愛の途中




くっとゾロが喉を鳴らした。
同時に俺の口内にある熱塊がどくんと脈打つ。来る…!
放出されるすべてを受け止めようと俺は身構えたのに、それは俺の口から離れていく。
全部寄越せよ!―――頬張った形のままの唇では言葉にはならなかったが、そんな想いで俺はあいつの手を掴んだ。
直後、顔にびしゃっという感覚。

は、おかしいぜ、俺。野郎の下半身から出された粘液を顔に受けて、嫌じゃねェなんて。



2年前、最後に見たあいつは、海軍のクソ将校の足元で、逃げることもできずに転がってた。
クマにやられた傷が癒えていないボロボロの身体。船長の代わりに、そして俺の代わりに受けた、生きていることが不思議なほどの傷。
そんな満身創痍の身体では、たとえどこかへ飛ばされたとしても、放っておかれればきっと死ぬ。殺されるという瀬戸際で身動きひとつとれなかった身体が動けるはずがねェ。

介抱してくれるような人がいる島に飛ばされただろうか。何か食わせてもらえただろうか。喉の渇きを癒してもらえただろうか。夜の寒さをしのぐ温かいところで休ませてもらえただろうか。

あいつと同じ島に俺を飛ばしてくれなかったクマを俺は恨んだ。
どこへ飛ばされたんだよ、てめェ。今回ばかりは迷子回収もできやしねェ。
この星空をてめェも見てるのか? この海はてめェのいる島に繋がっているのか?
何を食ってる? 何を飲んでる?

俺が作ってやっていると、密かに誇りに思っていたあの身体は、きっともうどこにも無ェんだろう。
俺を抱いた身体もきっとどこにも無ェ。
2年だ。細胞のひとつひとつが俺の知らないものに変わっているだろう。それでも…。
生きていてくれればそれでいい。
誰と懇(ねんご)ろになっていてもいい。俺とのことなんか海の上の過ちだと言ってもいい。

自称「レディ」たちの追撃をかわして、ひとりで夜空を見上げるたび俺は思った。
生きているか、てめェ。





2年ぶりに会ったミドリマンは、左目に傷をこしらえていたが、俺は心底安堵した。
そうか、生きていたか―――

「なぁ、やろうぜ」
2年ぶりに合ったあいつに、セックスを誘ったのは俺。
きっとこれで最後だろう。だって俺たちは気づいてしまった。
俺の飯を食ってなくても、こんなに逞しい身体ができる。
俺の身体に触れてなくても、てめェはこんなに泰然としていられる。
俺たちは離れていても生きていける。強くなれる。

どうせ俺たちは何の約束もせず何も確かめ合わなかった仲だ。それでいい。
けれど最後に、全部寄越せよ。俺の痕跡がまったく残っていない身体だとしても、すみすみまで味わわせろよ。



ひげに引っかかっていた粘液が、重力に負けて口の中に落ちてきた。
苦(にげ)ェ…。
そりゃそうだ。てめぇがくれるもんが甘いわけがねェ。
そう思うのに、俺の髪をくしゃりと撫でる手と、ばかやろうとつぶやく掠れた声は、妙に甘かった。



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