TRUE NORTH #1



ゾロとサンジが抱き合わなくなったのは、いつからだろう。
激しい喧嘩をしたわけでもなく、はっきりと別れ話をしたわけでもなく。 3日とあかずにしていたセックスが週に1回になり、月に1回になり。 そうして気づけば、ふたりが肌を合わせることはなくなっていた。
そうなったきっかけがあったような気もするし、無かったような気もする。
ただ、ふたりとも己の目指すところを掴むのに夢中だった。
だから、特にきまずくなったわけでなく、ただセックスが減ったという変化を、それほど重要視していなかったのだ。

時には互いの身体を思い出して焦がれたし、熱くなったし。
そんな時は、素直に求め合ったり、或いは手淫に頼ったり。
だがゾロが求めてこなければ、サンジからは滅多にゾロにセックスを要求することは無かった。
そんなふうにして、だんだんふたりは抱き合わなくなった。 自分達の関係がもうすっかり「仲間」のそれに戻っていることに気づいたのは、互いのユメが叶った後だった。



「奴ががっついてこなくなった時期ってのは『コイツもう鷹の目と互角に遣り合えるんじゃねェか?』と思える時期にかぶっていてさ。遊びや処理じゃなかったけど、肌と肌の触れ合いは、焦りや不安を落ち着かせる安定剤にもなっていたんだろうと思う」

いつだったか、サンジはウソップにそう語った。

「だから、安定剤がいらなくなるほどアイツに精神力がついたなら、それでいいし大剣豪になるまで禁欲することにしたのかもしれねェし、と思ってたわけよ。んで大剣豪になった時に俺とヤリてェって言ってきたら、俺は優勝賞品じゃねェぞと言って蹴り飛ばして。俺の蹴りに伸されて毒づく大剣豪様に、しゃあねェヤらせてやるかと笑ってやろうと思ってた」

――――どっかで期待してたんだよな、アイツはまだ俺を想ってるんだろうって。

そう言うサンジの表情は屈託無く。 これがもっと切なそうだったり、感情を殺したように無表情だったらいいのにとウソップは思った。そんな、まるでひとつの思い出のような貌で話すんじゃねェ、と言ってやりたかった。





 ◇ ◇ ◇

オールブルーを見つけた料理人は、そこで船を降りるのかというクルーの危惧を軽く蹴り飛ばして、船に残った。
1ヶ月近くいろいろな食材と料理を試して、オールブルーを去ろうというその時に料理人は言ったのだ。

「料理を美味しくするために、一流コックでも手に入れられない調味料があるのを知ってるか? それはその場所の風土だ。
 ウェスト産のコクのある重い飲み口のワインは、ウェストの乾いた大地でこそ一番美味い。それは―――スコールが降るような高温多湿の土地で、どんなに上等のワインを飲んでも重すぎて美味くないように。サワークリームがこってりと入った熱いボルシチが、ジャングルでは胸焼けするように。アラバスタの料理がドラムに合わないように―――
 確かにすべての海の魚が集まるこの海は奇跡であって、限りない探究心を掻き立ててくれる。だが今は、この海が存在した、というだけで満足だ。俺は、その土地と風土に結びついた料理を、もっと知りたい。この海へ来るのは、その後だ。
 何より、てめェらが俺様の食糧管理無しに海を渡るなんて気が気じゃねェよ。オールブルーでレストランなんかのんびりやってられねェぜ」

そうしてサンジのユメがオールブルーの発見で終わらずに、世界の料理を知ってからオールブルーに戻ることに昇華されたのは、クルーの周知のことだった。

だがゾロは大剣豪の座を手に入れたあと、一体どこへ向かうのだろう。
前から余分なことをしゃべらなかったゾロは、大剣豪になって、余計に無口になった。
野望に向かって進んでいた頃のゾロは野望以外のものを背負わないよういろいろなものを削ぎ落としているように見えて、その実ギラギラして粘っこかった。
野望を果たしたゾロは飄々としている。傍の者はそれを「余裕」と呼ぶだろう。だがサンジには、ゾロが何にも興味を示さなくなったように見えた。

てめェは何を考えてる?
そう問いたいココロをサンジはそっと胸にしまっている。
さすが大剣豪、と感じさせるだけの強さも剛さもゾロは持っている。冷静さも戦闘の勘も研ぎ澄まされて、いっそ美しいほどだ。それでもゾロが厭世的に見えるのは何故だろう。



『なぁ、誕生日に欲しいもんあるか?』
まだゾロがサンジを3日と開かずに抱いてた頃、サンジはゾロにそう聞いたことがある。サンジの問いに、欲しいものはなんだろう?と首を傾げたゾロの表情に、あの時、サンジは笑った。自分がなんのお菓子が好きか見極められないで困惑するような子供の顔そのものだったのだ。
だが、今のゾロが、あの時以上に途方にくれてるように見えるのは何故だろう。

バカマリモ、やっぱり、大剣豪になったとき、俺とセックスしときゃ良かったんだ。そうすりゃ、今頃、独りで難しい顔してることもなかっただろうに。

口に乗せない言葉は、いつも大海原の飛沫より儚い。
なのに、ひたひたと溜まっていく。



麦わら海賊団の船は大きくなった。人員も膨れた。
大剣豪になった剣士は、世界一の座を狙う者たちの挑戦を受けるためにたびたび陸に上がるようになった。
オールブルー発見者となった料理人は、ナミの商魂により、王族クラスの結婚式などでその腕を披露することになり、時折船を離れるようになった。
ふたりが得た称号と、大きくなった船は、ゾロとサンジの距離をいっそう広げていった。
ゾロが倒れたのは、そんな折り。半年ぶりにゾロが麦わらの船に戻った時のことだった。



→next