2012,11,10-2012,11,11 vol.1/7

ぐう様


1. 11月10日 AM



9:20、AF276便が成田国際空港に着く。ゲートを通って空港内に入った瞬間、何故かふっと醤油の匂いを感じた。日本に帰って初めて吸う空気が醤油の匂いがするなんて、なんだか所帯じみてると思いサンジは少し凹んだ。
到着ゲートを抜けて荷物を受け取り、トランクは宅配便で送る手配をする。
フライト中、飛行機の機内で財布の隅っこにしまってあったスイカを確認しておいた。シャルル・ド・ゴールの空港でいくばくかの現金も日本円に替えてある。尻ポッケに財布を入れてナミさんへのお土産は手に持って、空港から電車に乗って我が家まで帰る。
帰ったって誰が待つわけでもない一人暮らしの1DKなのだが、まずは自宅へ帰らねば。
6ヶ月後の帰宅時を想定して片付けてあった部屋だった。春から6ヵ月、今年の夏をまるっきりの無人で、どうなってるか若干の不安を感じる。何者かに荒らされてるとか誰かが住み着いてるとか、想像するとスペクタクルだがまずそれはないとして、あるとすればアレだ。どんなに部屋をきれいにしてても出るときは出るアレ。アレがオレの部屋で我が物顔に動いているかもしれないってことだ。怖ぇ。チョー怖ぇ。アレが居たら部屋は入れねぇ。
電車に揺られながら、雑誌の最新号の見出しが並んだ吊り広告を眺めて半年振りの話題に浦島たろう状態になったり、渡仏する時には春の装いだったはずの車窓からの風景がすでに冬模様なことに驚愕したり、コートやストールなど暖かい服装に身を包んだ女の子達に見惚れたりしながら、自宅マンションにたどり着く。
玄関のドアを開けてすぐの棚にジェット噴射の殺虫剤が置いてある。半年前に置いておいたんだ。それを握り締めて、一歩一歩周りを確認しつつ部屋へと。
ムッと空気が止まったままの室内。床や壁、天井を確認し、大丈夫と肩をなで下ろして、窓に近づきカーテンを開けた。ベランダへ続く履き出し窓を全開にする。
よどんだ空気が動く。枯葉が落ちているベランダに出る。
6ヶ月ぶりに見る見慣れすぎていた窓からの景色。
ポケットから煙草を出した。
昔から吸ってた銘柄が外国産のものでパリでも容易に手に入るものなのでパリでも同じ銘柄の煙草を吸っていた。今吸わんとしているのはパリでいつも煙草を買う店で買ったものだ。日本に帰って、パリの空気を吸うような気分になるのがちょっと面白い。
ベランダの手すりに凭れて、やっと携帯電話をポケットから取り出した。
速い指先でパネルをタップする。

今帰った。


一言だけメールを打って、送信する。
たった一言。でもそれだけでわかるだろ。
今日は11月10日。明日は11月11日。
明日、会う約束だったよな。
いや、会う約束ではなかったが、会う約束ってことでいいんだよな。

煙草を咥えてベランダから部屋に戻り、室内を検分する。
テーブルや棚に埃がうっすら敷かれている以外何も無い。そういや冷蔵庫の中もからっぽだったっけ。後で買い物に行こう。ベッドはシーツや掛け布団が畳まれて片付けてある。テーブルにぽつんと乗った灰皿を持って、ベッドに座る。と、
携帯のメール着信音が鳴る。
ポケットの携帯を取り出す。
画面を触る。

約束の誕生日プレゼントだが、今遠方に居り、取りにいけない。


「はぁ?」
おもわず声が出た。携帯画面をじっと見つめる。

…春。
桜のしたで言われた台詞を思い出す。
『誕生日に欲しいものがある』と言われた。
欲しいものは『おまえ』。
誕生日プレゼントはオレってことだ。
11月には帰るって約束したんだ。そのとき、誕生日プレゼントにオレをくれってあいつは言った。

で。えーっと、なに?遠方で取りにいけない?

いやいや、遠方に居たのはオレだ。帰ってきたんだよやっと。おめぇオレがどんだけ会いたかったと…。
わけがわからないのでメールで問う。

遠方って、どこ?



ぽあん、ととぼけた着信音とともにその返答が帰ってきた。

京都。



サンジが携帯画面を凝視する。書かれた一言を口に出して言ってみる。
「きょうと」

…きょーーと?!!!