修羅の贄 #4




「後を頼む」
そう言った主(あるじ)の背中をロビンは追いかけた。
「ご出立を明日に伸ばすことは出来ませんか?」
「北海の国を負かしたと言っても、そこを我が属国とするには殿上人の承認が必要なのはわかっているだろう?」

それはロビンもわかっている。
地方にどれだけ力を持った豪将が現れても、全体を統治する政(まつりごと)は殿上人の手中にあり、殿上人の首長の勅令や言葉は絶対的威力があった。彼らがロロノアを北海国の支配者として認めなければ、世間もそれを認めない。だからロロノアが急くのは道理だ。
それがわかっていてもロビンはやはり思うのだ。せめて黒足殿の意識が戻ってから、と。



サンジの容態がおかしくなったのは昨夕だ。
性交の後処理をロビンにされて半ば呆然としたまま服を着せられ。
元の部屋に戻ると、ロロノアの姿は既になく、数時間前に自分がここで犯された形跡など僅かも残さず、綺麗に整えられていた。

そこへ、簡単な食事が運ばれてきた。
何日ぶりの食事だろう。玻璃城を出てから、水と果物のようなものをわずかに口にしただけだ。
だが食欲はまったく無かった。
それでも出されたものを食べずに返せないのがサンジの性分だった。
手を動かすのも億劫な疲労の中、粥のようなものに無理に口をつける。
温かいそれに身体が温まるはずなのに悪寒がする。

身体がおかしいと思ったとたん、ぽろりと椀が手から滑り落ちた。
拾い上げようと手を伸ばしたが、目の焦点が合わず、椀を取り上げられない。
直後、臓腑がねじれたような感覚を覚え、胃に収めたはずの粥が喉元にせり上がってきた。
食いもんをムダにしちゃならねェ…
そう思って、嘔吐感をぐっと堪えたら、視界がぐらりと回った。
心臓が早鐘のように鳴っている。
息が出来ない…。
それきり、サンジは意識を手放し、12時間以上経った今も目覚めてはいなかった。

無理もないとロビンは思う。
杢丹城の落城から三日のうちに家臣を逃がし、城主とともに自害すると見せかけて裏では策をめぐらし我が殿に密約をもちかける。すべてが無駄だったかと思った矢先に拉致され、長持ちの中に押し込められてまた三日。この霜月城に着いたとたん、覚悟の自害を妨げられ、初めての肛虐を受け、その後始末を女性にされる…。

これでは身も心も限界を訴えて当然だ。
特に心が壊れていないかがロビンは気掛かりだった。
心は、堅固か脆弱かが容貌から判断出来ない。
だからせめて見舞ってやってくれ、と無礼を承知でロビンは主のロロノアに頼んだ。

だがロロノアは片頬を上げて皮肉げに笑った。
「死ぬことも厭わないと言ったあの男が、その覚悟と誇りを踏みにじった男に会いたがると思うか?」
それに…とロロノアは続けた。
「さっさとしねェと、負けて疲弊した玻璃の地を乗っ取ろうと新たな敵が押し寄せる。死体に群がるハイエナのようにな。だが俺は玻璃城とあの土地を誰にも渡したくねェ。ゼフにもそう言ってある」

サンジがギンに連れられてきたのと入れ替わりにロロノアは玻璃城に赴いて、ゼフの降伏を受け入れたのだ。
だがそれだけでは玻璃城が霜月のものになったとは言えないことは前述のとおり。
ロロノアは結局サンジを見舞うこともなく、予定通り霜月城を出立した。
そして3日後、北海国は3つに分断された。
都に通じる主要路の朱川流域を含む中央部は殿上人とロロノアの共同管理と決まり、玻璃城に任せられていた西部はロロノアの、杢丹城の直属だった東側はロロノアと共闘した出斐国の属領とされ、北海国はその歴史を閉じた。新年を迎える数日前のことだった。







「最近、橘(たちばな)どのの食欲が落ちてきたそうですね」
離れの奥部屋から出てきたロビンに、ギンが声を掛けた。
「ええ。お身体は丈夫でいらっしゃるのよ。倒れられた時も、半月ほどは床から出られないだろうと御殿医どのがおっしゃったのに、2日目にはもう起き出そうとしていて、驚いたくらいですもの」

あの回復力にはギンも驚いた。サンジを攫いに行く時、『外見に騙されるな』と主に言われたが、ただ体術が巧みだというだけの意味ではないと、この時知らされた。

そのサンジを「橘(たちばな)」という符丁で呼ぶことを提案したのはギンだ。
「橘? 俺がアレを橘媛にたとえたからか?」
「それもありますが…橘は、この霜月では存在しないものですから」
温暖な気候を好む橘は、国土の半分以上が山間にあり冬の寒さが厳しい霜月国では育たない。
ロロノアはにやりと笑った。
「なるほど、ここには存在しないものか…。良かろう」

それから約1ヶ月。
サンジがここに軟禁されていると知る者は、まだ少ない。
まず、この離れ座敷が人目につきにくい。生活の場である二の丸御殿よりもやや高台にあるうえ、冬でも葉を落とさない常緑樹に覆われている。
座敷の存在を知っている者でも、2年前の大原国滅亡によって祖国を失ったロビンがロロノアの寵を受けながら、ひっそりと隠居していると思っている。

無論、『橘』の存在が知られるのは時間の問題だろう。
それはロロノアもギンもロビンもわかっている。
なにしろ食膳の数だけ考えても今までより多いのだ。

それでもロビンは、少しでも長く『橘どの』の存在が知られないといいと思う。
女として生きることを認めたとはいえ、あの扱われ方を世間に知られるのは耐え難いだろう。
ここでの生活は、ほとんど後宮のそれだ。
朝は遅く、1日2回の食事は肌や髪に良いとされるものを中心に作られる。食べ終われば、口臭や体臭を抑える丸薬を飲まされる。雄を惹きつけるためのあらゆることが施される。

1回目の食事が終わる正午頃から2時間ほどが、サンジにとって唯一気の休まる時間だ。
最初ロビンは、誰にも邪魔されずに安らげる時間が欲しいだろうと思って、サンジに構わないようにしていたが、どうもサンジは独りでいるほうが滅入る性格のようだった。
それがわかってからは、ロビンは出来るだけサンジに付き合うようにした。各地の歴史や伝説を話し、貝合わせや連歌、茶の湯…。
だが、どれだけロビンが和やかな空気を作り上げても、この座敷が隠蔽された空間であることは変わりない。
サンジは庭へ降り立つことも許されなかった。御簾を上げて、庭を眺めるのが、僅かに外気に触れられる機会だ。
厠や風呂殿へ向かう外回廊も、雨風避けの格子が常に降りたままになり、開け放たれることはなくなった。

そして3時ごろに水時計がチンチンチンチンと軽い音を立てると、サンジの顔に諦めたような憂いが走る。
いっときの穏やかな時間は終わり、ロビンは心を鬼にしてサンジを風呂殿へと連れて行く。

風呂殿の蒸した空気で柔かくなった身体に張形が埋め込まれ、マッサージされ、香油を塗られる。
たとえロロノアが来ない日でも、それは日課となっている。
みじめに思うのはこの時だ。
自分は抱かれるためだけに生かされていると思い知らされる瞬間だ。
たとえロロノアが来なくても、毎日受け入れる準備をしてこの身体は夜を過ごすのだ。

と言っても、来て欲しいわけではない。
年が明けて最初のひと月は、新年を寿ぐ数々の行事と手に入れた玻璃領土の執政のため、ロロノアがこの離れに足を運ぶ時間は殆ど無かった。
だがその多忙な時期も峠を越えたらしい。自分の存在は城内でも公にされていないから頻繁に来られないだろうとロビンから聞いて、ほっとしたのも束の間だった。
ロロノアが来る日は必ず縛られる。
ギンの操る縄に絡め取られ、あられも無い格好でロロノアを待たねばならない。
張形で開かされて痺れたように力を無くした下肢をみじめに思いながら眠りにつくか、縛られて辱められて嬲られて夜を過ごすか、どちらにしろサンジには、安息の夜などもう無いのだ。







「橘どの」
声を掛けられてサンジははっと顔を上げた。
ギンが伺うようにこちらを見ている。
「今日は殿がお見えになります」
その言葉が何を意味するか、嫌というほどわかっている。
サンジは観念して身体の力を抜いた。

着物が丁寧に剥がされた。
すでに身体は蒸し風呂とマッサージで温められ、香油で磨かれている。
羽化したばかりのように白く柔かく透き通った身体に、紐が食い込んだ。
今日は薄桃色の襦袢を一緒に絡めるためか、紫紺の紐だ。

ギンの縛りは、常に巧みだった。
罪人を縛るような、縄を食い込ませてがんじがらめにする縛りではない。
遊びを持たせた縛りで、その僅かな可動範囲が、艶かしい動きを引き出す。
縛り方を毎回変え、身体に纏わせる襦袢や紐の色、果てはその部屋に活ける花にまでこだわる。
求めているのは単なる枷ではなくて、美と艶だ。
サンジという素材を愛しみ、いかに艶麗かつ淫靡に仕立てるか、すみずみまで魂を込める。



縄は胸と二の腕を巡り、背に回されたサンジの手首がひとまとめに括られた。
そこから下に降り、尻の谷間に食い込むようにして前へと縄が回される。
その縄の途中には瘤(こぶ)が作られていた。その瘤が、埋め込まれた張形の台座を押さえこむ。
「う…」
サンジが小さく呻き声を上げた。
異物が詰められた腸の苦しさを逃そうとして、身体は自然と腹圧をかける。
だが、そうやって張形を押し出そうとするたびに、出口を塞ぐ瘤が張形を押し返して内壁を擦り上げるのだ。
縛られている途中だというのに、サンジの身体が汗ばんで、香油が香る。

異物の圧迫感に喘ぐサンジが横倒しにされた。
両脚とも膝を折られ、それぞれ伸ばせないように大腿部とふくらはぎが纏めて縛られる。
床につく側の脚はそのままに、反対の脚に絡んでいた縄はぐいっと引き上げられ、脚が、肩幅を越えるあたりまで開かされた。
「ギンッ……」
脚が閉じ合わせられない格好にされて、サンジは羞恥に身を震わせた。
なまじ腰の周りに襦袢がまとわりついているから、露にされた部分が一段と強調される。
「あぁっ…」
その露にされた中心にうずくまるオシベが取り出され、根元に細い紐が巻きついた。

『女』として生かされたのだと頭ではわかっている。
その運命を受け止めなくてはならないこともわかっている。
だが、こうして射精管を封じられるたびに、どこかが確かに打ちのめされていく。

この屈辱的な姿を、あの男に見られたくない…。

その願いも虚しく、襖が開く音がした。







「食欲が無いそうだな」
冷ややかな声が上から降ってきた。
醜態を曝しているサンジを、心の底から嘲笑うような冷淡な声色。
見上げてロロノアの表情を見る勇気はサンジには無かった。長い前髪の影に自分の表情も隠す。

「贅沢に慣れた口には、ここの食事は合わないということか?」
ロロノアが皮肉げに言う。
「違う…」
サンジは弱く返した。
交易でもたらされる美酒美肴と、豊かな海から獲れる魚介類とが並ぶ北海の食事に比べたら、霜月の食事は確かに質素だ。
だが、それが食欲減退の理由ではない。

『わかっているくせに…』
サンジは唇を噛んだ。
ロロノアが怒りを滲ませてサンジを荒々しく貫いたのは最初のうちだけだった。
最近彼は別の方法でサンジを苦しませることを覚えた。快感を無理矢理引き出すのだ。
それが、どれほどサンジの心を苛んでいるかわからない筈はない。
それなのにロロノアはされに追い討ちをかけるような言葉を投げた。
「まぁいい。こちらの口はたっぷり頬張っているようだしな」

屈辱と羞恥で全身がかっと燃えた。
白い肌が朱に染まる。
それはサンジの怒りとは裏腹に、照明の無い時代、燈明皿の揺らめく灯りだけが頼りの宵闇の中に淫猥な姿となって浮かびあがる。

煽られたロロノアが、緩く開かされたサンジの膝に手を掛けた。
「嫌だっ…見るな!」
逃れようと身体を捩るが、縄に阻まれて無様な抵抗にしかならない。
「あうっ!」
開かされて双嚢をなぞられたとたん、サンジの身体がびくっと跳ねた。
急所を握りこまれた恐怖と、じわじわと上がってくる熱に、悲鳴が洩れそうになる。

「嫌だ…」
サンジは繰り返した。
その言葉を無視して、嚢の中の玉が嬲るように転がされる。
その手がさらに前に伸びて前茎を包み込む。
「んっ…」
白い身体がびくりと動いて、縄がきしんだ音を立てた。
なだめるようにゆっくりと若茎をしごかれて、裏筋を指が辿るようにつうっと上下する。

若い肉体には、それだけで堪らない刺激だった。
下半身に熱が集まってくるのを止められない。
その変化を味わうように握りこまれ、指先は割れ目をゆっくりと押し開く。
あふれた雫がくちゅりと音を立てる。
「あ、あ…」
ぬるつく竿をしごかれて、快感が突き上がってきた。
「…あ…っ…っ…」
サンジは金の髪を振り乱した。快感に支配されるのが怖い。

蜜を零す割れ目に、爪が立てられた。
「あああっ…」
一気に昇りつめて、サンジの前が大きく膨れる。それでも堰き止められた快感は放出を許されない。
ガクガクと痙攣する身体は、刺激を少しでも逃したくて身じろぎするが、縄が食い込むばかりだ。

ロロノアがサンジの膝を大きく割り開いた。
「ひッ…」
びくんと大げさに身体が跳ねた。股を広げられた拍子に張形が敏感なところを擦って、意識が飛ぶほどの快感が背を駆け上がる。
「感じるのか?」
ロロノアが、しゃがみこんで膝で縄の瘤をぐいっと押した。
再び強い刺激がサンジを襲った。
前が反るように痛いほどに張り詰めて、先端からとぷりと雫が零れ落ちる。

瘤を押し引きして、しばらくサンジを啼かせたあと、ロロノアは股縄を切断して、張形を抜き取った。
赤く充血した媚肉を開かせて、後孔がぽっかりと口を開けている。
そこに袂から取り出したものを押し込む。

「あうっ!」
張形とは違う異物が入り込んでサンジは思わず高い悲鳴を放った。
「何を、入れた!?…」
「食欲が湧かないというてめェに、食わせてやろうと思ってな」
目の前にかざされたものにサンジが目を剥いた。
堅い殻に覆われた胡桃(くるみ)だ。ロロノアはそのごつごつとした実に香油を振りかけた。
「残さず食え」
ひとつ、またひとつと胡桃が押し込まれていく。
数を増やされるたびに、中の胡桃が肉壁を抉っていく。
「あ、ああっ…」
何度も何度も前立腺を刺激されて、釣り上げられた魚のようにびくびくと身体を震わせる。
反り立った肉茎の先端からは、絶え間なく蜜が滴り、床を濡らしていく。
「嫌だ…もう…あ、あああーー…」
縛られたまま尻を振り乱して快感に身悶える姿は、ロロノアの苛虐心を一層煽った。
過敏になっているサンジの内腿を撫で、尖った胸の飾りを食み、亀頭に爪を立てる。
快感の捌け口を堰き止められた身体を執拗に嬲られてサンジは、極まったまま終わらない悦楽の淵に堕ちていった。



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