修羅の贄 #8



その年の梅雨は空(から)梅雨だった。ろくに雨も降らないまま雨季は終わりに差し掛かる。
このまま雨が降らなければ、秋の収穫はひどいものになるだろう。
手の施しようのない自然を相手にして、これは山神様の祟(たた)りではないかと噂する声が城内でひそやかに囁かれ始めた。霜月の山を穢している者がいるからだ、と。



そんな折り、ようやくロロノアが帰国した。出立も急だったが、帰国も急だった。

離れへの来訪を告げられたロビンは慌てて風呂殿の用意をさせた。たまり湯を張って行水するだけの湯殿では汗を流すのがせいぜいで、肌を柔かくさせるには風呂殿の蒸し風呂に叶わない。
ふた月近いロロノアの不在のせいでサンジの後ろはすっかり収縮しきっていた。就寝時に細い張り型を埋め込む習慣は、サンジの首が縊られた日以来、消えていたからだ。

首の痣がむごくて、荒縄の痕が痛々しくて、『今日だけはそっとしておいてやろう』…そう思ったロビンの情け心は、「今日だけ」「あと1日だけ」を繰り返し、やがて、ロロノア帰国の知らせを受けてから、また再開すればいいだろうという算段に落ち着いた。

それが、帰国するなり橘殿に会いに来るなんて…。

「かえって、あなたを辛い目に合わせてしまうかもしれないわ…」
ロビンはサンジの堅い蕾をとろりとした香油でほぐしながら謝った。
サンジはふるふると頭を振って「ロビンちゃんのせいじゃない…」というのが精一杯だった。
女性にそんなところを解されるほうが、サンジにはよっぽどいたたまれない。例え苦痛に喘いでも、ロロノアに無理矢理こじあけられるほうが、よっぽど耐えられる。

自分でするからいいと断ったのに、手が何本も生えるという妙な術で押さえ込まれた。
その手を乱暴に振り解けないサンジの性格が仇になって、こんな醜態を曝している。
指1本分ほどの細い張り型がようやくサンジの中に埋め込まれると見計らったようにギンが現れた。

『あなたの前に現れる時は、あなたに縄を掛けるとき』

そう言った言葉に違わず、ギンはいつもの細縄と紐を手にしている。
サンジに一礼したのちギンが手に取ったのは、打掛を拡げて掛けておく『衣桁(いこう)』だ。
台座から抜かれて棒のみが取り出された衣桁は、鳥居の形をしている。

それが、ぱたんと床に倒された。サンジはそこに、着物を着たまま縛りつけられた。
鳥居の横木にあたる部分に手首を。足にあたる部分に足首を。
最後にサンジの着物の帯を解いて袷(あわせ)を割る。そしてサンジの中心を堰き止めた。

「てめェの縄にしちゃ、芸が無ェな」
今日の縛りは、ひねりが無い気がした。花見の時、足首を縛るだけの簡単な縛りでありながら、身体の揺らぎに合わせて花びらが散るように縄の端を桜の枝に吊った縄師だというのに。

「これは、殿のご意向です」
「は! ロロノアは槍でも持ってくんのか?」
大の字に手足を開かされて括られた格好は、磔(はりつけ)の刑を思い起こさせ、サンジが思わず皮肉を言うと。
「槍じゃねェだろ」
突然、声が聞こえて、ギンもサンジもびくっと身体を揺らした。
ロロノアがすでに隣の広間まで来ていたのだ。
ずかずかと奥の間まで入ってきて、衣桁に張り付けられたサンジを見下ろす。
立場の違いをわからせるような高圧的な表情でじっくりと凝視された。

つい負けん気が出て、ぐっと睨み返すと、ロロノアが腰から刀を鞘ごと抜いた。
鞘の先が、帯が解かれてゆるやかに重ねられただけの着物の合わせ目に差し入れられる。
着物は白地に紺の模様が入った涼しげな小袖だが、下着はあでやかな緋色の帷子(かたびら)だ。
鞘の先がぱっと左右に振られると同時に、緋色が羽を広げるように大きく広がった。
その中央に現れるは雪白の肌。
眩しいほどに白が際立った。

その白皙の肌にロロノアが覆い被さるように圧し掛かってきた。
後ろに埋め込まれた張り型が一気に引き抜かれる。
いきなり引き抜かれた痛みに仰け反る前に、違うものが宛がわれた。ロロノアの男根だ。
それはすでに隆々と猛っている。

「てめェを突くのは槍じゃねェ。こいつだ」
瞬間、剛直がずいっと突き入れられた。
「ぐぁああっ!!!」
痛みでサンジの身体が大きくのけぞった。
やはり細い張り型で急ごしらえで拡げただけでは間に合わなかった。
狭い器官は侵入を拒み、ロロノアの亀頭をぐいっと食い締めてしまう。
「力を抜け!」
そう言われても身体が即座に対応できない。
冬の間、どうやってこんなものを受け入れていたのだろうとさえ思う。

「ちっ…」
引きちぎるかのように狭い肉筒に、ロロノアは舌打ちして己を引き抜いた。
「下の穴が無理だってんなら、こっちだ」
唇の先に、ずい、と突きつけられたものに、サンジは目をむいた。
「な…に?」
「口開けろ」
言われたことがわからない。いや、わかっているのだが認めたくない。

呆然とした表情で固まったサンジに、ロロノアは再び舌打ちした。
「わからねェか? こうするんだよ」
ロロノアはサンジの股の間に戻ると、後ろをこじ開けられた痛みで縮こまっている性器をべろりと舐めた。
「ひ! 何をっ! …あ、ああっ!」
熱い舌で繰り返し舐められて、サンジの身体が跳ねた。
刺激を受けて起ち上がってきた雄芯をロロノアはずっぽりと口に含む。
「…いや、いやだ! …やめてくれっ!!」
初めて受ける強烈な刺激にサンジは慄いた。
口淫はよほどの手練の遊女か寺の稚児がやるもので、一般的な性行為では無い性戯だった。

がたがたと衣桁が音を立てる。
信じられない淫戯から逃れようとサンジが暴れるからだ。
だが大の字に留められたままでは、身体を閉じることも出来ずに好きなように弄ばれる。

根本まで深く銜えた熱い唇が、サンジの陰茎を立たせるようにしてぐぐっと吸引していくと、とたんにサンジの四肢がピンと引き攣った。
「あ、あ、ああっ…」
唾液を絡めるようにじゅるりと吸い上げられて、身体が弓なりに仰け反っていく。
股の間で耳を塞ぎたくなるような卑猥が音がする。
尖った舌先が雁首のくびれをなぞり、亀頭を舐め回し、割れ目をこじあける。
あふれる蜜を舌先にすくい取られて、堪らず嗚咽が零れた。
見開かれた瞳からも涙が零れ落ちる。

「いや…嫌だ…」
ロロノアに吸われている部分がどろどろに蕩けていきそうだった。
身体が舌戯にいちいち反応して、自分のものではないように、びくびくと跳ね回る。
唯一自分の意志が届いている頭をふるふると振って、サンジはうわごとのように繰り返す。
「いやだ、こんなのは、嫌だ…」
初めての口淫で、こんなにも乱される。
どこまでこの男は俺を辱(はずかし)めれば気が済むのだろう…

「いやだ…こんなこと、したこと無かったじゃねェかっ…」

言ったとたんに、はっとした。
そうだ、こんなこと、今までされたことが無い。
ということは、ロロノアも口淫された経験が無かったのではないか。
それが今、こんなことを仕掛けてきたということは…。
霜月を離れていた間に、ロロノアはどこかでこの性戯を受けてきたのだ。
誰かを抱いて、誰かに吸われたのだ。美妓か…それとも美童か…?

昂ぶりがさーーっと覚めた。
頭ががんがんする。身体は刺激に反応して機械的に跳ねるが、手足の先が急速に冷たくなっていくのが自分でもわかる。
吐き気にもにた嫌悪感が胸からせり上がってくる。

「嫌だっ!!!」
サンジは突然激しく暴れ始めた。

抱いた娼に施された性戯を、俺に試して嘲笑っていやがるのだ、この男は。
そんな男に喘がせられて、どれだけ自分は莫迦だろう。
こんな見事に反応して、よがって、ひぃひぃ泣くなんて、俺は、どこまで醜態曝せばいいんだろう。
悔しさと言いようのない悲しさから、ぼろぼろと涙が出た。

いやだいやだいやだ! いやだ、ゾロ!!

サンジは気がふれたように激しく暴れ始めた。
縄が千切れるよりも先に、衣桁にみしりと亀裂が入った。右足が縛り付けられている部分だ。
木棒がめりめりと裂けていく。
折れた棒をくっつけたままの右足がロロノアを蹴り飛ばすかという瞬間、
「たちばなッッ!」
部屋を揺るがすような声でロロノアが呼んだ。

びくっとサンジの身体が震え、一瞬たじろいだ。
その機を逃さずロロノアはサンジの右足を掴む。それを口元へ持っていき、縄を噛み千切る。
からんと音を立てて棒が外れた。
ロロノアはふたたび暴れ始めたサンジの脚を抱えるようにして、胸のほうへ屈曲させながら圧し掛かった。

「間違えるな!! おまえは『たちばな』だ。そして、俺は『ロロノア』だ。間違えるんじゃねェ。今、俺たちは、それでしか生きられねェ。…わかっているだろうがッ!」

耳元で怒鳴られて、サンジの瞳に正気が戻ってくる。
その口元にロロノアは己の昂ぶりを押し付けた。
「銜えろ」
サンジは思わず顔を背けた。
その顎を引き戻すように掴んで、ロロノアが再び剛直を押し付けてくる。
「拒むくらいなら、どうして逃げなかった? 冬の間に俺がてめェをどう扱うのか、身に沁みてわかっただろう? その俺が行ってから、ふた月もあった。逃亡を妨げる雪も、凍える風も無ェ。それなのにてめェはここに残りやがったんだ。ここでの扱いに腹を括ったからじゃねェのか? 今さら逃げるんじゃねェ!」

「口を開けろ。舌を出して舐めるんだ」
「そう、根元から先端へ。繰り返せ」



たどたどしい舌の動きでありながら、ロロノアの雄はびくんびくんと反り返る。
先端にじわりと蜜が膨れ上がり、サンジは舌ですくうようにそれを舐め取る。
溢れる蜜をぺろぺろと繰り返し舐めていたら、焦れたように亀頭が唇を突いてきた。
開けろという合図だ。
屈辱に耐えながら、おずおずと口を開けると、もっとだと言われた。
「もっと開けろ。でねェと歯に当たる」

入ってきた肉棒は口の中でさらにぐんと膨れた。
「うっ、ぐっ…!」
えずきそうになって思わず舌で押し戻そうとしたが叶わず、逆に愛撫を求めるように口内の粘膜に擦り付けられる。
思い切れずにいると、焦れたロロノアが自分で動いてきた。咽喉の奥を肉の刀が突き上げる。
再び押し戻そうとすると、かえってその舌の動きが刺激を与えたらしい。
ロロノアの抽迭が早くなった。

「っ、うぐっ、っっ…!!」
苦しさから嗚咽が洩れてもロロノアは容赦無かった。サンジの頭を両手で掴み引寄せるようにする。
根元まで深く銜えさせて、そのまま放った。
引こうと動いた金色の頭を押さえつける。
「んんんっ!!!!」
いやいやするように頭を振るが許されない。
解放されるために、サンジは口の中の濁液を飲み下すしかなかった。

しかし、それで許されたわけではなかった。
肉竿に絡みついた残滓を舐め取ることを強要されて、サンジの唇は再び犯された。
だが想像を超えた仕打ちを受けて衝撃を受けているサンジの舌は、ろくに動かない。
するとロロノアはサンジの口の中に入れたまま、身体をぐるりと反転させた。

「ぁう!」
自分の股間が、再び温かく湿ったものに包まれて、サンジは身体を震わせた。
口内にずっぽりと含まれたかと思うと、唇と舌が根元から先端へ蛇行しながら扱き上げる。
身体がぞくりと震えた。
「やれよ、同じように…」
ロロノアの声がねだるように聞こえたのは、心が疲弊していたからだろうか。
もう何も考えたくなくなっていたサンジは、心を殺して、されたことをロロノアの肉棒に試みた。

頬張ったまま舌を必死で動かすと、こうしろとばかりにロロノアの舌がサンジを責めてくる。
尖らせた舌先がくびれたカリをくるりとなぞり、先端の小さな穴をじゅっと吸われた。
「…ふあっ…」
電流のような快感がサンジの背を駆け上がって、思わず口の中のものを放り出しかけたサンジに声がかかった。
「銜えていろ」

ロロノアはサンジを口に含んで責めながら、後ろの窄まりを濡れた指でこじ開けた。
口淫に翻弄されて蕩けたように力を失っている尻は、ほどなく柔かく広がって、指を受け入れる。
2本目が入れられ、中でぐにぐにと蠢かされ、サンジは身を震わせて喘いだ。
もう口でロロノアを清めるどころではなくて、言われたとおり、ただ銜えているだけだ。

それでも、どくどくと新たに湧き出るロロノアの蜜を時々思い出したように舌で舐め取る。
そのうち、そうすると、自分を跨いでいる身体がふるっと震えるのにサンジは気付いた。
ロロ?
銜えたままつい口がそう動いたら、また微かに反応がある。
あ…。
なんだ、簡単なことだったのだ…。
含んだまま、こいつを呼べばいい。
ロロ…。ロロノア…。ロロノア…。

サンジの口の動きに追い立てられたのか、やがて口内に再びどろりとしたものが放たれ、それでも衰えない怒張が後ろに宛がわれた。
ふた月ぶりにロロノアが入ってくる。 身体の上からも下からも刺し貫かれ蹂躙される。
やはりこれは、磔(はりつけ)の刑だ。
縛られて身動き取れぬ身体に、堅い肉槍が突き立てられる。
ふた月ぶりの身体に手を伸ばしたくても、縛られた手は届きはしない。
ただ差し出すだけだ。この身を。この男に。

菊門の襞が伸びきるかと思うほど何度も犯された。
「覚えておけ、てめェの身体、どこもかしこも俺のもんだ」
薄れ行く意識の中で、そんな声を繰り返し聞いた気がする。







 ◇ ◇ ◇



目覚めると、いつもの寝所で独りきりだった。
眠っている間、傍らに温もりを感じたのは夢だったのだろうか。
縄を解かれたあと、身体を清められたのはなんとなく覚えている。
そのあと抱き込まれて眠ったような気がしたのは夢だったのだろうか。

寝具からは上質な香(こう)が薫り、ロロノアの残り香など無かった。
情事の痕跡さえ、部屋のどこにも残っていない。
ただサンジの身体だけが、その跡を残している。
身体中に散った紅斑しかり。まだ何かをくわえ込んでいるように痺れた後孔しかり。

身体のだるさを持て余していると、やがて食事が運ばれてきた。
珍しいことに少量の酒がついている。
花の香りがする酒で、食通のサンジでも初めて飲む酒だった。
「ロロノア殿からの御心付けですよ」
へぇ…。強い酒ばかり知っていると思っていたのに…。
そういえば、今朝の食事は消化が良いものばかりだ。
これでも一応気遣われているのだろうか。

数時間後に、そんなふうに思った自分を激しく悔やむとは知らずに、サンジはふわりと微笑んだ。



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