TEXT by 翼嶺様
一夜の戯れ言で構わなかった。 いや、戯れ言でよかった。 ただ後悔だけは残したくなかった。 あの日、傷付きながらも血溜りの上、両の足で踏ん張り立つその姿を目にした時から、ずっと願い、決めていた。 明日をも知れぬ『海賊』だからこそ、今を悔いなく生きたいと、強く思い続けた。 だから知りたかった。 あいつのすべてを、この身に刻み、覚えたかった。 『溜まってんなら、貸してやる』 『酔ってんのか?』 訝しんだ低い声が聞く。 『…酔ってりゃ、互いに言い訳も立つだろう?』 互いに酔うほどの酒なんか飲んでいない。 ただ、他の誘い方が判らない。 『こう言う事に、慣れてんのか?』 『慣れてるかどうか、確かめてみろよ』 太い首に両腕を回し、引き寄せくちづける。 くちびるを重ね合わせたまま、互いの心情を探り合う様に視線を絡ませる。 読む事の叶わない、金褐色の瞳。 その色にさえ、今は煽られるだけだ。 唇が離れると同時に、ぎゆっと強く抱き寄せられた。 『後悔するなよ』 耳元にと低く告げられた言葉に、自分の口元が笑むのが判る。 後悔なんかするワケがない。 欲しがったのは俺だ。 柄を握るその手が、どんな風に肌を愛撫するのか、どんな吐息を吐き出すのか、どんな熱を与えてくれるのか、 知りたがり、欲しがり欲情したのは俺だ。 だから、その傷のない綺麗な背に、腕を回し、その熱い体温を欲しいと思うままに、引き寄せる。 忘れないから…ずっとこの瞬間を覚えているから…。 そして、この泡沫にと、身を焦がされ堕ち続けて行く事を今はまだ知らない。 (了) |
『慣れてるかどうか、確かめてみろよ』…このセリフに、くらっときたのは私だけではありますまい!
海賊の男が海賊の男を誘うのには、媚びた姿態よりも、こんな挑発的なせりふかいい。 いつもながら、シーンの描写が上手すぎです! 翼嶺様、素敵な作品をありがとうございました!! |