エゴイスト #1


その日、ゾロは、疑惑を抱えて、酒場で飲んでいた。
もう少ししたら、サンジがこの酒場へ来るはずだ。
(そうしたら、なんと言ってやろうか? それとも、アイツが先に引導をよこしてくるだろうか?)
どれだけ修行を積んでも、世界一の座を手にしても、感情をコントロールするのは難しい。ことに金髪碧眼の料理人のこととなると、10年の付き合いになっても、まだ感情を揺さぶられる。
平和な島での休息日だったはずだ。
だが、今、ゾロの心の中は、様々な感情が渦巻いている。
上陸数日前の船の甲板での出来事が思い出された。

「なるほどなー、頻繁に会ってれば、飽きるのも早いってわけだな」
最初に耳に入ってきたのはそんな言葉だ。
何事だろうと注意を向ければ、古参のウソップの周りに、カモメ新聞を手にした新米&中堅クルーが集まっている。
そのうち「恋についての生物学的一般現象」などというコラムについて言い合っているのだと知れた。つまり。

付き合い始めの1年は相手の全てにドキドキする。
2年目はお互い分かり合える部分ができて盛り上がる。
が、3年目にもなると、いちいち興奮することも減ってくる。

そんなふうに、人の恋心というのは3年だという説らしい。
何かにドキドキする気持ちとは脳内に興奮物質が分泌される現象だが、同じ条件で同じものに同じように脳が興奮できるのは3年が限度だと説くのだ。
その説によると、3年経ったら恋は終わる。恋のドキドキの代わりに温かい愛情が芽生えてくれば若干延長も可能だが、それでもさらに3〜4年後には倦怠期がくるのは当たり前の現象、なのだそうだ。
もっとも、付き合いを続けていけば、適当な頃合で結婚をし、子供ができる。
そんな具合に往年のカップルというのは環境が変わって別の刺激が生まれるから長く続いていくのであって、マンネリな関係なら、普通は3年、長くて6〜7年、永遠など有り得ない、というのが、その説の大筋だった。

「ウソップさんとこ、何年になるんです? 大丈夫っすか?」
「大丈夫に決まってんだろ。俺とカヤはいつも会えるわけじゃないし、倦怠期なんて心配無ェ」
「むしろ会えなさすぎて愛想つかされないかのほうが心配っすよね」
「何、失礼なこと、言ってんだ、てめェは!」
「じゃ、船長と姐さんのとこは?」
「あそこは、船長が何やらかすかわかんねェから、ドキドキしっぱなしだろ!」
「あははは、違いねェ!」
「じゃ、その……大剣豪と司厨長は? 長いんでしょ、あそこも?」
「あー、あいつらのことは、このウソップ様にもわかんねェよ。だいたいあの二人がそうなったってとこからして謎だ」

その言葉を聞いて、ゾロはからかう気になって場に乱入した。
「謎とは言ってくれるじゃねェか。そんなに奇っ怪なことか?」
ウソップの背後で低くそう言ってやった。
シャラリとピアスが揺れる音を聞いたウソップは、しゃきんと固まった。
「いやいやいや、なんでもねェっ!!! おい、おまえら、持ち場にさっさと戻れ!」
ウソップがそんなことを言う前に、ほかの面子はとっくに蜘蛛の子散らすように逃げ出していた。

そう。この船の『そうなったことからして謎』なカップルは、恋は3年説を堂々と覆して驀進中だ。
そんなカップルに今さら波風が立つなんて、誰も思っていなかった。勿論、当の本人達も。



 ◇ ◇ ◇

『倦怠期』『マンネリ』『永遠など有り得ない』…
そんな言葉を苦々しく思い出しながらゾロが何杯目かのグラスを開けたところで、酒場の扉が開いた。
チラリと扉を伺って、待ち人が来たことをゾロは知る。
彼はくるりと酒場を見渡して、それからカツカツとまっすぐ自分のところへやってくる。

見なくても、彼の様子がゾロの脳裏に浮かんだ。身についた料理人魂が頭をもたげるのか、レストランでも酒場でも、飲食関係の店に入ると、彼は背筋をしゃんと伸ばして泳ぐように優雅にテーブルの間を縫って歩くのだ。
いつだったか財政難だからとナミに島でのバイトを取り付けられた料理人は、ベストに黒いロングエプロンをつけて給仕しており、そのすらりとした立ち居振る舞いにしばし見蕩れたものだった。
そんなことを思い出すうち、煙草の香りがゾロの鼻腔をくすぐり、件(くだん)の人物が傍らにストンと座った。
「なんだ、今日は迷わなかったのか。てめェが俺より先に来てるなんて」
揶揄しているようで、その声は柔かい。
いつもと変わらぬ平穏な声音は、むしろゾロの心に苛立ちと疑念と不安を起こしてかき乱す。その心の乱れを隠してゾロは聞いた。
「昨日は、どうしてた? 娼館で羽伸ばしてたか?」
「そんな金、無ェよ。ウチの船、この前乗組員が増えたから、食料費がかさんで貧乏なの知ってんだろ。安宿に泊まるのがせいぜいさ」
「だったら一緒に船に残りゃ良かったじゃねェか」

船長が大所帯を嫌うため、一度にクルーは増えない。それでも古参メンバーを師と仰ぐ輩が徐々に集まり、麦わら一味の人員はそれなりに膨れてきていた。
人員が増えてくると、通常の船では甲板掃除や船番など雑用は下っ端に回ってくるものだ。だが、麦わら海賊団の掃除や船番は、古参や新米の区別無く平等に割り当てられていた。船長のワンマン采配のところもありつつ、意外と民主主義な海賊団なのだ。
そしていつの間にか、船番は力が片寄らないように、中堅2人か新米&古参の二人一組で担当するのが常になっていた。
昨晩はゾロと新米が船番だった。
だから、一緒に残れば良かったのに、と言ったのだ。

「てめェと一緒に残ってちゃ、休めないんだよ。てめェは船番だっておかまいなしにちょっかいかけてきやがるだろ。たまには、ひとりでぐっすり眠らせろってんだ」
「で、昨日は、宿でひとりでぐっすりおねんねってわけか?」
「あ? あぁ…まぁな…」とサンジはあいまいに答えた。
そのとたん、ピキと、ゾロの額に青筋が走った。
「おまえ、俺に隠し事してないか?」
そう言われたサンジは、内心ではひくっと身を震わせたが、表面上は何事も無かったようにせせら笑ってみせた。
「何を隠すって? 隠したって全部、てめェがさらっていくくせに?」
だがゾロは、サンジのそんな言葉では誤魔化されてはくれなかった。
「見たんだぜ。今朝、おまえが女と歩いているところ」
「今朝?」
今度はサンジが微かに身体を強張らせた。
「ああ、今朝だ。俺が嫉妬深いのは、おめェも知ってるだろう。わかってて女を抱いたってことはそれなりの覚悟があるんだろうな?」
怒りを含んだ低い声に、はっとした瞬間、鳩尾(みぞおち)に衝撃を感じて、サンジは気を失った。

目覚めた時の状況は決して愉快なものではなかった。
両手を後ろ手にまとめられた状態で、色街の一角にあるいかにもソレ目的の宿のベッドに転がされていたのだ。

「目ェ覚めたか」
部屋の扉が開いて、ゾロが入ってきた。
「てめっ、どういうつもりだッ!」
鍛えた腹筋を使って上体を起こし、サンジが抗議の声をあげる。
ゾロは冷ややかに答えた。
「だから俺は嫉妬深いんだ。まあ、制裁の前に、一応おめェの言い分も聞いてやるよ。なんで女を抱いた? 惚れたか?」
「レディと歩いていただけで抱いたと言われちゃ叶わねェな」
「見たと言っただろう。詳しく言ってやろうか? 今朝、ある建物から、おまえが出てきた。商売女の店じゃねェ。普通の家だ。おまえに続いて、女が出てきた。その女とてめェは、別れを惜しむように抱き合った。それから二人でちょっと歩いて、路地のところで別れた」

ひくっ、とサンジが息を飲んだ。
『てめェ、そこまで見てたのか?』という表情だ。
だが、サンジの口は表情とは別の言葉を吐いた。
「そりゃ、てめェの見間違いだ」

とたんに空気を裂いて平手が飛んだ。
縛られた身体が、バランスを取れずにベッドに勢いよく沈み込む。
打たれた頬が、火がついたように熱い。
「見間違いだと? 何年おめェを見てきたと思ってんだ!」
見間違える筈が無い。細身とは言え、出会った頃の線の細さが消えて逞しくなった身体も、肩まで伸びた髪も、落ち着きの出てきた物腰も、色香の増した表情も、ゾロが見間違える筈は無かった。

ゾロはサンジを打った手を握り締めた。自分でも咄嗟に手が出たことに驚く。
刀と蹴りの喧嘩はしても、頬を平手で張るなんて、今迄一度もしたことが無かった。
それだけ自分がサンジの言葉に動揺させられたのだと自覚する。
自分の行動を認めず、白々しく「見間違いだ」と誤魔化すサンジの言葉に、酷く裏切られたように感じたのだ。

このサンジの態度では、普通に迫ったのでは、何も白状しないだろう。
ゾロは宿の引き出しから細いロープを取り出した。
「おめェがシラを切るつもりなら、情けは無用だな。この部屋には、いろんなもんが揃ってんだぜ」
横倒しになっていたサンジのシャツの前立てに手を掛け、力一杯左右に引く。
ボタンが弾け飛んで、綺麗に筋肉の乗った肌が露にされた。
その上体をうつ伏せにねじ伏せ、無理矢理屈服の姿勢を取らせて、胸と腕をひとまとめにしてロープを回す。
すでに後ろ手に縛り上げているから、胸縄は拘束としての役割は果たさないのだが、身体に食い込む痛みと、まるで罪人のような扱いが、サンジを苦しめるのだ。

そうして貶めておいて、さらに両脚に乗って下肢の動きを封じ、ボトムをずり降ろし、尻を剥き出しにさせた。
中途半端にすりおろされたボトムが脚の動きを制限する。
ゾロはすかさず剣だこのついたゴツゴツした手を股の間に差し込んだ。
「くっ…」
サンジの喉から呻き声が洩れる。
白い腿の内側をゾロの手が這う。股の間にゾロの手が差し込まれたことで、どうしても腰が持ち上がった。
肩で身体を支え、尻を突き出した格好を取らされて、サンジが逃れようと身体を奮わせた。
だが、押さえつけるゾロの力に叶うはずも無い。

「あ…う…やめろっ…」
尻たぶに両手をかけられ、左右に拡げられていく感覚に、サンジが叫んだ。
「ひっ……」
慣らしてもいない襞が、無理矢理引っ張られて、悲鳴が零れる。
「言えよ、どうして寝たのか」
だが、サンジは首を振って抵抗するばかりだ。

その様子に、ゾロは、ちっ、と舌打ちして尻から手を離した。
裏側から股の間に手を差し入れて、柔かい房を掴む。
「うぁっ!」
大事な部分を乱暴に触られて、痛みとも刺激ともつかない痺れに襲われ、サンジの身体が粟立った。
くたりと萎えていた中心が次第に緩く立ち上がっていく。
その中心にゾロの手が伸ばされる。
「…?」
ゾロの手の感触と同時に、何か違う質感のものがサンジの男根に当たった。
ゾロの手には、髪をまとめるためのヘアーゴムを少し太くしたような伸縮性のある紐が握られていたのだ。
「あっ、何をっ! いやだっ…っ!」
サンジが気づいて身を捩る。
「よせっ!…ゾロッ!…くっ…」
縄に戒められた身体を揺するようにして抵抗するが、ゾロはその紐で、まだ柔かいサンジの中心を絡め取った。
今はまだそれほど締め付けのきつくないその紐がこれから与えてくる苦痛を思うと、それだけで身体がわななく。

「こっからが本番だぜ」
低い声でそう告げたゾロの手が再び双丘にかかり、慎ましく閉じている後孔にローションが垂らされた。


next→