痛恨の極み



溝のようなところに落ちているコックに、つかまるようにと手を差し出す。
コックはふっと口の端を上げて笑った。
「わりぃ。…動かねぇんだ。」
「あぁ?」
「腕が痺れたみたいになっててよ、触られりゃあ感覚はあるんだが、動かせねぇんだ。」
コックの手が?
何より大事にしている手が動かせねぇだと?

「腕だけじゃねぇ。足も動かねぇんだ。」

とっさに手と足に目を走らせ確認した。
特に外傷はない。背中に食らってるのか?

その俺を見透かすようにコックは言う。
「毒ガスみてぇなのくらっちまった」
「お気楽に笑ってんじゃねェ! 筋弛緩だけじゃねぇだろ、呼吸器やられてんだろうが!」
「へぇ、マリモちゃんにしちゃ、よく気づきましたね」
「おまえ、ちゃんと喋れてると思ってんのか? おれには途切れ途切れにしか聞こえてねぇよ」
知らずに険しい顔になっていたに違いない。
「てめぇがそんな顔するこたぁ、ねぇよ。俺のヘマだ。これも息絶え絶えに聞こえてんのか? 俺様的には流ちょうにしゃべってるつもりなんだが、…」
「もう黙れ」
「そうかそうか…もう虫の息か…どうりでちっとばかり苦しいと思ったぜ」

コックをひっぱりあげようとするがここに着くまでに散々ぶった切ってきて、返り血まみれの俺の手では――まぁちっとは自分の血も混じってるが、そこは返り血としとけ――力を入れれば入れただけかえってぬるぬると滑る。
「アハハ、つるんつるんって滑っちまって……CP9のお姉さまと闘ったときを思い出すぜ」
「笑うな! 気持ち悪ィ!」
「ジェントルサンジ様に向かって気持ち悪ィだと?」
血泡を吹きながら笑ってりゃ気持ち悪ィに決まってんだろ、バカコック。

「クソッ! てめェの手、まったく力が入んねェのかよ」
「アハハ、まったく動かねぇよ」
「気合が足りねェんだ。少しは握り返せ!」
「さすが剣士さま、精神論と来やがった。別に俺も気合入れてねぇわけじゃねぇんだが……もったいねぇよな、一流コックの手だってのに。んでもって足もピクリとも動かねぇんだ…黒足とか言われてんのに」
やばい、こういうことを言い出したバカが次に何を言うかは知れている。

「なぁ、いいかげん有名になっちまった俺らがこれから出会う敵は強い奴らばかりだ。」
ほらきた。
「黙れ。そのうるせェくちばしをちっと閉じてろ」

「てめェだってわかってるだろうが…足手まと…」
「ピーピーうるせェって言ってんだろっ!!!」

「てめェ、耳は聞こえてんだろ! そのクチバシ閉じてよぉく聞け。」
「俺は、蹴りが得物の戦闘員を取り戻しに来たわけでも、腕のいい料理人を取り戻しに来たわけでもねぇ。」
「脚とか手とか関係ねぇ。俺は、おめぇを取り戻しに来たんだ。」

「………」



ようやくコックを引っ張り上げ、担ぎ上げ、追っ手を撒いた。
船に戻ってチョッパーが駆け寄ってきて、ほっとしたのもつかの間、死にかけコックがろくにしゃべれない口でにんまりと言いやがった。

「てめぇさ、俺のこと『腕のいい料理人』って言ったよな?」



「………やっぱ、おまえ………いっぺん死んどけ!!!!!」
鯉口を切った俺をクルーが必至で止めた。

「アハハハ」 コックは血泡を吹きながら高らかに笑いやがった。


(了)


サンジさん、お誕生日おめでとう〜! 喧嘩ップルの二人ですが、今回の勝負はサンちゃんの勝ちのようで…(^^)

気に入ってくださったらポチっとお願いします→(web拍手)
(2020.03)