桜ちりぢり #3


『殺せ』と絶叫した腹圧で、サンジのペニスがどくんと膨張した。
その感触にゾロが思わず陰茎の根元を握る手を緩める。
サンジの精がびゅくっと勢いよく噴き上がった。同時にサンジの腸壁もぎゅううっと収縮し、ゾロは絞り出されるようにサンジの中に己の欲望を撒き散した。
ゾロが放った白濁液が、ごぼっと淫猥な音を立てる。それは繋がったままの後門から溢れ、白い内腿を伝い始める。
しかし、無理矢理吐精を促されたような気がしてゾロの欲情は収まらない。じゅぼじゅぼと淫らな水音を伴いながら再び男根を抜き差す。
繰り返し激しく腰を打ちつけて、今度こそは己の意志で射精した。
しかし……
「くはっ……っ」
おかしな音を口から吐いて、揺さぶられていた白い身体ががくりと崩れ落ちた。
二人の精液で汚れた畳の上にサンジの身体が沈む。
「おい?」
声をかけるが、血の気を失くした青白い身体はひくりとも動かない。
後口からはまだ、こぷこぷとゾロの精液が溢れ出て滴り、動いてるのはその濁った液だけだった。



 ◇ ◇ ◇

ずるっと耳障りな音がした。
その音によってゾロの意識が、眠りの底からゆっくりと浮上する。
自分の腕の中にあった温もりが離れていくのを感じる。
完全に覚醒しないまま、その温もりを引き寄せようと手を伸ばした。
だが、虚しく空を掴み、手はぱたりと畳の上に落ちた。
その手の動きに「温もり」がひくっと緊張したのが、半分眠っているゾロにも伝わる。
だから、寝た振りを決め込んだ。これ以上、緊張させたくはない。
目を閉じていても「温もり」の主(ぬし)の所動が手に取るようにわかる。

(今、俺をそっと見て、俺が起きているのか探っている…。俺がまた自分に襲い掛かってこないか、俺から目を離さずに、少しずつ俺との間合いを広げている…。息を殺しながら俺から離れていく…)
「温もり」がそろりそろりと遠ざかっていくのが寂しい。
だが、同時にほんの少し安堵を憶えた。
(ああコイツ、もう動けるんだな…)と。

昨晩サンジの身体が崩れ落ちて、動かない身体から流れ出る自分の精液を見るうちに、ゆっくりゆっくりとゾロ自身の意識が戻ってきた。魔物に憑かれたゾロでなく、本来のゾロの意識が。
そして、鬼と化した自分が何をしたかが甦ってくる。
倒れ伏したサンジを見て、殺してしまったかと思った。
そして、身じろぎもしないが、どうやら息はあるようだとわかって、ほんの少し安堵する。
だがすぐに、死人のように冷たい皮膚にゾっとした。
引き剥がした衣服を慌てて掻き集めて冷たい身体を包み、自分の腕の中に入れて温めた。
まるで人形にでもなってしまったかのように意識を手放したままのサンジを抱くうち、自分の温もりとサンジの温もりの堺が徐々にわからなくなって、次第にゾロはまどろんだ。

だから。閉じた目の向こう側でサンジがそっと動いている気配を感じてゾロは、ほんの少し安堵する。
(ああ、コイツ、もう動けるんだな。生きてんな)



着衣の気配のあと、かさりと、今まで聞こえてきた音とは違う音が小さく響いた。
サンジが寺から外へ出たのだろう。
ゾロは薄く目を開けた。
嵐は過ぎ去り、朝もやがかかっている。サンジの気配を追うのに必死で気づかなかったが、朝の早い小鳥たちのさえずりも清々しい明け方だった。
そっと外を見ると、サンジが桜木立の中へ消えていく。
背を丸めて、片足を引き摺るようにしている。
引き摺っているのは、六尺褌を使って柱に結び付けた側の足だ。縛ったまま無理な体勢を強いたから、痛めたに違いなかった。
あの足で山道を下っていくのは難儀だろう。
サンジが消えた木立を見ながら、ゾロはくっと唇を噛んだ。
『いっそ、いっそ……殺せッッ!!!』
そう言ったサンジの声が甦る。その声音の切迫さと悲痛が耳に突き刺さったまま離れない。
ああいう絶叫を俺は知っている。悔しさと悲しさとやり場のない怒りを含んだ絶叫。
――いっそ、俺もコロせ!
数年前、そう叫んだのは、ほかならぬ自分自身だ。



 ◇ ◇ ◇

ゾロの歳が二桁になる前のことだ。嵐が桜を散り乱す晩、隣村への使いから帰ったら、家中血の海だった。数時間前まで自分に温かい笑顔を向けていた家族は肉の塊となっていた。

そのあたり一帯の取りまとめ役だった父と領主の側近の仲が悪いのはおぼろげに知っていた。
だが、突然一家が女中も含めて惨殺されるとは想像するはずもなかった。
目の前がカアッと赤くなり、気づいた時には、側近の家に乗り込んで、家宝の刀三振りを振り回して、近寄る者全てを血祭りにあげていた。
止めようと追いかけてきた者たちも、鬼と化した自分には区別つかずに斬りかかった。
その中には一緒に剣の修行に励んでいた少女もいた。

世の中の道理も不条理も正義も不義も善も悪も判断できないうちに大量の殺戮を憶えさせてしまった身体には鬼が棲む。人間の心が制御しているうちは鬼はおとなくしくしているが、心が乱れ、弱くなった時、暗い穴倉から鬼がぞろりと這い出してくる。
その鬼のせいで、ゾロは大切なものをたくさん無くした。
幼馴染の少女を無くした。友を無くした。家を無くした。故郷を無くした。
鬼は、ゾロを引き取って、ゾロの鬼を一緒に封じようとしてくれた僧たちをも襲った。
誰もがゾロを化け物を見るような目で恐れ疎んじたというのに、僧侶たちは、ゾロをまっとうな道へ戻そうと、仏門を示してくれた。
心を強く穏やかに保つことを教えられ、精神を鍛え、ずっとそこで何も起こらなかったのに、鬼は、6年もたった春の夜、風が轟々と鳴る新月の晩にゾロの裡から現れて、ゾロを乗っ取り血を欲した。
自分の刀が、自分を愛してくれた僧達の血で濡れているのに気づいた時、ゾロは自分の裡の鬼に向かって叫んだ。「いっそ、俺もコロせ!」



 ◇ ◇ ◇

片足を引きずりながら帰っていくサンジの姿は痛々しかった。
追いかけて縋って謝って許しを請うことができたなら、どんなにいいだろうと思った。
だが、たとえそれでサンジが許してくれたとしても、自分自身が己の所業を許せないとわかっている。

ふと柱の近くに放られている布の塊が目に入った。自分の物ではない。
となるとアイツのものだろう。そういえば昨晩着物を剥ぎ取った時、懐から何かが転がり落ちた。それが、あの布だろう。財布だろうか。財布にしては少し大きい。
ゾロは布の塊に近づいてみた。風呂敷だった。何か入っている。
はらりとそれをほどいたら、中味がゾロの足元に落ちた。
――あ……
真新しい足袋と草履……。

どうして天候の悪い昨晩に、サンジがわざわざやってきたのかが、わかった。
草履も下駄もはかずに裸足で立ち回っていたゾロを気遣う素振りは無かったというのに。雨のあとのぬかるみは、素足では滑るうえに気持ち悪かろうと思ったに違いない。
足袋は多分、この前この寺に来た時、寺のささくれた畳でゾロの足が傷ついていたからに違いない。

あいつは最後まで、食いもんを持ってきてやったのに、とも、草履を持ってきてやったのに、とも言わなかった。
自分の親切を仇で返しやがって、というような恨み言は一切言わなかった。
ただ瞳に深い色を湛えて「コロせ」と言っただけだった。

(また、無くした……。押し付けでもなく重たすぎもない、心地よい温かくて優しいものを…)



寺の外は明るい陽光に包まれていた。
地には散り落ちて泥にまみれた無数の桜の花びらがあった。
それらはあちこち折れて拠れて傷になり、泥にまみれ、それでも美しくゾロの目に沁みる。
この花はアイツだ、そして、この花を泥に落とし傷をつけ踏みにじったのは自分だ、とゾロは思った。

「鬼よ、いっそ、俺をコロせ…」
手にした足袋と草履に顔を埋めて、ゾロはつぶやいた。


(了)



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Happy Endでなくて、ごめんなさい。(次の「夏枕」ではHappy Endになります)

2005年年末、アニメSPを見ながら「あ、ゾロ、裸足だ」と思い、ゾロの裸足の足を気遣うのはサンジだろうな、と思ったとたん、この話の大筋とラストの情景が思い浮かびました。
破戒僧ゾロの過去まで妄想しちゃったせいか、この破戒僧と板前に、かなり愛着が湧いています。シリーズとして楽しみにしていただけると幸いです。


[時代ものムダ知識]
褌(ふんどし)…江戸の町で褌と言えば、六尺褌です。一尺は約30cmなので、身の丈よりも、ちょっと長い布でできた褌です。それを少しねじって腰に巻いてから股間をくぐらせます。白の木綿か麻が普通ですが、粋や洒落にこだわる若衆には緋色や紺色や稀に芥子色の縮緬(絹)の褌が好まれたそうです。
手ぬぐいの端に紐をつけたような「越中褌(えっちゅうふんどし)」というものもありますが、これは江戸の庶民の間ではほとんど使用されてなかったようで当時の黄表紙にも殆ど載っていません。
時代劇や芝居の立ち回りなどで着物の裾が割れると股間を覆うように布が下がっているので、越中褌を着用しているかのように見えますが、あれは股間の膨らみが見えると美的でないという芝居心から出来上がったスタイルで、褌の前にエプロンみたいに布をたらしているだけです。時代劇の世界=江戸時代の生活、というわけではないのですね。SFでのお約束やゾロサンでのお約束(夜の晩酌とか)と同じように、時代劇でのお約束、というがあるのです。

菊門…これはもうこの手の話をご覧になるレディには今さらの説明ですが、日本ではアヌスのことを菊門と言っていました。細い花弁が放射状に重なる菊の花が、入口の肉襞に似ているため。