ありったけの
男が神妙な顔で商品を見ている。腕組みをして、ほとんど仇(かたき)を見るように凝視している。
金物屋の店主は声をかけるべきかまよっていた。
男はおよそ金物屋の客に似つかわしくなかった。ゆったりとしたガウン風の服の上からもわかる筋肉質の身体、眼光の鋭さ。なにより腰に差した三本の刀が異彩をはなっている。
逡巡したあげく、店主は意を決して話しかけた。
「何かお探しで?」
「あぁ、鍋だ」
「どんなお鍋をお探しですか?」
「どんなって鍋は鍋だろう?」
「そうですが…あのご用途は?」
「ご用途ってメシを作る以外、ほかになんの用途がある?」
「いえその、ウェストの料理とイーストの料理では使う鍋もちがいますし…
ソースパン? それともずんどう鍋? イーストのゆきひら鍋や土鍋もうちではそろえておりますよ」
店主のセリフに男は、はて?とでもいうように首をかしげた。
これはどうやら女房どのにたのまれて買い物にきたクチだろうと店主は判断した。
「奥様はどんなお料理がお得意ですか? わたくしども、それがわかれば当たらずとも遠からじなものをオススメできると思うのですが」
「奥様じゃねェ。コックだ」
「コック…本職の方ですか…。それはまことに残念ですが、あなたさまよりご本人がお選びになるほうが良いでしょうね」
「そうか…」
「ええ、あなたさまもご商売道具はご自分で選ばれますでしょう?」
確かに言われるとおりだ。人に選んでもらった刀では納得がいかぬ。
「となると食いもんもダメか…」
めずしいスパイスや食材にサンジが目をかがやかせるのはわかっている。
だが、そもそもゾロにはどれがめずしいのかわからない。
それにそういったものならサンジ自身が仕入れている可能性が高い。
金物屋から出ると、まばゆい光がゾロの目を射した。
むかいの店のアーチでは大ぶりの黄色い花が咲きほこっている。そのとなりの素焼き瓦の上ではブーゲンビリアが濃い紅色の花をつけている。花々の間を、ひらひらとチョウが舞う。
10時を回ったばかりだというのに日ざしはキリキリと強く、ゾロは少し歩いただけで汗をかいた。
4〜5日前、次の島はどうやら夏島らしいと言ったのはナミだ。
昼寝をしようとしている時にその声は聞こえたが、夏島だろうが冬島だろうがどうでも良かった。夏島と聞いてまたコックがはしゃいでるな、と思っただけだ。
(露出度の高い服装はナミやロビンで見慣れているだろうに…)
と思いながらゾロはここちよい眠りに身をゆだねようとした。
が、続けて聞こえてきた言葉にゾロはぱちりと目をさました。
「よほどの嵐でもない限り、3月1日の夜か2日の朝には島に着くわ。ログポーズが溜まるのに2日かかるから滞在中にサンジくんのバースデーパーティができるわね」
(バースデー?)
横文字にはうとい剣士だが、バースデーくらいはわかる。
(たんじょうび…)
ゆっくりと、かみしめるように頭の中で反すうし、むくりと起きあがった。
数分後ゾロは男部屋のまんなかで、腕組みをしてどっかりとすわっていた。まわりにはゾロの私物が散乱している。
「探し物か?」
男部屋のすみからウソップがそおっと声をかけた。
ウソップは最初から男部屋にいたのだが、とつぜん入ってきたゾロが、棚やロッカー、小物入れ、ボンクに至るまでそうぞうしい音をたてながらひっくり返すのにおどろいて、ひっそりとようすを見ていたのだ。
ゾロはじろりとウソップを見たあと、あ、と思いついたような表情をして言った。
「金、貸してくれねェか?」
「金? いくらくらい?」
ウソップがけげんな顔で問い返す。
「さあ?」
「さあっておめぇ、なんかほしいもんがあんじゃねェのかよ?」
借金の理由を言うのは少々恥ずかしかったが、
「おめーが人並みに誕生日プレゼント贈ろうと思うようになるなんて…」
とウソップは感激して3千ベリーを貸してくれた。
「でも俺様もプレゼント用の材料買うからよ、貸せるのはそれくれェなんだ。足りねェか?」
「いや十分だ」
実際、その金額でどんなものが買えるのかわからなかったが、ゾロはありがたく受け取った。
◇ ◇ ◇
『人並みに誕生日プレゼント』か…
ゾロは腹巻の上から金をなで、ウソップの言葉を思い出して苦笑いをした。
誕生日を祝う楽しさはメリー号に乗って知った。しかしプレゼントを贈ったことはない。
故郷をあとにして以来、物を贈ることも贈られることもないまま成長してしまったのだ。贈る歓びというのも長く忘れたままでいた。
そんな自分がコックの誕生日プレゼントを探している。誰に強要されたからでもない。自然に何かを贈りたいと思ったのだ。2年の間に積もり積もったものをたくすものがほしくなったのかもしれない。
優秀な航海士の言葉にたがわず、サニー号は3月2日の朝、つまり今朝、島についた。
ゾロはプレゼントを買うために意気揚々と船を降りた。
しかし今はとほうに暮れている。調理道具なら喜ぶだろうというもくろみがあっさりはずれたのだ。
「コック、料理。コック、アホ。コック、女好き…」
コックから連想されるものをつぶいてみるが、ろくなものが出てこない。
一緒に探してやろうか、とウソップは言ってくれた。
けれど初めてあげる誕生日プレゼントだ。何かをあげたいと初めて思った誕生日だ。
人に選んでもらっては意味がない。
「コック、ぐる眉。コック、スーツ…」
そこまでつぶやいてゾロは、着るものならよいかもしれないと思いついた。
タイミングよく、前から若いカップルがやってくる。
「おい、このへんで若い男が着るもんを売ってる店はどこだ?」
いきなり話しかけたゾロに彼らはおびえた表情をしながら、どもりがちに教えてくれた。
ゾロは感謝を示して笑ってみせたが、それがどんなに凶悪面に見えたかはゾロは知るよしもない。
「お、ここか!」
と入った店はカップルが教えた店とはまったく反対方向にあった。しかもカジュアル服でなく紳士服店だ。一番安いネクタイでも8千ベリーはする。
ためいきをつくゾロに、店員がひかえめにたずねてくる。
「ネクタイをお求めですか? ふだん、どんな色のスーツをお召しでいらっしゃいますか?」
「黒か紺…?」
「シャツはどんなお色が多いですか?」
はて、どんな色だっただろうか?
けっこういろいろな色を着ていてどんなものがあったかなんて覚えていない。
はっきり覚えているのは空島の…
「大きな花がついたピンクのバカっぽいシャツだ」
「はぁ…」
店員がゾロの頭の先からつま先までをながめまわした。どうやらピンクのバカっぽいシャツに黒のジャケットを着ているところを想像しているらしい。
どんなチンピラだそりゃ…。っていうか。
「俺じゃねぇ」
「は?」
「ピンクのバカッぽいシャツを着ているのは俺じゃねェ、コックだ」
「あ、プレゼントでいらっしゃいますか?」
「そうだ」
なるほど、と店員はがてんがいったらしい。
「ご予算はいかほどですか?」
「3千ベリーだ」
その答えに店員はうーんと考え込んだ。
やがて店の奥から小さな箱を持ってきた。
「カフスです。これ自体は問題ないのですが、化粧箱が少々ひしゃげてしまいまして。よろしければ3千ベリーでおゆずりいたします。元値は5千ベリー以上したものですよ」
見せられた小箱の中には、何に使うのかゾロには見当もつかない小さな金具が並べられていた。
ナミが時々耳につけている金具に似ている。
2つでひと組らしいから、やっぱり耳飾りだろうか。自分のピアスとはだいぶ形がちがうがこれも男物なんだろうか。
それを耳につけているサンジを想像して、ゾロは言った。
「要らねェ。そんなもんコックは(耳に)つけねェ」
「コック、料理。コック、アホ。コック、女好き…」
再びコックから連想されるものをつぶきながらゾロは歩いていた。
時刻は正午を回り、つやのある緑の葉が明るい午後の光をはね返してきらめいている。
暑い。そして空腹だ。のども乾いている。
しかし予算が少ないとプレゼントの選択肢がせばまるということを、ゾロは洋服屋で知ったのだ。ここで金を使うわけにはいかない。
向こうの四つ辻に見える噴水の水でも飲むか、と思ったやさき、
「おやゾロさん!」
と声を掛けられた。ブルックだ。
「どうしました? なんだかお疲れのようですね」
「今日はコックの誕生日だろ」
「えぇ。わたくしとっても楽しみです。こうしてまた仲間の誕生日を祝える日がくるなんて!」
ブルックは両手をひろげてよろこびを表している。
だがすぐにゾロが浮かない顔をしていることを思い出したようだ。
「どうしました、ゾロさん?」
眼球の入っていない、ぽっかり空いた眼の窪が心配そうにのぞきこんできた。
「なるほど、プレゼントをお探しなんですね」
「あぁ」
ゾロはブルックが買ってくれたライ麦パンと小魚のフライをもぐもぐとほおばりながら短く答えた。
「お金がかかってなくてもよいんじゃないでしょうか。初めてのプレゼントだなんて、私だったらなんでも嬉しい!」
「そうか? でもナミなんか、コックがきれいな花だの貝がらだのプレゼントしても、ちっとも嬉しそうじゃねェぞ」
「ナミさんキビシーーーー!!! でも…、サンジさんはどうでしょう? 花や貝がらだったら喜ばないかたですか?」
「いやアイツはそのへんの石ころだろうが、贈り物だと言って渡されたら、じゃけんにしねェだろうな」
「私もそう思います。だからゾロさんがあげたいと思ったものならなんでもよいんですよ」
「石ころでも?」
「ええ、あなたがサンジさんのために選んだ石ころなら]
→next