遠月点アダージョ #7


うつ伏せに寝ていたのがサンジにとっての不幸だった。うつ伏せの腰の上に乗られては身動きが取れない。
サンジの背に乗ったままゾロは腰を軸に身体を反転させてサンジの足のほうへ向き直る。長い脚の先の、絞るようにきゅ、とくびれた足首を両の手でそれぞれガッシリと掴んだ。
「てめェの得物はこの脚だろ。てめェの股座に入ったとたんに急所を蹴られたら、たまんねェからな」
その言葉にゾロの意図を悟って、サンジは叫んだ。
「縛る気か、このクソ野郎っ!」
「用心にこしたことはねェだろ」

脚を通しただけで腰のあたりをくつろげていたスラックスは下穿きと共に簡単に引き抜かれた。
剥き出されたサンジの足は、うつぶせ状態のまま膝を折られて尻のほうへたたまれて、足首と大腿部をひとくくりに縛られる。
シーツが何度もビリッと派手な音を立てて裂かれた。
そのシーツで手首も縛られて頭上のベッドヘッドに留められた。
そうしてようやくゾロは、サンジの上から退いて、サンジの身体をぺろんと仰向けにひっくり返した。
「クソ野郎っ!」
「心外だな。俺はてめェの要求に応えてやってるだけだぜ」

シャツにも手が掛かって左右に引きちぎられた。
「てめェのお望みの強姦だ」
低い声が告げてくる。その声に、思わずサンジの身体がひくんと熱くなった。
それを勘違いしたゾロが言う。
「こういうのが好きなのか?」
一瞬何を聞かれたのかわからなかった。次いで、マゾなのかと聞かれたのだと理解した。
マゾの嗜好に難癖つけるつもりはないが、サンジ自身はそんな趣味は無い。相手が野郎なら尚更だ。
だがもとより『強姦してみろ』なんて言ってしまったのは自分だ。今さら、強姦は好みじゃねェ、なんて言えるはずもない。
(それに旅立つコイツのためには、ただの快楽主義者と思わせておくほうが後悔も生まれず良いのかもしれない…)
だからつい、口から肯定の言葉が出た。
「あぁ、そうだな。いいぜ、酷くしても…」

言ったとたんにゾロの気がぶわりと上がった。
怒気だ。
怒っている。
(なんで? なにを怒っている? なにが気に障ったんだ?)
凶悪なまでに膨れた怒気に呑まれてサンジの身体が強張った。
ゾロの眼は、さきほどサンジが渇望した『欲望を隠さずに俺を欲しがる目』ではなく、もっと凶暴で黒い怒りに満ちていた。

その怒りが、サンジの身体に圧し掛かってきた。求めてほしくて自慰にふけったくせに、武骨な指が何の愛撫も無いまま後ろに伸びた時には、反射的に身体が竦んだ。裂かれる痛みをこらえようと、身構えた。が、つぅ、と指先が腹をなでただけで身体がビクンと跳ねた。
「おまえ、怖いのか?」
「怖くねェ!」
対抗心からつい反射的に叫んでいたが、実は怖くて仕方がなかった。たとえゾロが己の本質を失っていなくても、ゾロにとって今の自分は手足を封じるほど警戒している相手だ。そんな相手を、ゾロがどう扱おうとするのか想像もつかない。ゾロが言った「覚悟が有んのか」という言葉の深意を今さらながらサンジは理解した。



ゾロの指が嬲るように後ろの襞を広げる。行為自体は慣れたものなのに怖い。何度も何度も、この指が自分の中をこじあけたはずなのに、初めてのように怖い。
それでも、この手をこの声をこの感触をこのセックスを、一つ残らず覚えておこうと感覚が研ぎ澄まされる。

自分で解したあとの後蕾はゾロの怒張もたやすく呑み込むほど綻んでいるだろうに、指で執拗にクチクチといたぶられる。いきなり引き裂かれるよりもっと辛い、いたたまれない感覚に落とし込んでおいて、ゾロは怒りを孕んだ声で言うのだ。
「船の上でもやらせてるんだろう? 酷くしろなんて言うくらいだもんな」
「てめェが誘うのか? それとも誘われるのか?」
「なんて呼ばれるんだ? 名前教えろよ」

記憶の無ェてめェに名前なんざ呼ばれた日には首くくるね    心の中でそう毒づいた。
(俺の名前なんか、てめェにはなんの価値も無ェくせに。記憶を取り戻すきっかけにもならねェくせに)
だから、冷淡に拒絶してやった。
「教えてやるかよ、クソ野郎」
その酷薄な答えが引き金になったかのように、後孔を嬲っていた指が突然引き抜かれ、手足をきつく縛られたまま股を大きく開かされた。狭い器官に、指など比べ物にならない質量のものが、みしみしと入ってくる。
圧し掛かりながらゾロが吼えた。
「言えよ、全部、言え! てめェの名前も、てめェが俺について知ってることも、すべてだ!」
「そんなもん聞いてもウソかもしれないから信じねぇって、てめェが言ったんだろう!」
「信じるか信じないかは聞いてから決める。それに、こんな状況で、筋の通ったウソなんて考えられるとは思えねェしな」
「てめっ…あぅっ…ひっ…」
中をぐるりとかき回されて、上ずった声が漏れる。
縛られた体勢も強引な挿入も息が詰まるようで苦しい。
だが同時に、待ち望んだゾロの怒張をようやく得て、身体が悦びそうになる。熱い楔を埋め込まれたまま双嚢をもみしだかれると、痺れるような快感が身体を駆け抜ける。

「あぁああっ…」
余分な感情をコイツが感じないように、自分の感情を読み取られないように、と願う理性とはうらはらに、サンジの心と身体はゾロを全霊で求めて震えた。
「…ゾ…ッ!」
思わず名前を呼びそうになって寸前で呑み込む。噛みしめた唇から、名前にならずに押し込められた音が洩れる。
その唇を、湿ったものがなぞった。
びくっと震えて閉じていた目をあけると目の前にゾロの顔があった。
「声出せ」
低くそう言われた。
それでかえって頑なに引き結ばれた唇をゾロは再び舐めた。
「唇噛むな。血が滲んでるだろうが。力抜け。口開けろ」
琥珀の瞳に覗き込まれるのにサンジは息苦しさを覚えた。
仕方無くそろそろと力を抜いて命令に従う。そうでないと、どこまでもこの瞳が迫ってきそうだ。
口を薄く開けて息をつくと、よしよしとでも言うように頬を撫でられた。
ほっと気を抜いたとたんにぐいっと奥を突かれた。
「うわっ」
思わず洩れてしまった声を抑える間もなく、続けざまに腰を使われた。
「あ、あっ…あっ…」
ゴリゴリと敏感なところを擦り上げられて、自慰で2回もイった後で感じやすくなっていたサンジの身体は、あっという間に昇りつめた。
電流にでも打たれたようにびくんと胴震いがきたとたん、ああああーーーーっと高い声が抑えきれずに漏れ、薄い精液が吹き上がった。

(クソ…)
自分ひとりだけイかされて、悔しいことこの上ない。
まだ達していないゾロは、ぐったりと気だるく身体を投げ出すサンジの中に剛直を埋めたまま、言う。
「イった後でも狭ェな、てめェ…」
「……」
「それとも感じてんのか? きゅうきゅう食い締めてくんぜ」
「オロスぞ、ハゲ」
「きちぃけど、あったけェな、てめェん中」
額にはりついたサンジの髪をゾロがそっとかきあげる。
武骨なのに、優しい指使い。
さきほどの怖いほどの怒りは消し飛んで、今、サンジを見下ろす目は切ないような色を帯びて、サンジを戸惑わせる。
(この表情、このしぐさ、なんだ、これは?)
考えようとした途端、再び激しい突き上げが始まって、思考が細切れになる。
「あ、あ、ああっ・・・・」
短く吐き出される息と一緒に、思考も離散した。
そのあとはただ、落ちるような快感と苦痛に飲まれて、サンジは意識を手放した。



 ◇ ◇ ◇

(何やってんだ俺は……感情に呑まれるなんて失態だ…)
サンジを縛り上げたところまでは、まだ状況を判断して警戒する余裕があった。
だが、手足を封じたあとは安心したのか、いつの間にかガードを解いて彼を求めてしまっていた。

苦い気持ちを残したまま、ゾロは刀を取って、サンジの手足の戒めをぶつりと切った。
シーツがばらりと解け、縛られた痕が現れる。ところどころ擦れて血が滲んでいた。
白い四肢に這う赤黒い蛇のような痕は、サンジの受けた苦痛の証としてゾロの目を焼いた。
手足を戒めていたシーツが裁たれても、意識が無いままのサンジの身体は、縛られたままの体勢で、脚を屈折させ手を頭上に投げ出している。
ゾロは、その手をそっと身体に沿わせてやり、膝を伸ばしてやった。

シーツと同化するようにその身体は白い。
だが、顎にはふわふわとした髭が生え、腹は硬い腹筋に覆われている。腕の筋張った筋肉もバネのある脚も、無駄な肉はひとつもなく修練された強さを蓄えている。
背中には大きな傷痕があったのを、ゾロは思い出した。
良く見れば傷痕は背中だけではない。
つまりどこもかしこも、勇猛な男だった。
それなのに、この男の身体に自分は自分を見失うほど熱くなった。

覚醒しないサンジの頬の線を指先でそっと辿った。
上下に起伏する胸を手のひらでそっと撫でた。
腕の内側の皮膚の薄い部分を手の甲でそっと確かめた。
ほんのりとした温かさと、押し返してくる肉の弾力と、手に馴染むしなやかな皮膚―――。それはここしばらくずっと、ゾロに無縁のものだった。

自分は敵も味方も記憶していないまま、追われる身だ。きっと自分は、こうして相手の自由を封じなくては肌を合わせることなど出来ない。
それを思うと、乾いた笑いが口をついた。



雨は知らぬ間に止んでいた。
星が見えぬということは未だ雲がたなびいているということだろうが、雨を降らすほどではないらしい。船乗りの天気予報は結構な的中率のようだ。
しだいに空の片隅がぼんやりと白んできた。日が昇る兆しだ。
お天道さんの昇るほうが谷だ―――とサンジは言っていた。
ゾロは刀を携え、小芋の袋を腹巻にしまって、小屋の扉を開けた。さぁっと冷気が吹き込んでくる。身を切るような冷たさだ。ゾロは戸口から戻って、意識を失ったままのサンジに、少々かび臭いブランケットを掛けなおした。
そして、小屋から静かに出た。



日が昇るほうが谷―――それを初めは忠実に守ってゾロは進んだ。
だが、残してきた男のことが気にかかって仕方がない。
(アイツは何がしたかったんだろう。俺が賞金首だと知っていながら近づいて罠からはずして飯を食わせようとして…)
最初はもっと、こちらにおかまいなしに自分のペースでどんどんコトを運ぶような態度だった。それが、いつからか距離を取るようになった。言いたいことを抑えるような雰囲気になって、一歩退いたようにして、何かを抱えたまま、こちらをそっと伺うようになった。
いったいいつからだろう。何が彼をそうさせたんだろう。

(飯を食えと言って。コックだから食わせるのが仕事だと言って。その時はまだコロコロ表情変えてたはずなんだが…)
いつの間にか、表情も静かなものに変わっていた。
最後に素の表情を見せたのはいつだろう。無理矢理奪った時は無表情じゃいられねェだろうから、そん時は除くとして…。その前に飾らない表情を見せたのは?
考えつつ進むゾロは、いつしか太陽のほうへ向かうことを忘れた。
当然橋にはつかず、盛大に迷っていたのだが、それさえも気づかなかった。

(あぁ、あん時だ…)
時間を追って、サンジの表情を思い出していたゾロは、ふいに思い当たった。
『判断力が鈍っている時は自分が獲ったもの以外食わねぇ』と俺が言った時。
あん時、アイツは、莫迦みたいに呆けていた。
そうだ、あん時以降、どこか感情にフタをしたようなよそよそしさが顕著になった。
なんだろう、あの言葉の何かが気に障ったのだろうか。いや、あのあとはなんだか、アイツは嬉しそうだった。そのくせ、同時に何かを諦めやがった。

何が彼を変えたのだろう―――掘り下げてそれを考えようとしたゾロは、はっと人の気配に気づいた。
独りではない。複数。それも大勢だ。
まとう気配は緊張しているが統率がとれている。
これは里の民たちではないなとゾロは直感した。大方、海軍だ。
自分を狙っているのだろうが、相手の数や武器がわからぬまま対峙するのは得策ではない。
無駄に殺生もしたくない。見つからずに済むのなら、そのほうが良い。

ゾロは一旦、身を隠すことにした。海軍の気配がしないほうへ逸れ、途中で、またくくり罠に掛かったらかなわねェと、手ごろな木に登った。うまいことに上からだと若干距離があっても海兵十数人が移動していく様子がよく見える。
そうしてゾロは海兵が通り過ごすまでやりすごした。

海兵の波がとぎれてからゾロは木を降り、また東へ向かおうとした。と、また、海兵が来る。
咄嗟に草むらに身を隠した時、彼らの会話が聞こえた。
「『海賊狩りのゾロ』が炭焼き小屋に隠れているんだってよ」
「俺たちがかなう敵じゃ無いだろう。本部の応援を待ったほうがいいんじゃないのか」
「××少佐が自分の手柄にしたいんだろ。対決になったらかなわないから、砲撃と銃撃で小屋ごと叩く作戦らしいぜ。DEAD or ALIVEだし、死体でも大手柄だ。俺たちみたいな非番の者までこうして後を追わなくちゃならないとは、かなり本気で首を獲るつもりなんだろうな」

(バーカ、俺はとっくに小屋になんていねェよ)
遠ざかる海兵をそう嘲笑おうとして、気づいた。

―――小屋には、アイツがいる…



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