うさぎうさぎ何見て跳ねる


「うーん、どうすっかなー。てめェは?」
「あー、俺は理系」
「それ、大学でやろうとか思ってんの?」
「高校じゃできねぇだろが」
「そうじゃなくてよ、趣味とかじゃなくて、研究しようって思ってんの?」
「たりめーじゃねェか」
「へぇ…」
「へぇっておまえ、俺の夢知ってるだろうが」
「いや、まあ、うん…」

幼馴染で同級生のゾロの夢は、宇宙へ行くことだ。ガキん時ならいざ知らず、そんな壮大な夢をゾロは今でも追っている。
その夢をゾロが抱いたのは小学生の時だ。
地元の青年団が連れて行ってくれた1泊2日の小中学生キャンプで、ナントカ村という山奥にある青少年施設に行った。そこにかわいらしい天文ドームがあって俺たちは生まれて初めて、空に突き出たクソでかい大砲のような天体望遠鏡で月を見たのだ。
レンズを通してみた月は神々しくて、身体がレンズの向こうに吸い込まれるような不思議な魅力を放っていた。

それからしばらくキャンプに行った数人の間では天文ブームだった。さんざん駄々をこねて、のぞき眼鏡のような筒式の天体望遠鏡を買ってもらった奴もいるし(俺だ)、図書室で天体に関する図鑑を片っ端から借りてみたり、みんなでプラネタリウムに行ってみたり、にわかブームとは言え、それでも俺たちなりに結構真面目だった。

だけど小学生なんてあれもこれも好奇心いっぱいの時期だ。3ヶ月経つか経たないかで、天文への熱はゆるゆると下降線をたどり、半年後にはそれぞれサッカーだの漫画だの模型だのへ興味は移っていった。俺もやっぱり料理のほうが楽しくなって…。
そして最後まで熱心だったゾロも次第に熱が冷めたようで、剣道ひと筋のゾロに戻っていった。
そうして気づいた時には俺たちは天文の話題はちっともしなくなっていた。

それが! 実はゾロの天文熱は冷めていなかったとは! 
周りがすっかり熱が冷め、話を振っても皆が生返事なので話題に出さなかっただけだったのだ。
中学に入ったら、ゾロは剣道部と天文クラブを掛け持ちした。剣道の鍛錬の合間に星を眺めるという器用なことをやってのけた。
いつだったか、てめェは案外器用なんだなと言ったら、てめェだって料理覚える合間にナンパしてるじゃねぇか、と返された。
そうか、ゾロはレディの代わりに星を愛でてるのか、星なんて柔かくもかわいくもねぇのに…。

そんなこんなで、現在高校1年生のゾロはもう堂々と「剣道日本一に一番近い天文オタク」である。
この夏だって海に行って、せっかくかわいい女の子のグループと知り合ったのに、潮の満ち欠けは月と関係があるという話を延々かつ嬉々として語り始めた。始めのうちこそ『なんて知的会話かしら』とぽぉっとなっていた女の子も、ゾロの興味がちっとも自分たちに向かないのについには呆れて去っていった。

今日だって、てめェ文理選択どうしたよ?と、ガキの時からの付き合いで勝手知ったるゾロの家に玄関通らず窓からのこのこ上がりこんだら、ゾロは先週見学に行ってきた天文観測所の写真を見せ始めた。

だが、俺にはその望遠鏡がニュートン式だとかエスカルゴ式だとか言われても、残念ながら、はぁそうですか、としか答えられない。
「エスカルゴ式じゃねぇ、カセグレン式望遠鏡だ」
そう言いながらゾロは、俺たちが最初に見た望遠鏡もこれと同じニュートン・カセグレン切り替えタイプなんだぜ、なんて言って嬉しそうだが、俺にはいつだって話の内容よりも、天文の話をする時のゾロの嬉しそうな顔のほうが数倍魅力的だった。



「で、サンジ、おまえは進路どうすんだ?」
ああ、そうだった。俺たちは今、2年生からのクラス分けのために文理選択をしなくちゃならないのだった。

ゾロの家も俺んとこのジジィも、『遊びもスポーツも勉強も全力でやれ、手を抜くな』という考え方だったから、2人共、このへんの公立では1、2を争う結構なレベルの高校に受かってしまった。
だから当然授業のカリキュラムも進学向けで、1年生の12月には文系コースか理系コースか決めなくてはならない。

大学に進学する気はない。俺の夢は料理人だから。
だけど進学率99%の我が高校には、進学しない生徒向けのクラスはない。文系か理系かどちらかを選択して、予備校並みの受験用スパルタ授業におつき合いしなくてはならない。

ジジィには高校卒業と同時にどっか修行に行けと言われているから(ジジィの言う「どっか」とは国内ではない)高校では語学の選択授業が豊富な文系クラスを選択しておくのが最善策なのだろうけど、俺は迷っていた。
ゾロが理系クラスになって俺が文系クラスになったら、授業内容が別々になる。そうなれば、今までずっと一緒にしてきた定期テスト対策もできなくなる。
夢や趣味や興味がズレてるのは今更だが、ゾロとの接点や共通点がこれ以上少なくなっていくのは寂しい。

高校卒業後に道が分かれるのは、とっくに覚悟していたけど。それはゾロより夢を取るのではなく、その夢を追ってるからこそ俺だとも言える、俺自身のアイデンティティーに関わることだから。
だが、だからこそ、その別れまでの限られた時間、ゾロを見ていたい。
我ながら幼稚な考え方だと思う。
だけど、卒業してもう触れることもない遠くへ分かれてしまったなら吹っ切れるだろうけど、こうして同じ学校にいながら離れているなんてやりきれねぇじゃねェか。

ゾロは簡単に理系を選択して、どんどん自分の道を進んでいく。打ち込んできた剣道と天文とどちらを取るのかと教師に聞かれた時にはしばらく迷っていたが、結局、剣道で鍛えた身体で宇宙へ行く、という途方もない夢をぶち立てた。
俺の夢だって世界一の料理人という、他人から見たら大風呂敷な夢なんだが、ゾロの夢は規模が違う。迷いが無くて、まっすぐで、俺が地球で一番の料理人になる頃、ゾロはそのちっぽけな地球を捨てて、宇宙へ行ってしまうのだろう。



「なあゾロ…てめェが夢中になってる月に、俺は実は、ちっとばかし恨みがあるんだぜ。…あの望遠鏡で見た月が……あんなに綺麗じゃなかったら…」
そう小さくつぶやいた俺を、ゾロは、どういうことだかわからないというように、ポカンと見つめていた。



(了)



この作品は、お題にしたがった創作をするバトンというのをいただいて書いた作品です。お題は「月」でした。
高校生パラレルなんて、高校卒業して久しい私にはとても書けない、なんて思っていたのに書いてしまいました。いまどきの高校生と激しく違っていたら、ごめんなさい。
パラレルですが、心情的には海賊とシンクロしてるつもりの部分もあったり…。

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(2006.11ゾロ誕)