ありったけの #2


ブルックとわかれて歩くうち、ゾロは海辺沿いの大通りに出ていた。
通りには松並木があった。ゾロの故郷の松の木よりも葉が長くて、潮風に吹かれるとやさしい動きをした。おだやかな風にのって松葉の清涼感のある香りがただよってくる。

通りをわたって海側の歩道に来てみると、アラベスク模様の鉄柵から3〜4メートル下は石浜だった。かどが取れて碁石のように丸くなった小石がせまい浜を作っている。
石浜の海は澄んでいて、水底に白や赤褐色のすべすべした小石が並んでいるのがよく見えた。
波打ちぎわの海はその小石の色をうつして、やや褐色に見える。それが沖に行くにしたがって淡いコバルトグリーンになり、次に水色に変わり、どんどん青みを濃くして紺碧になる。

ゾロはその青色のグラデーションにひかれるように、浜へおりる階段をくだった。
海水浴シーズンは4月からだと聞いた。そのせいか浜におりている人は少ない。気の早い数人が水着姿で日光浴をしているていどだ。

あたたかな風を受けながら海をながめていると、から〜んと明るい鐘の音が聞こえた。
細く長く遠くまで弧をえがいている浜の左端に、切り立った崖がある。岩肌のところどころに緑があり、風が吹くと葉が光を反射してまたたくように光る。その緑のあいだで、見え隠れしながら縦にのびている白いすじは石段だろう。

ふたたび、から〜んと鐘が鳴った。
崖の上に城壁のなごりのようなものがあるのが見えた。鐘の音はそのあたりから聞こえてくる。
よく見てみれば崖の上に柵があり、小さな豆粒のような人の影がたくさん柵にとりついているのが見えた。
(展望台か…)
崖の下の海は濃いブルーだった。
崖に押し寄せた波は岩礁にあたって砕け、あとからくる波におされて海中へ引きこまれる。水泳のターンのように崖下で回転した波が水底をえぐって深い淵を作り、濃い青になっているのだ。
その深い青の向こうにはソーダ水のような水色が点々と見える。
「なんだあの水色のところは?」
思わずつぶやくと、近くにいた地元の男が、あれは渦(うず)だと教えてくれた。
崖の向こう側に急傾斜を下ってくる川があり、勢いよくそそぎ込む川の真水と、打ち寄せる海水と、それらの水の勢いをせき止めるように立つ崖との関係で、渦がいくつも発生するらしい。

男は自慢げに言った。
「あの展望台から見た景色はすばらしいですよ。眼下にはくだけ散る白波と紺碧の淵とターコイズブルーの渦が見える。少し遠くへ目をやれば、素焼き瓦(かわら)のオレンジ色が美しい街並みとこの石浜の青のグラデーションが見える。もっと遠くには海原と船が見える」
なるほど展望台に人が群がっているのも道理だ。
納得していると、その崖から突然白い鳥が飛び立った。
鳥はひらりと空を飛び、崖下からの上昇気流にあおられたのか、いったんふわりと高く浮き上がった。だがそのあとは、行く先を見うしなったかのように、ひらひらと舞い落ちてくる。
(鳥じゃねェ。帽子か?)
と気づいたとき、崖の上でぺかっと何かが光った。
直後、それが崖から飛んだ。

「あのバカッ!」
ゾロはそれを見ながら海岸線を駆け出した。
あれはコックだ。豆粒のようにしか見えなかったが、あれはコックだ。
崖から飛んだ金色は、きれいな放物線をえがいて、ほとんど水しぶきをあげずに着水した。そして波間に浮かんだ白い鳥…いや白い帽子目がけて、抜き手を切って泳ぎだした。

白い帽子は徐々に渦の流れに引き寄せられていく。それをサンジは追っていた。
渦の周囲がどれだけ複雑な流れになっているか、人生のほとんどを海で過ごしたサンジが知らないわけがない。それなのに、サンジは帽子を追って渦へ近づいていく。
胸がさわいだ。小石の浜は走りにくい。よろめきながらゾロは懸命に駆けた。

100メートルも走らぬうちに、白く泡立つ渦の淵に帽子がかかるのが見えた。
渦の流れに乗って帽子がくるっと半回転したところで、サンジが渦の淵に到達した。
金色の頭はあっというまに渦の流れに飲みこまれ、帽子より半周遅れで回転を始め…。
不意に何かに引きずり込まれたようにズボッと沈んだ。
息を飲んだゾロは、一拍置いてようやく叫んだ。
「コックーーーッ!!!!」



(バカコックが! 今日はてめェの誕生日だろうが!!)
ゾロはザブザブと海へ入った。
しかし浜の付近の水位は浅く、泳ぐには不向きだ。しかし走るにしても水の抵抗があって思うように進めない。しぶきばかりが盛大にあがる。
頭上では、静かな海を乱したゾロに抗議するように、かもめがギャーギャーと鳴いている。
「クソッ!」
ゾロは悪態をついた。
おだやかで美しかった海がいま、人間の力など比ではないと見せつけるようにゾロの足をすくう。
(間に合わねェ…) あのバカが!と再び舌打ちしたとたん、渦からはなれた場所にぽかりと金色が浮き上がった。
はっと見れば、サンジが展望台に向かって大きく手を振っている。
その手には白い帽子。
ゾロの身体から力が抜けた。
(そういやアイツ、海ン中を走れるんだった…)
と思い出したのは、浜に向かって泳ぎだしたサンジを出迎えようと海岸線を移動し始めてからだった。

浜へ上がってきたサンジはゾロが腕組みをして立っているのを見止めて、口を『あ』の形に開いた。
「なんだ見ていたのかよ」
そう言いながら彼は帽子を掴んだまま上がってきた。女もののつばの広い帽子だった。
「バカが」
そう言ってやったのに、サンジは、青い海を背にして誇らしげに笑った。
そして、ちょっと持っててくれと帽子をゾロにあずけて、シャツを脱いだ。
ぎゅっと水気をしぼってシャツをひらひらと風になびかせる。下のスボンからは水がしたたったままだ。女の往来も多いここでは、サンジはズボンを脱いでしぼろうとはしないだろう。

「これで靴を買え」
サンジがはだしであることに気づいて腹巻の中からベリー札を2枚わたすと、サンジは目を丸く見開いた。瞳が青い。海の色だ。
この瞳が、彼の背にある海のようにいろいろな蒼に変化するのをゾロは知っている。

ああ、とゾロは思った。
コイツには海がにあう。
思えば紳士服店で青いものばかり目についたのも、無意識にサンジと海を結びつけていたからだろう。

サンジ自身はいろいろな色を見せる。ぺかぺか光る金色の髪、光沢のある乳白色の肌、鼻面を突っ込むと薄紅に色付くうなじ…。
それらの全てがゾロは好きだ。
しかし彼自身が見せる色でなく、彼に一番似つかわしい色は何かと考えたら。
ゾロの頭に浮かぶのはただひとつ。
海の色だ。海の青こそふさわしい。

夜の海の、黒々とした青。
朝の海の、もやのかかった青。
昼の海の、透明な青。
渚の、緑がかった青。
大海原の、深い青。
晴れた海の、明るい青。
曇りの海の、くすんだ青。
嵐の日の、鋼のような青。
今日見た海の青。
昨日見た海の青。
明日見る海の青。
そして…いつか見る、あの海の青。



 ◇ ◇ ◇

夕方から、サニー号の甲板でバースデーパーティが始まった。
今日の料理はメインとケーキがサンジのお手製。
オードブルやサラダやアイスクリームは港のそばのデリカショップやホテルでロビンとナミが調達してきた。
料理を作りたいというサンジと、今日はサンジくんがゲストなのにというナミの意見を折衷したらしい。それで時間があいたサンジが島の観光をしていたというわけだ。

「誕生日おめでとう、サンジ!」
と言って船長が渡したものは肉料理のレシピ。
「これで肉料理作ってくれ!」

ウソップとフランキーが贈ったのはピクルスやジャムの収納にちょうどよいラックだ。
船の揺れでも飛び出さないように設計制作したのはフランキー。ツタやくだものの絵をあしらったのはウソップだ。

ナミとロビンは、今日のお料理が私たちからのプレゼント、とちゃっかりしたところを見せた。
チョッパーはこの島特有のハーブと海藻で作った薬用せっけんを渡した。
ブルックは『今日はサンジさんにもソウルキングになっていただきます』と黄色いのファーをプレゼントして『さあご一緒に!』と船乗りの歌をささげた。
船乗りの間では有名な歌のようで、サンジだけでなくウソップとフランキーも歌に加わった。

ゾロは今までクルーに誕生日プレゼントを贈ったことはないというのにサンジの誕生日にプレゼントを用意したということが今さらになって照れくさかった。
(二人きりの時にこっそり渡そう)
そう思っていたのに。
ウソップとブルックがさかんにゾロをつつく。
ゾロはしぶしぶ腹巻からプレゼントを取り出した。

青いモザイクタイルのなべしき。これはまあ実用性があるとして。
露草色のボタン。水色のタカラガイの貝がら。海の絵がえがかれた古切手。などなど次々と、ナミから見れば『ガラクタ』である物が出てきた。

「青いものばっかりね」
とロビンが言えば、
「海の色だな」
とルフィがすかさず言った。
本当にどうしてうちのキャプテンはこういう時ばかりまとを得たことを言うのか。
「でも、これは透明よ」
とナミは最後に出された小びんを指さした。
透明なガラスの小びんだ。厚めのガラスでできており底は四角い。四面のうち、ひとつの面に魚のレリーフがついている。
「コロンかリキュール? ちがうわね。何も入ってないみたい。サンジくん開けてみて」
ナミは時々しんらつな物言いもするが、自分あてでない贈り物を勝手にさわるような無神経なところはない。
ゾロからプレゼントを贈られたことに驚いて呆けていたサンジは、ナミの言葉にはじかれたように我に返った。
「はいっナミさん!」

サンジは小びんを手にして照明にすかしてながめ、それからコルクの栓をスポンと抜いてみて首をかしげた。
「なんにも入ってねェ…」
サンジは答えをもとめるようにゾロを見た。ほかのメンバーもゾロに注目している。
言わなきゃ伝わらねェか…とゾロは頭をかいた。
「中身はおまえが入れろ。おまえの…『なんとかブルー』の水を…」
言い終わらぬうちに船は、ヒューという口笛と歓声につつまれた。



(了)


「サンジのイメージカラー」がテーマの素敵サン誕企画「colorful party」様への参加作品。イメージカラーを盛り込むこと以外に「誕生日をお祝いすること」が条件になっていたので拙宅誕生日小説にしては珍しくゾロが誕生日プゼントを探しております。なんかもう、書いた私が照れくさい…。
ゾロ自身は、小瓶も含めて青尽くしにしたつもりでいて、ちょっと「どうやー」と自慢げな顔してるんじゃないかと思います。
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(2013.03)