ラヴ・レター


『簡単だろ、野望を捨てることくらい』

思わず叫んだあの言葉を、耳にしたやつはどれだけいるだろう。
だがたとえ耳にしたとしても、皆、目の前の光景に釘付けで、俺の言葉なんて誰も記憶に留めちゃいない。
それだけが救いだった。

冷静にあの言葉を聞かれたら、きっとわかってしまう。
夢を簡単に捨てられずにいるのは、俺なんだと。
自分に向けた言葉だと。

だから。

野望なんざ捨てちまってくれよ、と目の前の剣士に願った。
てめェが野望を捨てたなら、俺もまだ、夢を追うには時期尚早なのだと心に待ったをかけていられる。

それなのに。

「もう二度と負けねェ」と奴は言った。

憎かった。
自分の夢を追うことに、なんの躊躇も無い奴が。
それが自分の道だと簡単に信じて疑わない単純さが。

憎しみで、心臓がばくばく脈打った
俺だって、いつか、いつか、いつか、あの海へ!
今は無理でも、いつかーーーー!

あの姿を見たとたん、普段考えないようにしている「いつか」の日へ、思いが手繰り寄せられていった。




ちっこいキャラベルに乗ったことを後悔はしていない。
出てきちまったのなら、さっさと気持ちを切り替えるタイプだと自分でわかっている。
ただ、それでも今も奴への憎しみは残っている。
船長くらい常識が通用しない奴だと、たびたびの暴言もしょうがねぇなって諦める気になるが、 手が届くところにいる奴だと、逆に許す気にならないもんだ。

きっと一生、俺は、憎んで過ごす。
自分の夢を追うことに、なんの戸惑いも抱いたことのない莫迦を。
それが自分の道だと信じて疑わない単純さを。




…なにをてめぇら、微笑んでいやがる。
あぁ、わかった、言わなくていい。
俺もだいぶ慣れてきたぜ、てめェらの思考回路に。
どうせまた乙女思考に結び付けてんだろ、勝手にしやがれオカマ野郎共。



(了)



昔書いたものをサルベージ。
気に入ってくださったらポチっとお願いします→(web拍手)
(2014.10)