淫獄のプリンス   #3 風船



世の中に名を成す方々は共通して、強い意志と行動力を持っています。勿論、それだけで大物になれるわけではありませんし、生まれつき権力を手にしている者もいますが、人を束ね、大きな力を得る方々には大概、自分の野望や信念への執念とも執着とも言えるほどの強いこだわりがあります。その執着心やこだわりは、日常の端々にも現れ、ことに人間の一番野生に近い部分である食欲や肉欲に垣間見えることがあります。

今まで私は、クロコダイル様は、食にも色にもそれほど目立ったこだわりがある方とはお見受けしておりませんでした。どうやらそれは見当違いだったようです。いえ、むしろ、クロコダイル様を満足させられるだけの者がいなかっただけなのでしょう。

今、クロコダイル様は、Mr.プリンスに大変な執着を見せておられます。一見、そうは見えませんが、クロコダイル様がMr.プリンスを嬲ることに、深く情熱を注いでいらっしゃることが感じられます。そうでなければ、Mr.プリンスは、とうの昔に指・手・足…と順に切断され、火にあぶられ、眼球をくりぬかれるような拷問にあっていることでしょう。クロコダイル様は、Mr.プリンスの口を割らせることよりも、それを口実に、彼を嬲ることに執着していらっしゃるのです。



さて、考察はこれくらいにして、仕事に取り掛かりましょう。

私は長い管を手に取りました。管の片端には、親指大の涙型のものがついています。表面がぼこぼことうねっていて、ちょうどグリーンアスパラガスの先端を少し大きくしたような感じです。そして管の途中には形も大きさもレモンのようなものがついております。このレモンの形状のものは、簡単に言えばポンプです。これを握ったり離したりを繰り返すことで、空気が送られ、グリーンアスパラ部分が徐々に膨らんでまいります。

察しのいい方には、もうお解りでしょう。私が手にしているものは、いわゆる「バルーン」と呼ばれるアナル拡張器です。前回、3日3晩に渡って後孔をディルドで可愛がってあげたにも関わらず、Mr.プリンスの器官は、ディルドを抜いてしまうと、短時間で元の狭さに戻ってしまうのです。

それを確かめたクロコダイル様は、「性格同様、孔も頑なだな」とお笑いになり、今度はバルーンを銜え込ませておくようにとおっしゃったのです。



バルーンにたっぷりと潤滑剤を塗って、Mr.プリンスの淡い花襞に押し当てます。Mr.プリンスは、きゅうっと肛門に力を入れて、異物を入れさせまいとします。が、私も大分、彼の身体のことがわかってきておりましたので、彼の内股をするりと撫でてやります。そうすると、彼の身体はひくんと跳ねて、一瞬無防備になるのです。その隙を狙って、私は、バルーンを埋め込ませました。

「クソッ…」

Mr.プリンスが悔しそうに毒づきました。こういう時のMr.プリンスは、まるで、自分のヘマに舌打ちするような表情で、私には、とても可愛らしく見えます。激痛を与えるのではなく、嬲って泣かせて屈辱に顔を歪ませたいという、クロコダイル様のお気持ちが解るような気が致します。



バルーンを埋め込み終わった私は、仰向けで四肢を広げた格好で留められたMr.プリンスの腰の下にクッションをあてがいました。こうすると腰が持ちあがって、バルーンを飲み込んで広げられている部分がよく見えます。次に照明を操作するレバーをいじって、全体の照明を落とし、Mr.プリンスのところにだけスポットライトが当たるように致しました。こうしますとMr.プリンスの筋肉や乳首や恥部の凹凸がくっきりと浮かび上がるのです。

ご自分がこの部屋にお着きになる前に、この格好にさせておけと命じたのは勿論クロコダイル様ですが、照明の演出は私が思いつきで行ったものです。この演出は大層クロコダイル様のお気に召したようで、入ってくるなりクロコダイル様は満足気に私を誉めてくださいました。



「今日もいい格好だな。プリンスがそんなはしたない格好をしていていいのか?」

クロコダイル様は、にやにやと笑いながら、Mr.プリンスの髪をなでました。Mr.プリンスは頭をぶんぶんと振って、その手から逃れようとします。

「その薄汚ェ手を離しやがれ!」

相変わらずの言葉がクロコダイル様に投げつけられましたが、クロコダイル様は、楽しそうに笑っておられます。身体も命もクロコダイル様の手の内にあるというのに、いつまでも暴れるのが愉快だという表情でいらっしゃいます。

「乱暴な口を利いていられるのも今のうちだ」

そうおっしゃって、クロコダイル様はMr.プリンスの脚の間に移動しました。途端にMr.プリンスが緊張します。バルーンの管にちょっと触れただけで、ひくりと震えました。クロコダイル様がレモン型のポンプをゆっくりと握ると、Mr.プリンスが、ぐ、と奥歯を噛みしめました。

バルーンは電動で空気を送り込むこともできるのですが、手動でポンプを握るほうが、空気を送る早さも量も、自分の手加減次第。Mr.プリンスの表情や反応を見ながら、彼の股の間で強く弱くレモン型ポンプを押しつぶすほうが数倍楽しいのは言うまでもありません。ゆっくりと広がっていくバルーンの圧迫感にMr.プリンスはじっとりと汗をかきながら耐えています。バルーンはまったくもって「拡張」だけを目的としていますから、快感は与えられません。異物感と圧迫感、そして腸内で次第に広がっていくことへの恐怖、それらがMr.プリンスを苛(さいな)みます。

「く…う、う、は……うぅあ…」

Mr.プリンスが苦しげに呻きます。内臓が押し上げられて、胃を圧迫します。こうなると腹式呼吸は困難で、胸式呼吸でも浅い呼吸を繰り返すしかできません。呼吸困難だけでも人はパニックに陥りやすいものですが、Mr.プリンスの場合、クッションで腰を高く持ち上げられているせいで、バルーンが膨らむにつれ、腹部が盛り上がっていく様が見えるという視覚的恐怖と腸を押し広げられる苦痛が加わります。

「いやだ、やめろ、やめてくれっ!」
ついにMr.プリンスが叫びました。

「どこの組織のさしがねだ?」
クロコダイル様が尋ねると、Mr.プリンスは「組織になんか属してねェ」と答えます。

「答えられないのなら、仕方ないな」
クロコダイル様は再びゆっくりとポンプを握りこみます。Mr.プリンスの身体が、痙攣したように震えました。いまやMr.プリンスの全身は総毛立ち、冷たい汗でびっしりと濡れております。さらに2、3度空気が送り込まれ、Mr.プリンスが目を見開き身体を仰け反らせて痙攣し、いわゆるパニック症状を起こしかけたところで、クロコダイル様はバルーンの空気を少し抜きました。

「発狂させちまったら、おもしろくないからな」

クロコダイル様は、そうおっしゃりながら、最初の時のように、Mr.プリンスの髪をなでました。でも、Mr.プリンスのほうは、その時のように抵抗する気力も悪態を付く元気も残っていません。目は大きく見開いたまま、はぁはぁと荒い息を吐いています。

「今まで辱めしか与えなかったら、なめてかかってただろうが、これでよくわかっただろう、お前を生かすも殺すも狂わすのも、俺の気持ち次第だと」







クロコダイル様はお忙しい方なので、いつもなら、ひとつの責め苦が終われば、クロコダイル様はお帰りになります。でも、その日はそれで終わりませんでした。バルーンによる責めは、次への前戯にすぎなかったのです。



(#3風船/了)

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え、物足りない? 前戯なので軽め、ってことでご容赦ください。と言って、次を過大に期待されても困るのだけど。。