うみへ #5
あれはどこの島でのことだっただろう。ウソップとコックと俺の3人でひと部屋割り当てられた小さな安宿から抜け出そうとした俺に勘付いて、コックがシャワールームから首を出した。
『おいクソ剣士、こんな雨の中、どこ行く気だよ』
『どこへ行こうと俺の勝手だ』
『何言ってやがる。てめェがどっか行くんなら俺も行かなくちゃなんねェだろ』
『ついてきてくれって頼んだ覚えはねェ』
『そういうせりふはマトモに船に帰ってこられるやつが言うもんだ。ログが変わっちまわないよう、明日の朝には出港するってナミさんに言われたろ。てめェが自力で朝までにここに帰れるわけねェだろが』
サンジはバタバタとシャワールームから出てきた。ウソップがサンジに服を放ってやるのが視界の端に見えたが、彼を待たずに俺は外へ出た。
俺たちはその時、船の修理のために手近な島に寄港していた。ナミは修理代をケチって、引退したおいぼれの船大工を連れてきたが、見た目のおいぼれ具合に反して腕は確かで、器用なウソップの手伝いもあって、ナミの要望どおり一日余りで補修をしてみせた。ログが変わる前に出港するというのはそういうわけだ。それは俺も理解している。
しかし俺は、宿でゆっくり休むような心境ではなかった。数日前、船が壊れる原因となった戦闘があった。その戦闘で俺は、自分よりも格下だと思って気安く挑んだ敵にてこずったのだ。
体得できたと思った技が相手に効かなかったばかりか、相手の剣筋や呼吸もうまくとらえることができなかった。自分の力量がレベルアップしたような気がしていただけに、こんなはずではないと俺は焦った。かろうじて勝利したが、自分がレベルアップしているのか、それともそれはただの錯覚や自惚れでしかないのか、俺はわからなくなった。
その時の俺は、悔しさと焦りと、なによりも自分への不信で最高に苛立っていた。
日没後に降り出した雨は本降りになって、外で出た俺は瞬く間に濡れ鼠になった。それでもかまわずにひたすらに歩く。頭を冷やすのにはちょうどよい。雨宿りなんぞすれば、宿へ帰る恰好の理由をコックに提供するようで業腹だ。後ろからサンジがついてきているのがわかっていた俺は、意地になって土砂降りの雨の中を歩いた。
どれぐらいそうして歩いただろう。後ろでカチンカチンと金属をすり合わせる音がした。コックが上着の内ポケットからタバコを取り出して火を点けようとしたのがわかった。だが雨のせいでなかなかタバコに火が点かないようで、くりかえし音がする。
とうとう焦れて、サンジがチッと盛大に舌打ちをした。
その舌打ちがひどく癇に障った。自分に対しての舌打ちなのではないとわかっている。しかしイライラした気持ちを抱えていた俺の腹に、急速に不愉快さが競りあがってきた。
『ついてくんな、クソコック! 宿にいりゃあタバコが湿ることもねェんだよ!』
俺は振り向きざまに怒鳴った。
もちろんコックは、ついてくるなと言われて、ハイそうですかと帰るようなタマじゃあねェ。
やや距離を置いて俺を見ているコックに向かって俺は駆け寄り、さっと手を振り上げ、近寄ってきたサンジの口元から、ようやく火がついたばかりのタバコを勢いよくはたき落とした。
『バカッ! 火、点いてんだぜ!』
サンジが抗議したが、俺は言い放った。
『帰れ! うぜェんだよ!』
俺のけんまくに目を丸くしてサンジは一瞬ぽかんとした表情をした。あほっぽい表情に俺の溜飲は少し下がったが、次のサンジのことばで、今度は俺が呆然とすることになる。
『てめェ、飲みに行くつもりで出てきたんだろうがよ、今この島は宗教上の理由で禁酒期間だぜ。どこの酒場もやってねェよ』
『なんだよそりゃ…』
どこかで酒でも飲んで気持ちを晴らそうという思惑が大いに外れた。
急に肩透かしをくらったような感じで、いからせていた肩が、ため息とともに脱力した。気持ちはぐるぐると渦巻いているが、落としどころを探しあぐねて、困惑のほうが勝った。
『だから帰ろうぜ馬鹿マリモ。つーか、ここどこだ? てめェを見失わないようにくっついてきちまったら俺も迷子になっちまった』
サンジが苦笑する。
まぁとにかくどっか雨宿りしようと促されて、行くあてを失った俺は、しぶしぶサンジに従い、ひさしが出ている路地裏に身を寄せた。
『ほら、手を見せてみろ。タバコの火で火傷してねェか? 刀を握る手だろうが馬鹿マリモ』
その声がいつになく優しい声音に聞こえて、俺はみじめな気持ちになった。みじめさを認めるのが嫌で、俺はまた苛立った。まったくもって八つ当たりだ。
サンジは俺のてのひらを確かめようと白い手を伸ばしてきた。その手をむんずと掴んだ。
『慰めるんならコッチだろ』
両手を縫いとめるように壁に押し付けて、顎から頬にかけてべろりと舐めた。サンジがびくりと身体を震わせた。驚いたようなすくんだような揺らぎを瞳の中に見つけて、胸がすくような気がした。むくむくと攻撃的な気持ちが沸いてくる。
サンジは即座に俺の不穏さに気づいたようだ。
だが奴が抵抗をはじめるより早く、俺は白い喉に顔を埋めた。喉は急所だ。さすがに奴も身体をこわばらせた。
歯を立てたら食い破れそうなやわらかい喉に唇を押し付けながら、背中とボトムのすき間に手を突っ込む。俺を追うために慌てて服をひっかけて出てきたコックは、いつもなら俺の手をはばむベルトをしていなかった。
俺は背中側から差し入れた手を早急に下履きの下にもぐりこませた。滑らかな肌をてのひらに感じながらケツを揉み、割れ目をたどって後ろの襞をこするとサンジがくぐもったうめき声を立てた。
が、大人しくしているような男ではない。
『痛っってッ! このクソコック!』
ガンと脛を蹴られて今度は俺が呻いた。
間合いをつめれば蹴りは出せないなんて、格闘したことがない奴の思い込みだ。足は前に出すだけでなく左右に振ることができるのだ。
外側に開いた脚をサンジはふりこのように揺らして俺の脛を側面からしたたかに蹴った。
吹っ飛ばすほど強く蹴られなかったのは奴の手を握っていたからだ。ふっとばす勢いで蹴っていたら、手首を掴まれたコック自身の肩が脱臼するから奴は自衛のために加減したのだ。
だがそんな弱めの蹴りでも・・・いや奴の力量にしては弱めってだけで、結局のところ至近距離から向う脛を強烈に蹴られた俺は十分なダメージを被り、俺が痛みに飛び上がりかけた隙にサンジは手の束縛を振りほどき、体制を入れ替えた。
俺をどんと壁に押し付けるや。
『濡らしもせずに突っ込むつもりかよ。このケダモノ!』
今度こそ、自分の手や肩をかばうことなく蹴りが飛んでくるのかと思ったら、奴は俺を壁に張り付かせて、俺の前にひざまづいた。俺の下着に手を入れてペニスを取り出す。
俺は驚いて身体を硬くした。まさかこんな路地裏で彼が奉仕を始めるとは思わなかったのだ。
『なんだ、がっついてんのかと思ったらそうでもねェな』
まだやわらかいソレが両手で包むように触れられる。
ゆるゆると撫でさすってから先端をそっと舐められて半勃ちだったものがピクンと持ち上がる。
奴は満足げにニヤリと笑って、ゆっくりと口に含んだ。あやすように舌で転がされた。
やわらかくて温かいものが俺を包んでいる。突き上げたくて仕方なくなって、結局俺は、奴の後頭部を抑えながら腰を使った。
何度か胴震いをして奴の口の中に放つ。
俺のを奥まで含んでいたせいで飲み下せなかった白濁液がコックの口の端からこぼれてきた。奴の喉がヒッともケッともつかない、くぐもった変な濁音を立てて苦しげに上下した。ぎょっとして、俺はブツを慌てて引き抜いた。それがかえって喉に刺激を与えてしまったようで、とたんにコックが激しく咳き込んだ。
『バカッ…急に…動くなッッ…』
コックは毒づきながら、げほげほと咳を繰り返す。口から粘つく唾液が垂れ落ちる。
身体を丸めて苦しそうに咳き込む背中をさすってやろうと手を伸ばした。上着に触れたとたんにハッとした。コックの上着はぐっしょりと水を含んでいた。俺の前にひざまづいたことで、身体がひさしの外へ出てしまったのだ。自分が我を忘れて快感に溺れている間、コイツはずっと雨に打たれていたのだ。
雨なんて気にもしない奴だとは知っている。そんなことで身体を壊すようなやわなつくりをしていないこともしっている。それでも淫欲も快楽も攻撃欲も支配欲も去ってみると、残るのは悔恨の念だけだった。
『悪かった…』
『謝るな阿呆。強要されて銜えたわけじゃねェ。どうしてもてめェの気がすまねぇって言うんなら今度はてめェが俺を気持ちよくしろよ。おっと外じゃごめんだぜ。ちゃんとベッドでな』
サンジはくいっと顎をしゃくってみせた。少し先に、ぼんやりした小さな灯りに照らされた看板が見えた。
『酒場は閉まっているのに、連れ込み宿は営業してんのかよ』
『こういう日のほうがかえって繁盛すんじゃねェの?』
なるほどそうかもしれない。
宿の亭主はずぶぬれの俺たちに嫌な顔をしたが、サンジが『ベッドは濡らさねェって言ってんだろ』とにらんだら慌てて部屋の鍵を放ってよこした。あいつはへらへらしてりゃあ優男に見えるが、もともとは気が短い暴力コックだからな。
部屋は質素だが清潔だった。
バスルームはなく、半畳ほどの狭いシャワーブースがついているだけだったので、俺はシャワーの順番をサンジに譲った。俺よりずっと濡れていたからだ。
サンジのシャワーのあと、俺がシャワーを浴びて出てくると、サンジはバスタオルを腰に巻いただけの格好でタバコをふかしていた。バスローブなんて気が利いたものは無かったのだ。
『こういうとこならもしかして客用の酒があるんじゃねェかと思って探してみたけどよ、水とインスタントのコーヒーしか無ェわ』
サンジはてのひらを上に向けて肩をすくめた。
『それでいい』
『それってどっちだよ?』
『コーヒー』
コックが淹れたものならなんでもうまい。ほどなくインスタントとは思えぬ良い香りが漂ってきた。どういう手品だろうといつも思う。
サンジはタバコを2本、うまそうに吸ったあと、コーヒーを飲みながら服をタオルではさんでパンパンと叩いている。水気をタオルに移らせて、服の形を整えながらハンガーにかける。ボクサーパンツまでしわを伸ばしてハンガーにかける姿はけっこう間抜けだ。
俺がニヤニヤしながら見ているとサンジが振り返った。
『なにニヤけてんだ。やらしい奴』
『誤解だ。てめェの身体見てニヤけたんじゃねェ。やってることがあんまりアホっぽいから笑ったんだ。だいたい、てめェが気持ちよくしろってここに誘ったんだろ。なのに、やらしい奴と咎められるいわれは無ェ』
『フーン、で、気持ちよくしてくれんの?』
サンジはタバコを灰皿でもみ消してベッドに横たわった。俺は覆いかぶさるようにして彼に近づき、唇を寄せた。だがサンジは困ったような複雑な表情をしている。
『無理すんなよ。気持ちよくしろって言ったのは、そうでも言わないとテメェがいつまでもしけたツラしてたからだ』
サンジが俺の股間を掴んだ。そこはちっとも硬くなくて柔らかいままだ。俺がその気になっていないことなどお見通しだったのだ。
俺はため息をついてサンジのとなりに寝転がった。
今夜は酒にもセックスにも溺れられないようだ。自分の気持ちをごまかすなということだろうか。
その夜、俺ははじめて、コックにくいなの話をした。
『俺の野望、知ってるだろ』
『知らねぇわけねぇだろ。てめぇに俺が会ったの、いつだと思ってんだ。てめぇが鷹の目にばっさりやられた日だぜ』
『ばっさり言うな』
『ばっさりはばっさりだろうが』
「俺の野望は、確かに俺の野望なんだが、それだけじゃねぇ。大事な約束だ』
約束だから破るわけにはいかない。野望だというだけならば、果たせなくても全力を尽くしたなら納得できるかもしれない。だが、約束だから、果たさなくてはならない。
『命日だったんだ。この前の、戦闘の日。そんな日に格下の敵にてこずってよ…』
だから余計に俺は荒れたのだとまで言わずともサンジはわかったようだった。『そうか…』と言ったきり、ゆっくりと煙を吐き出した。
『俺はさ、ジジィんとこにいた時はすっげェ気が短くてさ』
『気が短いのは今も変わらねェだろうが…』
『単純にすぐ怒るってことだけじゃなくて、結果がなかなか出ないとイライラして八つ当たりして焦って不安になって…自分で自分をもてあましてたよ。てめェ見てるとさ、そういうの、ぜんぜん無さそうで、すげーむかついた』
『そんなわけねぇだろ。俺だって不安になるし焦るし・・・・』
『うん、おまえもそういうのあるんだなって、最近わかった。なあゾロ、人生は理不尽だよな。まじめに働いてる奴だろうがレディを泣かせてふんぞり返っている奴だろうが、等しく嵐に遭う。みんなそろって海の藻屑になっちまう。理不尽で悲しくて悔しい。てめぇはここまで自分で決めて自分で勝ち取ってきたつもりかもしれねぇけど、100%自分の思い通りに行く人生なんてないんだぜ』
『そうだな。くいなだってあんなふうに自分の人生が終わるとは思ってもみなかっただろうよ』
『それと同じく、着実な道なんてもんもねぇ。遠回りしたように見えて、後から見ればそれが最短距離だったかもしれねぇ。近道に見えて実は行き止まりかもしれねぇ。俺の夢なんて、オールブルーが遠ざかっているのか近くまで来ているのかさえわかんねぇ。わかってることは、今いる海じゃねぇってことだけだ。今いる海じゃねぇなら、行くしかねぇだろ。近づいてんのか遠ざかってんのかわからなくても、遠回りしてるのか近道してるのかわからなくても、俺は行くだけだ。オールブルーを目指して』
俺はサンジを抱きしめた。敵に対しては頭脳戦を繰り広げることも多いコックの夢が、どんな鍛錬も計画も策略も役に立たず、ただ海を渡っていくしか方法はないなんて…。なんて馬鹿で一途で切なくて美しい夢だろう。
それから俺たちは抱き合った。俺はコックにキスをする。サンジが応えてきて、舌が絡まる。口内にはコーヒーとタバコの味が残っている。どちらも苦いはずなのに甘露に感じる意味を俺は知っている。
部屋の中に水音が満ちた。存分に舌を絡めているとサンジがまた、俺の股間に手を伸ばしてきた。今度は硬くはりつめたものに当たって、サンジが目を丸くする。
サンジの手はバスタオルの上から俺を撫で、すぐにバスタオルを解いてじかに触れてきた。上下に何回かしごき、カリの部分を優しく撫でる。嚢のほうにも手を伸ばして揉みしだかれた。気持ちがいい。
『阿呆、俺を気持ちよくしてんじゃネェよ。おまえが気持ちよくなるんだろ?』
耳をべろりと舐めてやると、白い身体がぴくんとすくむ。耳やうなじはサンジの弱い部分だ。
イヤイヤするように首を振りながらずり上がる身体を押さえ込んで責めれば、すぐに身体が粟立ってきた。
首筋、乳首と愛撫してやれば、こらえきれない吐息がこぼれ出す。ペニスも立ち上がって蜜をこぼし始めた。
互いのペニスをなすりつけるようにしてやると、サンジがうっとりとつぶやいた。
『気持ちいい・・・』
『あおるなよ。我慢できなくなるだろう?』
『我慢すんなよ、ばか』
サンジの腕に引き寄せられて俺はサンジの中に入った。そこは温かくて蕩けていて、俺の苛立ちも焦りも、サンジの中に溶けていった。
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(2023サン誕によせて)