泳ぐディアブロ #2



推察通り、ディアブロはプールに飛び込んでいた。
どうしてこの国の連中はプールが好きなんだろう。小ぎれいなモーテルには必ずプールがある。
奴は服のままプールで泳いでいた。これが昼間だったらフロントがすかさず、水着を着用しろと注意に来るのだろうが、こんな夜半にうるさくすると客から文句が出るから見て見ぬ振りだ。
「上ガッテコイ!」
俺はプールサイドから小声で呼んだ。俺だって、夜中のモーテルで大声を出さないくらいの節度はある。
節度が無いのは、あの男だ。おとなしく部屋に居ればいいものを、どうしてこう目立つことばかりしやがるんだ。
ディアブロは楽しそうに、水の中からおいでおいでと手招きした。
「俺ハ着替エガ無ェンダヨ、一着シカナイ服ヲ濡ラセルカ阿呆!」
と俺はまた小声で怒鳴った。
ディアブロはくつくつと笑い出した。笑いながらすいすいと泳ぐ。器用なやつだ。

ディアブロの泳ぎは綺麗だった。緋色のシャツが動きにつられて水中でひらめく。熱帯魚のようだ。
プールの端まで行って、ディアブロはくるんとターンをした。裸足の指が水面からちらりとのぞく。そういえば靴がプールサイドに脱ぎ散らかされていたような気がする。
ターンのあといたずら心が湧いたのか、奴はシンクロナイズドスイミングのように足だけ水面から突き出した。
「何ヤッテンダ、バカ!」
俺の苦情を無視してディアブロは水中でくるくると優雅に舞う。陸上にいるよりもずっと生き生きとして見えた。

白いつま先が水面から出たり潜ったりするのを見ているうちに俺は先ほどベッドでつかんだ脚の感触を思い出して、またそれを掴みたくなった。
「今スグ上ガッテコイ。来ネェナラ、テメェノ車ブッ壊シテヤルゾ!」
「ナンダヨ、ソノ脅シ。ソンナ事シタラ、テメェダッテ困ルジャネェカ」
ディアブロはくすくすと笑ってようやく水から上がってきた。服からも髪からもぽたぽたと水を滴らせて近寄ってくる。
「テメェモ泳ゲバ良カッタノニ」
そう言いながら濡れた足のまま靴を履いた。歩くリズムに合わせて、足元からかえるの鳴き声のような水音がする。

部屋に戻ろうとするディアブロを追いかけながら俺はため息をつくように言った。
「着替エガ無ェッテ言ッタダロ。聞コエナカッタノカ?」
「オ坊ッチャマハ、モーテル泊マルノ初メテカ? ランドリーガ有ルンダゼ」
「洗濯機ノ前デ脱ゲッテノカ? 俺ニモ公衆道徳クレェ有ルゾ」
「バーカ。俺ガランドリーニ放リ込ンデキテヤルッテ言ッテンダ。テメェハ部屋デ待ッテレバ良イ」
「ソウカ、ソレナラ…」
俺は即座にずぶ濡れの男を抱え上げ、部屋の前に止めてあるキャデラックのボンネットに押し倒した。
「何シヤガル!」
俺に乗りかかられて、ディアブロは手を突っぱるようにして俺を押し戻そうとした。
「服ハ濡ラシテモ問題無ェコトガワカッタ。ダガ、ベッド濡ラシチマッタラ寝ラレネェ」
「ダカラ此処デ、ッテカ!?」
「車ノボンネットデ女ヲ啼カセルコトナンザ…俺達の故郷じゃ珍しくもねぇだろ、なぁ…サンジーノ」
ディアブロの瞳がわずかに見開かれ、白い喉がこくんと揺れた。

「……いつから気づいていた?」
「見たときすぐにわかった」
「声じゃなく?」
「最初に声を聞いてたら逆にわかんなかったかもしれねェ。異国語を話すおまえの声は、まったく知らない声に聞こえたぜ」
「発音が違うと発声も変わるからな。それにしてもあんなスピードで通り過ぎたくせにどんな動体視力だよ」
「動体視力は関係無ェ。俺がおまえに気づかないわけねェだろ。おまえだって俺のこと気づいていたじゃねェか」
「どうしてそう思う?」
「おまえが俺以外の男に触らせるはずがねェ」
「ずいぶん自信たっぷりだな」
「よく知りもしない野郎が脚を触ったり、ましてやキスなんかしたらすかさず蹴るだろうが、おまえは」
「まぁそのとおりだ。こんなふうにな」
瞬時に繰り出された蹴りをよけきれずに俺は吹っ飛んだ。
クソ、余計なことを言わずにさっさと伸しかかっておけば良かった。

が、サンジーノはボンネットの上に乗ったまま逃げようともせずに笑っていた。
そして俺に見せつけるようにゆっくりとスラックスのジッパーをおろし始めた。
サンジーノは下着をつけていなかった。金色の茂みが濡れて濃い色で輝いている。
「こっちは染めてねェのか。つーか髪だってなんで染めちまったんだ。もったいねェ」
「人工皮膚を張り付けて眉を隠しただけじゃ俺様の美貌が隠しきれなかったんだよ。一般客を装ってカジノの視察に来てんのに俺だってバレたらやりにくいだろうが。てめェだって同じだろ? こんな黒髪にしやがって、ゾロシアってバレたらやりにくいことしにきたんだろ?」
「まあな」

サンジーノはスラックスのジッパーを半開きにさせたまま、キャデラックの上に大の字に横たわった。
袖を通しただけのシャツがマントのように広がる。緋色の布の中から白皙の肌が惜しみなくさらけ出された。
「やけに派手な色着てやがるな。おまえが派手好みなのは知ってるが、こんな色を着てるの初めて見たぜ」
「たりめェだろ。俺の本来の髪じゃこんな色似合わねェ。栗色の髪じゃねェと着られねェもん着てみようと思ったらこの色になった」
確かにいつもの明るい金髪と真っ青な瞳のまま朱色に近い赤のシャツを着たら道化師だ。ならばこの栗色の髪も、珍しいサンジーノを見られるチャンスと思って感謝すべきなのか。
俺は栗色の髪に口づけた。やっぱり違和感がある。
「せめてコンタクトははずせよ。俺はやっぱりいつものてめェが好きだ」
「てめェ、俺にぞっこんだな」
サンジーノはくすくすと笑いながら目元に手をやった。
コンタクトの下から、いつものブルーが現れた。
そうだ、この目だ、俺が好きな目は。

碧眼を見たとたん余裕を無くした。ボンネットに乗り上がってサンジーノを抱きしめる。
水に濡れた身体がひんやりと冷たい。滑らかで冷たくて硬質の身体だ。
直に肌を合わせたくてたまらなくなって、自分のシャツのボタンをひきちぎるようにはだけ、身体をぴったりと密着させる。
「重てェよ」
くつくつと笑いながらサンジーノが俺の髪をひっぱる。
赤い唇に口づけたら待ち構えたように吸い付かれ舌を絡めてきた。むさぼるような激しいキスが俺の脳天を痺れさせる。
こいつはいつもそうだ。甘いキスなどしやしない。食われているような気分になる。食うのは俺のハズなのに。

主導権を取り戻すように口づけを胸に落とした。白い身体がびくりと跳ねる。官能を隠そうともせずにサンジーノは淫らに身体をうごめかせる。
俺はズボンのジッパーを下げて下履きを大きく押し上げているムスコを取り出した。そこにサンジーノは手を伸ばした。
慌てて腰を引きながら「ばかっ、触ったら弾けちまうだろうが!」と言ったら、サンジーノが「濡らすもんが無ェんだよ」と言う。
「だから俺のミルクを寄越せってか? だったらてめェも1回イけ」
長い足に絡まったままのズボンを引き抜いて、脚の付け根に手をかける。
白い足が大きく左右に開いた。その間に身体を入れて局部を口に含む。
「んっ…」
サンジーノが声にならない吐息を吐いた。
柔らかい袋を揉みしだき、裏筋や雁首を攻め、鈴口を突けば、たちまち白い身体がのけぞってくる。
ストロークを激しくすれば、大きく震えて達した。

口の中に吐き出された精液を唾液と混ぜて手に吐き出し、後ろの小さな窄まりに塗りつける。
咲きかけの蕾の花びらを一枚一枚広げるように肉ひだを丁寧に解していくと。
「てめェのも寄越せって言っただろ」
とサンジーノは俺のムスコをあやすようにしごき始めた。
マフィアのくせに料理が趣味のこいつの手は、包丁だこがあって気持ちがいい。節くればった長い指は俺のデカチンでもぐるりと包み込む。
…やべェ、こいつの中を解す前に俺が先にいっちまう。
ギリギリで踏ん張って、指を2本に増やして中をほぐす。

3本目を入れようとしたところで俺のほうに限界がきた。無駄弾にしないように、窄まりめがけて発射する。
奴の精液と俺の精液で濡れた窄まりは、滑りはよくなったが、見た目の卑猥さに、俺のブツがすぐに元気を取り戻して暴れ始めちまった。
「がまんできねェ」
低く唸ったら、
「来い」
犬を呼ぶときのようにサンジーノが短く鋭く言った。
俺はサンジーノに深く伸しかかり、尻尾の代わりにケツを振る。
中は柔らかくて熱い。
「たまんねェ…」
吐息のようにそう言ったら、サンジーノがうっとりとした声で「俺もだ…」と返してきた。
熱い息を吐きながら、俺は濡れて光る身体の奥をかき回した。
故郷に帰ったら戸外で抱き合うことなんて危険すぎてできっこない。なにしろ俺たちは対抗勢力同士なのだ、表向きは。



「背中痛ェ…」
翌朝サンジーノはぼやいた。
そりゃそうだろう。いくらキャデラックのボンネットがベッド並みに広かろうと、スプリングは効いていない。
「だからベッドに行こうっつったのに、抜こうとした俺を引きとめたのはおまえだろ」
散々やって硬さを失ったあとも、サンジーノは中から俺が出ていくのを許さず俺の腰に脚を絡めて引き止めた。俺を身体の奥に留めたまま、サンジーノは余韻を楽しむように笑っていた。

マフィアは物騒な集団のくせに、実は危険な橋を渡ることをもっとも嫌う。殺しも根回しも、常にもっとも確実な道を選ぶ。
そんな集団のトップの座をいずれ継ぐことになるというのに、俺はこの危険な情事が止められねぇ。
こいつとやるたび思う。つかまったのだと。
今回だって、俺はひと目で、キャデラックの傍らに立つ人間がサンジーノだとわかってしまった。こいつの磁力に俺は必ず吸い寄せられてしまうのだ。女どもとの関係を清算する日が来るのも時間の問題だろう。

「車、クリーム色にして正解だったな」
バスルームで歯を磨いてると、サンジーノが背中をさすりながら入ってきてそう言う。
意味がわからず怪訝な顔をした俺に向かってサンジーノはにやんと笑って囁いた。
「てめェの名残りがボンネットに残っていても目立たねェだろ?」
歯磨き粉を盛大に噴いたのは言うまでもない。



(了)



ウチのゾロシアとサンジーノは、敵同士の恋でありながら、悲劇的ではなく、スリルを楽しむ余裕を持っています。そんな二人がまだドンになる前のお話。

なおこの話は「ゾロサン合隊」様に提出した「ルート66」のロングバージョンです。「ゾロサン合隊」様はページ分けできないので、あまり長くては読みにくいと思って短めに書きました。はしょった部分を補完して改訂したのがこの「泳ぐディアブロ」です。

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