内ポケットからも、急いで押し込んだらしいくしゃくしゃの札がバラバラと出てくる。
報復させてもらうと女が言ったからには、この金だってすんなり返してくれたわけではないだろう。きっとこの男は、女の気の済むまで、無抵抗で殴られるか蹴られるかされてやったのだ。
30万ベリーの金を取り返すためにそんな余計な傷をこしらえてきたのかと思うとゾロは泣きたくなった。
「馬鹿野郎。こんなふうに金をとってくるなんて…。アンタ詐欺師だろ。詐欺師らしく金を奪えよ。俺と一緒に稼げばいいことじゃねェか。俺たちが手を組んだら、密売者だって騙せるんだぜ!」
「ばーか。コンビは解消だ。おまえみたいな迷子と一緒じゃ、毎度トラブルに巻き込まれちまう」
サンジはゾロの髪をなでながら、そう言った。テノールの優しい声だった。
翌朝、二人はシモツキ村についた。
サンジはゾロの親戚の家から少し離れたところに車を止めた。
「こっからは1人で行け」
「一緒に行ってくれねェの?」
「こんな痣だらけの奴が一緒にいたら不審がられるだろ。てめェだけで行け。大丈夫、今度は迷わねェようにこっから見ててやるからよ」
そう言われるとそれ以上無理を言えない。
「これ、やる」
ゾロはサンジに一枚の写真を渡した。紙で作った月に腰かけているゾロの写真だ。
「へー、相変わらず無愛想なツラで写ってんなぁ」
サンジが笑う。
「なあ、いつか、その月に一緒に座ってくれるか?」
その言葉に込めた再会への期待をサンジは理解したらしい。そのうえで、やんわりと断ってきた。
「馬鹿言うな。だいたいこういうもんはレディと一緒に座るって決まってんだよ」
サンジがウィンクをした。片目が髪に隠れているから、ウィンクかどうか正確にはわからないけど、多分ウィンクだ。
「詐欺師のことなんてさっさと忘れちまって、おじさんに大事にしてもらえ」
行け、と言うように、サンジの手がゾロの背中を押す。
二人が一緒にいた時間は短く、サンジは自分のことは忘れろと言うけれど、きっとこの時間は色あせることなくゾロの心に残ることだろう。
「あ、そうだ」
数歩進んがゾロが、言い忘れたとばかりに振り向いた。
「アンタ、詐欺師に向いてないぜ。さっさと別の職業探したほうがいい」
「ここまで送ってやったもんに対する別れの言葉がソレかよ!」
その後しばらくしてサンジはサンドイッチ屋を始めた。最初は小さなワゴンで路上売りだったが、次第に評判になり、イートインコーナーのある店舗を構え、その店も年々大きくなり…。8年後には優秀な会計士にそそのかされて支店を構えた。
支店開店についてのインタビューを受けるサンジをローカルTVの画面で偶然見かけたゾロがどうしたかは皆様の想像のとおりなので割愛する。ひとつだけ、カーニバルの記念写真小屋で揉める男たちがいたことを記しておく。
「こういうもんはレディと座るもんだって言っただろ! 俺との旅が素敵すぎて忘れられねェのはわかるが思い出にしとけ、この筋肉ハゲ!」
「誰が思い出にしてやるなんて言ったよ、このグル眉! だいたいてめェは責任を取るべきだ」
「ちゃんと送り届けてやったし、金も返してやっただろ! これ以上なんの責任があるってんだ」
「俺の初恋を盗んだ責任」
「かーーー、てめェの口から恋とかいう単語聞きたくねェよ!」
「お客さん達、撮っていいんですか? 撮らないんなら月から降りてくださいよ。あとがつかえてるんだから」
(了)
第4話、かなり元ネタ無視で暴走してしまいましたが、楽しかったです。
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(2012.05)