etranger
2012,11,10-2012,11,11 vol.3/7
ぐう様
3. 11月10日 夕暮
湯の中に真っ白な豆腐が清々しく沈む鍋。
きれいに切り揃えられたごぼうと人参のきんぴらごぼう。
柔らかそうなえびいもの煮物。
上に乗った味噌の香りも芳ばしいかぶら蒸し。
野菜のてんぷらが笊にこんもりと盛られている。他にも焼き物、汁物、葱のぬたなど。
広い座敷に置かれた座卓に、秋の味覚がぎっしりと並ぶ。
「おれんち」と言われて連れて来られた(もとい半分オレがナビゲートした)京都市内の古い木造の家は、ゾロの実家ではなかった。コーシロー先生と呼ばれる爺さんと呼ぶには若そうな年配のおじさんが、にこやかに笑ってサンジを招き入れた。隣につややかな黒髪の素敵なおねいさんもいる。サンジはまずそちらからの歓迎に狂気乱舞した。
「こんな素敵なレディがオレを歓迎してくれるなんてっ!」
しばらくその女性に寄り添い、食事の準備を手伝ったりした。ゾロの姿が見えないなぁとは思ったがこの家のどこかにいるんだろうとあまり気にしなかった。人様の御宅に招かれているという緊張感や体裁などが期待していたゾロとの甘い逢瀬を一旦脇に追いやる。キッチンと言うより台所、土間と言った方が似合いの調理場で、慣れているはずの作業が新鮮で楽しい。作業台に乗った籠いっぱいの大粒の栗を見て、作るとすればマロングラッセかモンブランかと楽しく想いをはせた。
コーシロー先生に疲れたろうからと風呂を勧められ、言われるがまま一番風呂をいただいた。脱衣場にそっと浴衣が置かれている。現在の日本における日常とはあまりにかけ離れたニッポン的おもてなしにここは何処だと逆に思った。何故にオレは今ここに。魔法にでもかかったような不思議な気持ちになる。
日本だけど日本じゃねぇ。異国にいた自分としては、数時間前のパリのほうがまだ現実味がある。まぁパリへは仕事で行ってたので異国情緒を味わうどころじゃなかったけど。
異国っていうより、タイムスリップしてしまった感じか?日常生活は現代そのものなのに、ところどころ古い歴史を感じるからそう思うのかな。住んでる人に失礼かもしれないけど、不思議な場所だよな、京都。
そんな事をつらつら思いながら風呂に浸かってさっぱりして、タオルを首から下げて座敷に戻る。
ゾロはやっぱりいない。たしぎさんに聞いてみる。台所で料理を手伝いながら名前を聞いていた。黒髪レディの名はたしぎと言う。
「あの、たしぎさん。ゾロは?」
たしぎが微笑んでいった次の言葉に、サンジはまた入浴中思ったことと同じ異次元を感じた。
「決闘しにいってますよ」
決闘?!
誰と?
何の?
何時代の話をしてるんだ。なんだなんだオレがパリに行ってる間、日本ってそうなってたの?日常で気軽に交わす会話に「ちょっくら決闘しにいってくるわ」て言える世の中になったってこと?この半年で?
ハテナマークでいっぱいのサンジをコーシロー先生とたしぎが冒頭の料理の数々の前に座らせた。
唖然としたままされるがままに座卓に座り、手にコップを持たされ、そのコップに酒をなみなみと注がれる。
ぼんやり従っていたサンジが、あ、とその一升瓶に目を向けた。
「オレあんまり飲めないんで」
コーシロー先生がニコニコと「美味しいよ」と言う。
勧めるので、ふうん?とコップの縁に鼻を寄せた。もとより食べること飲むことは職業柄興味をそそられる。
フルーティな香り。一升瓶を見るからに日本酒だろうに、独特のこってりした甘さを感じない。ちびっと一口飲む。
「わ」
思わず声が出た。これワインだ。白ワイン。ロワールのアレ?いや、こりゃあ…。
先生が美味いでしょうというのにうんうんと頷いた。
美味いや
うれしくなって箸を持つ。卓上いっぱいに並べられた皿のなかでまず気になっていたでっかい唐辛子のてんぷらを取り上げる。
「コレは?」
たしぎが楽しそうに答える。「万願寺とうがらしです」
「まんがんじとうがらし」
どれと口に入れる。
あ、おいしい。辛くない。
たしぎの語る京野菜の説明にうっとりと耳を傾けた。冒頭の料理の食材はほとんど、京野菜で作られたものだった。堀川ごぼう、金時にんじん、蝦芋、聖護寺かぶら、九条葱。
ご当地モノの美味しい酒と美味しいご飯と、きれいなおねいさんに心奪われ、なにやらケットウとかいうものに出かけてしまったゾロのことなどすっかり忘れて(ホントは片隅に思いながら)京都の御宅で晩ご飯をいただいた。
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