その日の始まりと終わり



「起きろよ、クソ剣士!」

夜中に起こされた。無視を決め込もうと思ったが、額をぺしぺし叩かれたら、文句のひとつも言ってやらねば気がすまねェ。
「なんだってんだ、クソ眉毛! けんか売ろうってのか上等じゃねェか」
自分で言うのもなんだが、これで震えあがらねェ奴はいねェってほどの凶悪なツラで睨んでやった。
まあコックにはあんのじょう効き目がねェ。無いどころか、へらりと笑いながら顔を寄せてきやがった。
俺が身体を引くと、追うように乗り出してくる。
そし唇がふれるほどの距離でコックは言った。
「なあ、お前、今日、誕生日だろ?」
掠れたテノールでささやかれて、身体のまんなかがぐぐっと重くなる。やべェ。
コックはさらに続けて言う。
「俺さまが、とっておきのプレゼントをやろう」
このバカ! なんてェ声でなんてェことを言いやがる。
「あぁ?」と剣呑な声が出たのは、こいつのペースに呑まれないための牽制だ。

「でかい声出すなバカゾロ。みんなが起きちまうじゃねェか。ほれ、ちよっと、そっちへ詰めろ」
中心に熱があつまり始めた俺の前でひらひらと手を振って、コックはボンクの端に寄るように促した。
言われるとおりに端に寄ると、コックがボンクに乗り込んできた。
俺の背中にピタリと張り付いて『どうだ、添い寝だ、粋なプレゼントだろ、嬉しかろう!』と言う。

粋なプレゼント?
添い寝? 添い寝? 添い寝…だけ?
……。

こいつのほうから俺の寝床に入ってくるなんて、確かにもちろん大いに貴重なことではあるけれど。そうだけど。
「狭えよ!!!!!」
いくらコックが俺より細いと言っても無理がある。だいたいコックは俺と並んでるから細く見えるだけで、あれで結構がっしりしているのだ。料理人は重労働だからな。
「俺様の渾身のプレゼントだぞ。嬉しくねェか?」
「そういうことじゃねェ。添い寝は悪かねェが、ボンクの中でするもんじゃねェだろ」
「恥ずかしがることはねェ」
「いや別に恥ずかしがってねェし」

話が噛み合わないのはいつものことだ。
しかしこれだけ騒いでいるのに、誰も起きてこない。狸寝入りかもしれねェがな。

会話をあきらめた俺を、現状肯定とでも判断したのか、コックはもぞもぞと位置を微調整し、おさまりのいい場所を見つけるとピタリと俺の背中に引っ付いた。
それから俺を、ぎゅううっと抱きしめた。

なんだ、可愛いとこあるじゃねェか。
顔が見られねェのが残念だが、俺の身体を固く抱きしめるこの腕は悪くねェ。
照れ屋のコックなりのプレゼントかつ愛情表現なのだと思うと幸せな気持ちにな…
「る」とまで思うまえに、すぴーと寝息が聞こえた。
「寝るのかよ!! 狭いんだよ出てけこのバカ!」
「ぽ…」
「ぽ?」
「ぽんにゃ…」
どこの言葉だそれは。
「おまえのプレゼントは受け取ったから、もう自分のボンクへ戻れ」
引き剥がそうとすると。
「やら」
寝ぼけたままますます、きゅっとしがみついてくる。

やべェ可愛い。キタ。下半身にキタ。
これはヤるしかネェだろ。据え膳を寄越しやがったてめェが悪い。
俺の身体にしがみついている腕をはがして、コックの服を剥いた。
冷気を感じたのか、ぶるんと身体を震わせてコックが目を覚ます。
ゆっくりと、しかし音が聞こえそうにはっきりと数回まばたきしたコックは
「ゾロ……」
俺の名前を呼びながらうっとりと俺を見つめた。
「サンジ…」
日頃は呼ばない名前を呼んだ。
見つめ合ったその直後。
「さみいだろ、このボケェーーーーー!!!!!」
蹴られるかと思いきや、その正反対。がばっとしがみついてこられたのは、不意打ちだった。

「俺の服を剥ぐな!」
さっと服を取り戻して着るや、コックはまたまた俺の背中に張り付いてすぴー。

ああなるほどな。つまり、おまえは湯たんぽが欲しかっただけなのか。
とっておきのプレゼントとか言われて期待した俺がバカだった。こいつの思考は普通じゃねェんだった。



それがその日の始まりで。







終わる頃。



ラウンジには、宴会の片付けをいつまでも続けるコックと、そのラウンジにいつまでも居続ける剣士の姿があった。

「てめェ、まだ飲むの? いつまで飲むの?」
「おまえこそ、まだ片付け終わんねェのか? いつまで片付けすんだ?」
「何それ。片付け終わったら、なんだってんだ。てか、なんで片付け終わるの待ってんだ」
「言われてねェ」

あ、そゆこと…。

なにを言われてないとゾロが主張しているのか、聞かないでもわかってしまうこの日常が愛おしい。
魔獣と呼ばれるこんなやつが、自分のただひとことを待っているのかと思うと愛おしい。

「ゾロ…」
サンジは大切なものを扱うように言葉をそっと舌にのせた。
「おめでとう…」



(了)


ハピバ、ゾロ! って遅すぎる。サン誕まで1ヶ月を切って、ゾロ誕SSて!
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(2016.02)