ゾロからの速達 #1


「コックの様子がおかしい。フランキーの手を借りたい」
と書かれた速達が、今日、ナミのところへ届いた。
差出人は、通称『リトルノース』と呼ばれる島で隠遁することになったゾロだ。
ゾロの上陸から約1か月後、迷子癖のあるゾロの監視役という名目で麦わら一味はサンジを船から降ろした。
それが11月の終わりだ。20日ほど前のことだ。
そのサンジの様子がおかしい?
「どういうこと? 様子が変なら普通はチョッパーを呼ぶでしょうに、フランキーを寄越せってなんなの?」
「変になったサンジと変態なフランキーとで、話が通じると思ったのかもしれないわ」
ロビンがさらっとヒドイことを言う。悪気はない。

状況がちっともわからないが、ゾロがこんなふうに手を貸せと言ってくるのは珍しい。なにか深刻なことが起こったに違いない。
ナミは電電虫に手を伸ばしかけた。だが思い直した。
あの二人に、電電虫は通信を傍受されることがあるから出来るだけ使うなと命じたのは自分だ。
リトルノースは中立地域だから島内で賞金首として捕縛されることはないが、居場所が知られるのは良いとは思えない。
こちらの進路が海軍に伝われば待ち伏せされる危険もある。
幸いいつでもリトルノースに行けるようにエターナルポースは確保してあるし、まだ島からそれほど離れていない。
電電虫で連絡するのは中立海域に近づいてからでも遅くない。
それよりも今は、一刻も早くリトルノースへ向かうことが大切だ。
ナミは立ち上がって叫んだ。
「反転よ! 進路はリトルノース!」



 ◇ ◇ ◇

「早く食べろよトーレ! 学校遅れるぞ!」
農場の息子のオクトがやってきた時、トーレはまだ昼ごはんを食べ終えていなかった。
リトルノースの学校は1〜4年生は8時から正午まで、5〜8年生は14時から19時までだ。
オクトとトーレは9月に5年生になったため、授業が午後からになった。
「トーレは相変わらず食べるの遅いなぁ」
「父さんの鍛冶屋を手伝ってたんだよ!」
急かすオクトに言い訳をしながらパンを牛乳で流し込んで、トーレは「行ってきます」と家を出た。

「あ、コックさんだ」
学校へ行く途中、トーレは金髪の男を見て叫んだ。
「コックさんじゃなくてルリさんだろ」
隣りを歩いていたトーレの親友オクトが名前を正す。
「そうなんだけどさ…あの人が来たとき、マリさんがあの人を「コックだ」と俺に紹介したし…」
あの人だって「コックさん」と呼んだら「なんだ?」と答えてくれた。
だからトーレはそういう名前なのだと思ってしばらくそう呼んでいたのだ。
「コック」でなく「ルリ」という名前だとわかった時には、もうトーレの中では「コックさん」が定着してしまっていた。
いまさら「ルリさん」と呼ぶのは「母さん」を「ママ」と呼ぶくらい抵抗がある。

「「あっ!」」
トーレとオクトは同時に叫んだ。コックさんが凍った路面に足を取られて派手にすっ転んだのだ。
バランス感覚に優れた彼が転ぶなんて珍しい。
「大丈夫?」
オクトが近づいて伺うと金髪の男は「クソ!」と言いながら立ち上がり、「おまえは確かライドン牧場のせがれだったよな?」と聞いた。
「そうだよ」とオクトが答える。
「ちょうど良かった。牛乳をひと缶貰いてェんだが、今日はもう余ってねェか?」
「ウチの一斗缶に入れたものは決まったところに配達しちゃうから無いけど、1リットル瓶入りなら有ったよ。それかルリさんちのブリキ缶持ってきてくれれば量り売りもできる」
「そうか。さっそく行ってみるよ。ありがとな!」
そう言って去っていくコックさんは目の下に隈ができていて、なんだか疲れているように見えた。



 ◇ ◇ ◇

ナミの航海術とクー・ド・バーストによって麦わらの一味はわずか1週間でリトルノースに戻ってきた。
入港許可を取るや、水先案内船を待たずに小型艇でチョッパーとフランキーが島に上陸した。
その後サニー号を入港させたナミがウソップを伴って、ゾロとサンジがいるコテージにやってきた。

「で、どうなの、サンジくんは?」
ナミは小声でチョッパーに聞いた。
「ホームシックだな」
「ホームシック? サンジくんが?」
「そういえばこの島の気候はノースブルーとすげェ似てるんだろ?」
気候だけではない。入植者もノースブルー出身者が多く、彼らはノースブルーの風習を持ち込んだため、ますますノーズブルーに似た。
そのためこの島は『リトルノース』と呼ばれるようになったのだ。

「生まれ故郷に似ているから、ノースブルーに帰りたくなっちゃったってこと?」
「違う。ずっと陸にいたから不調なんだ」
「なにそれ? 海に還りたいってこと? そういうホームシック?」
「つまりサンジは『島に入ったままではいけない病』ってことか」
「でも今までそんなことなかったじゃない。サンジくん普通に島に上陸してたわよ」
「そうだけど、今まで3週間も上陸しっぱなしってあったか? 長く上陸してた時も船番したり船番にご飯を作りに行ったりして、サンジはしょっちゅう船に帰っていたよな」
「私たちが離ればなれになってた2年間は?」
「あの時も島民の襲撃から逃れるために小舟で寝たりしてたらしいよ。まあハードな毎日だったらしいから、ホームシックにかかってると気づくヒマが無かったんだろうな」
「そういやアイツ、陸(おか)酔いするんだよな。だからガニ股歩きになるんだ」

要するに。
人生の半分以上を海上で過ごしてきた料理人は、海から長く離れていると不調になるのだ。波に揺られながらでないと眠りさえも浅くなる。
大きくなった麦わら海賊団の食生活を仕切り、恐ろしく強い蹴り足を持つウチの司厨長の弱点は女性だけだと思っていたが、そんな意外な弱点があったとは…と船員たちは思ったそうな。

「と言って海に還ったらゾロの監視は誰がするの?」
「だからフランキーを寄越せって言っただろ」
3人のこそこそ話にゾロが割って入ってきた。そういえばチョッパーと共に上陸したフランキーがいない。
「もうこの島の船大工に交渉に行ってるぜ」
「そうか船さえあればいいのね! ってことはこのコテージは借りなくて済むのかしら?」
ナミの目が金勘定にキラリと光ったが、そうはならなかった。
この島に長期滞在するなら固定住居を決めなくてはならなかった。船の所有も基本的には不可だ。滞在費を踏み倒されたり事件を起こして逃亡されたりすることを防ぐためだ。長期滞在者がヨットや船を楽しみたい場合はレンタルを利用するシステムになっている。しかしそれでは夜は使えない。

「海上レストランなら所有許可が降りるかしら?」
「ナミさん、俺はレストランはやらねェよ。そんなことしたらマリモの面倒見られなくなる」
確かにそれは言えている。料理に関しては手を抜くことを知らない男なのだ。
「だったら夜だけ営業の海上バーってことで船の所有を許可してくれない?」
とナミは島の管理局に掛け合った。
実はバーについてもサンジは渋ったのだがナミが
「バカね建前よ。バーの客はアンタのダーリンただ一人よ」
と言ったのでサンジはもう反論できずに口をぱくぱくするだけだった。

「サンジくん、今日はサニーで寝るといいわ。ゆっくり眠れるわよ」
そういうナミの申し出を、サンジはありったけのハートを飛ばしながら受けた。



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