2012,11,10-2012,11,11 vol.6/7

ぐう様


6. 11月11日 早朝



目が覚めたら朝だった。
座敷の座布団まくらではなく、その隣の和室に敷かれた布団の上だった。白い障子紙がやさしく朝の光を部屋に落とす。
体を起した。
だるいけど二日酔いはない。一応体をチェックする。何もない、な。何かされれば起きるよな普通。
夜中に目が覚めたとき居た男のことを思い出すが、あれは夢だと思いなおす。
布団から出て立ち上がり、掛け布団の上に乗ったどてらを羽織って障子を開ける。
外は、家の中に縁側で囲って四角く造られた中庭になっていた。
まず目に飛び込んだ赤に驚いた。
庭の真ん中に、大きな紅葉の木。真っ赤な紅葉の枝を庭いっぱいに広げ、まるで燃え盛る炎のように目を焦がした。
もみじの下に剣道の道着を着たゾロがいた。
雨上がりのしっとりと冷えた空気の中、凛と立つ。片手には竹刀。
サンジはここに来て3回目の異次元トリップを感じる。
― ここは何処だ
ゾロがサンジに笑う。
「よお」
サンジはどてらの衿を合わせて丸まり縁側に座り込む。無表情を装って返事を返す。
「どーも」
わざとそっけなく言ったつもりだがその空気を察してくれる相手ではなかった。
「眠れたか?」
普通に聞いてくる。普通に、いつも同じ、いままでどおり居酒屋で会話するのと同じように。サンジはムカついた口調そのままでゾロに問う。
「おまえな、ちょっと聞きたいんだがな」
なんだ?ゾロが縁側に座るサンジを見下ろす。そのアホ面にことさら冷たく尋ねた。
「昨日なにしてたんだ?」
「ああ」
そのことか、と言った顔つきでゾロが笑う。サンジとしては今件に関してこのこと以外何があるんだと怒りを覚える。
「ちょっと野暮用があってな」
「ちょっと野暮用でオレ置き去りかよ。オレぁな、おまえが…」
…いや、おまえに呼ばれてきたわけじゃねぇな。自分で進んで新幹線乗ったんだ。春の約束を守るためだけど、オレはオレのために来たんだ。
黙るサンジに構わずゾロが昨晩不在の言い訳を述べる。
「昨日がチャンスだったから」
チャンス、から始まる話はゾロの幼少の頃から続けていた剣道についての話だった。
小学校からずっと、剣道の道場に通っていることはいつだったか酒酌み交わしながら聞いたことがあった。
「通称、鷹の目と呼ばれてる今一番強いって言われてるヤツがいてな」
「はぁ」
「警視庁の機動隊のエライ人なんだけどな」
「はぁ」
「そいつと昨日の夜、やっと手合わせできることになって」
そのチャンスを見逃すわけにはいかず、相手に指定された場所と時間に従って、ここ京都に来ていたとのこと。この家はゾロが幼少の頃から夏休みとなると世話になっていた遠い親戚の家で、こっちに来たときは居候させてもらっているとのことだった。
「ふうん」
ゾロを見る。剣道、ね。似合ってるけどね、その道着とか。
藍で染められた漆黒の道着が引き締まった体を包む。一重の衿から覗く鎖骨や、袴の下から見えるくるぶしがその片鱗を覗かせて、何故かサンジは少し赤くなった。すらりと伸びた背中がまぶしい。今まで見てきた私服や背広にネクタイよりも、どの姿よりもゾロらしいと思った。
半年前までは知ることもなかったゾロのプライベートの一部を知る。だんだんとゾロを知っていく。去年まで、いや半年までは一緒に酒飲むぐらいしかしてなかった間柄がだんだんと変わっていく。
昨晩聞いたたしぎさんとのやりとりを思いだし、独り言のように聞いた。
「で、決闘して負けたのか」
ゾロが何で知ってるんだと眉をひそめて目を逸らす。地面に落ちた紅葉を見ながら
「次は負けねぇ」
と、昨夜と同じことを言った。お仏壇に報告ってのは?聞きたかったが、なんとなくそれは聞くのをやめた。
二人顔を見合わせる。
頭上にかぶさるように真っ赤な紅葉の枝が伸びる。はらりと二人の間を赤い手のひらが落ちる。
自然に口を付いて出た。

「誕生日おめでとう、ゾロ」

もみじの下で笑う男が、オレに言う。
「やっと会えた」
言われてうれしかった。
ゾロが手を伸ばす。その指先がサンジの頬にあと一ミリで触れるとき
「朝ごはん出来ましたよ」
パタパタとスリッパを鳴らして、たしぎさんが声をかけにやってきた。