修羅の贄 #9
水時計が澄んだ音を立て、サンジは促されて湯浴みへ立った。
ロビンの手が、夜通し弄ばれてだるい身体をほぐすように指圧する。
サンジはゆっくりと力を抜いた。気持ちよさにうとうとと眠りかけたところで、後ろの蕾に冷たい感触を得て、身体がビクンと跳ねた。
「痛い?」
痛いのではない。何度も受け入れたそこは、腫れてじくじくと熱を持っている。冷たくてとろみのある香油はむしろ気持ちがいい。
ロロノア不在の間に固く締まった肉筒は、昨晩の激しい肛虐で今はぽかりと口を開けていることだろう。自分では見えないが、後ろの締りが緩くなっていることは感じられる。
サンジはいたたまれなさで身体をふるわせた。
何度繰り返しても、抱かれることにも、行為の前後に施される処置にも慣れない。女性だったら、これらのすべてを喜びと誇りを持って受け入れるのだろう。
鬱々とした気持ちを払ったのは、芳しい香りだった。熟した果実のような甘い香りがする。
豊満な乳房と丸く艶やかな腰を持った女性がこの香りをまとったら、さぞ扇情的だろうと思う。
そんな香りが柔かさのない自分の身体に擦り込まれていくのをサンジは不思議な気持ちで見つめた。
湯浴みが終われば、ほどなくギンがやってくる。
だが、その日はそうではなかった。
薄青の小袖を着せられ、もう一枚、顔を覆うように茶色の小袖を頭から被せられる。
人目を忍ぶような地味な格好をサンジはいぶかしんだ。
「どこかへ行くのか?」
「今夜は茶室へ参ります」
「茶室?」
ロロノアが茶室? 想像できない。
そんなサンジの手をロビンは黙って引いていく。
離れを出て、渡り廊下を進むと、離れの警備や雑務をこなす者たちの詰所がある。詰所の隣に食事の支度をする膳組所。そして膳組所は、茶室の水屋と繋がっていた。
サンジの存在が側近衆にも隠されていた時期は、ロロノアはまず茶室へこもると見せかけて茶室の水屋、配膳房、渡り廊下と経て離れの外回廊へやってきていた。
今、サンジはその経路をさかのぼって、茶室へ向かう。
ロビンとギンに付き添われたサンジは水屋を抜け、茶を点(た)てる亭主が出入りする茶道口の襖の前まで来た。その襖をすいっと引くとふわりと柔かい光に包まれ、サンジは既知感を覚えた。
『ここは初めて来たはずだが?』
いぶかしながら茶室へ踏み込む。
茶室は三畳の小間だった。目の前にはすでに炉の用意がしてあり、釜がかかっている。釜の先には百日紅の中柱が立っている。
思ったより明るい。各所に窓があり、掛け障子を通して柔かい外光が取り入れられている。三畳でありながら閉塞感を感じないのは、そのせいだ。
ロロノアが作らせたと聞いていたから、精神修行の場のように暗いと思っていたのにまったく予想が外れた。
明るく静かな空間を見渡し、その居心地の良さに浸るうち、サンジは気付いた。玻璃城の茶室に似ている…。
玻璃城の茶室は、四畳半だったが、構造はこの茶室と同じだ。炉の位置、床の間の位置、客席や床の間の窓の配置…。百日紅を使った中柱も同じだ。既知感を覚えるのも無理はない。
違うのは、炉の付近が明るく、茶を点てる様子が客席からよく見えるようになっていることだ。特に、点前座の上の天窓が特徴的だ。夜になれば、この天窓から差し込む月明かりが、茶を点てる者を明るく照らしだすだろう。
ロロノアにしては風流だとサンジは心の中で笑った。
いや、そんなことまで考えてはいないか…。
ふた月前の桜見の時、ロロノアの茶の湯の作法のほどはよくわかった。茶室をわざわざ作らせるほど、茶の道に興味があるとは思えなかった。となれば。
奴が茶室を作ったのは、密談のためか。
親しい者のみを招いた茶席で密談が交わされるのは珍しいことではない。ロロノアが茶を点てる姿より、それのほうが余程しっくりくる。
で、今日はなんの密談だ? 密会の席に、なぜ俺を呼ぶ?
ざわりと肌の毛が逆立った。自分との密会なら、離れで充分だ。嫌な予感がする。
サンジの不安げな表情にロビンは心を痛めた。だが、自分にできることはない。
「橘どの。何があっても自棄を起こしてはなりません」
サンジとギンを残して退室したロビンの言葉は、やはりこれから好ましくないことが起こると言っているようなものだった。
だが、サンジには逃げる権利も拒む権利も与えられていない。玻璃城の茶室にいるような安堵感は消し飛んで、サンジは小袖を留めた細帯をギンが解くのを黙ってみつめた。
小袖を脱がされ薄い肌着だけにされたサンジは、膝立ちにさせられて、中柱の下のほうに手首を縛りつけられた。
膝の間には舟形の花入れが挟まれて、肩幅に開いたままにされている。
ギンが玉茎の根元を縛ろうと肌着の前を開いたところで、茶道口がすっと開いてロロノアが中を覗いた。
「準備は整ったか?」
なんというタイミングだろう。
サンジは恥ずかしさに思わず腰を引いて、ギンの手のひらに取り出された局部を隠そうとした。
が、ロロノアは一瞥すると冷たく命じた。
「今日は決して漏らさぬよう、念入りに括っておけ」
反論は聞かぬとでも言うように襖がぴしゃりと閉められた。
ギンの手がひらひらと動くと、紫の紐が、根元から陰茎の先まで網目のように絡み付いていく。
更にその紐に3尺(約1m)ほどのの赤い紐が継ぎ足される。その紐の先に亀が結わえ付けられているのを見て、サンジは息を飲んだ。
サンジが縛り付けられた中柱は点前をする座の脇にある。当然炉の近くだ。
思ったとおり、亀は炉の熱さから逃れるように、外気の入ってくるにじり口へ向かい始めた。
緩慢な動きだが、やがて紐はピンと張られ、サンジの前方を引っ張った。紐の途中につけれた鈴がシャランと音を立てる。
それ以上進まぬことがわからないのか、亀は懸命に足をばたつかせ、そのたびに紐が引かれ、鈴が鳴る。それに合わせて網目のようにめぐらされた紐が陰茎を擦る。
「んっ…」
切なく甘美な痺れが身体に広がって、サンジはわずかに喘いだ。
縛りを終えたギンが退室してしまうとサンジは茶室にひとり取り残された。
日が傾いて薄暗くなっていく茶室内で、サンジはぬるい刺激に悩まされて、切ない息を吐いた。
やがて、にじり口がすうっと開き、黒髪の男が入ってきた。切れ長の目は鋭く、顎鬚を生やしているものの、まだ若い。だが隙の無さと少しも音を立てぬ所作は、諜報を得意とする忍びの者に通じる。
『誰だ、こいつ…』
身体が震えるのは、自分の惨めな姿を見られたせいだけではないことをサンジの勘が告げていた。
「ほう、亀は殿上人の吉祥物。殿上人の命を受けた私を歓迎するという意味だな?」
にじり口に近い畳で足踏みを繰り返す亀を見て黒髪の男はそう、ひとりごちた。
だが目はすぐに亀からそらされて、サンジを舐るように見回す。
亀を括った赤い紐がサンジの肌着の中へ通じているのを見ると、指で紐をピンと弾いた。
シャランと鈴がなり、同時にサンジがびくりと身体を震わせる。
「これはまた…」
男はふっと笑いながら、酷薄そうな唇をつり上げた。
ぞっとしたサンジが声を上げそうになったところで、茶道口がすっと開いた。
ロロノアが茶道具を携えて入ってくる。
「鳩殿、そんなところでなく上座にお座りください」
「いや構わぬ。亀が気に入った」
『鳩』と呼ばれた男が、また亀をつつく。
紐を通して伝わった振動に、サンジが悩ましげに眉を寄せると、また薄笑いを浮かべる。
サンジは点前を始めようとしたロロノアに喘ぐように問うた。
「なんだ、こいつは…?」
「都のチャルロス卿が、男のまま女にされるとはどういうことか興味があるとおっしゃってな。男同士の女役ならわかる。去勢された男もわかる。そのどちらでもなく『女』となったおまえを見たいと言われた」
「な…に…?」
「だが、卿がこんな辺境の山国へ来るわけにはいかぬ。そこで情報収集に長けた鳩殿がチャルロス殿の代理として見届けに参られたのだ」
「俺は見世物じゃない!」
「おまえを好奇の目の餌食にしようと、殺そうと、俺の勝手だ」
炉の向こう側でロロノアは嘲笑った。
「それだけではない。卿は、おまえごときに贈り物を下さると言うのだ。ありがたく拝受しろ」
ロロノアが柏手を打つと、茶道口からすっと木箱が押し入れられた。
贈り物などと言っているが、ろくなものではあるまい。
果たして、木箱から取り出されたのは、べっ甲でできた作り物の蛇だった。
蜜色と茶がまだらになって、まるで本物の蛇のように見える。
だが、よくある、円錐形で鎌首をもたげている形ではなかった。
尾で立つような姿で、天に昇るように縦に長くとぐろを巻いている。
サンジは思わず目を背けた。これはただの置物ではない。蛇を模した張形だ。
頭の形は毒蛇のようにエラが横に張り出して、まさにカリの張った亀頭そのものだ。
竿にあたる部分は縦にとぐろを巻いているせいで螺旋状にくびれが走っている。
それだけでもゴツゴツとするだろうに、表面には鱗までがびっしりと再現されている。
「おまえがまこと『女』である証に、それを入れてみせろ」
表情をまったく動かさずに、鳩は冷酷に言う。
青褪めるサンジにロロノアが追い討ちをかけた。
「無礼は許さぬぞ。敵将のおまえを、即座に殺せと命じられても不思議はないのに、卿は、『女』であるならば、と温情をくださったのだ。その温情に応えてみせろ」
「生かしてくれと頼んだ覚えはない! 無礼を許さぬというのなら、今すぐここで無礼討ちにしろ! こんな奴の前でこんな胸糞悪いことッ…」
言い終わらぬうちに、ピシャリと冷たい水がサンジの顔を打った。
「頭を冷やせ!」
ロロノアが柄杓で水差しの水を飛ばして睨んでいる。
「鳩殿に非礼を詫びろ。鳩殿は殿上人の代理、鳩殿の言葉は殿上人の言葉だ。彼の報告ひとつで玻璃の持ち主が決まるのだぞ」
そうだった。玻璃城を落としたのはロロノアでも、その所有権の正当性を後押しするのは、殿上人だ。
自分が無礼打ちにされるのは覚悟の上だ。だが、それが、ロロノアの管理不行き届きとでも殿上人に報告されたら…。
「くそっ…」
悔しさと怒りで唇を噛むサンジの前で、ロロノアもまた腸が煮えくり返る思いでいた。
死ぬ、とこいつは簡単に言う。死にたくなくても死ななければならなかった者がいるのに。
殺せ、とこいつは簡単に言う。殺されたくなくても殺された者がいるのに。
ロロノアは死ぬ気など無かったのに死んでいった姉、くいなの無念を思った。
ロロノアの姉、くいなはサンジの従兄弟ベラミーに嫁いだ。だが側室に溺れるベラミーの奸計にあって毒を盛ったと疑われ、薄暗い櫓に幽閉され、あげく階段から落ちて亡くなった。
ベラミー側は自殺だと公表したが、くいなが自殺などするわけがない。殺されたのだ。あの、女であって剣術にたけた、凛とした姉は。
死など望まなかったのに死なねばならなかったくいな。
ならばベラミーと同じ血が流れるおまえの望みを、叶えてなどやるものか。易々と死など与えてやらぬ。
腰巻がまくりあげられて、白い臀部が剥き出された。
身体の下に張形が宛がわれる。
自分で腰を落として、これに挿し貫かれなければならないのだ。
が、手を中柱に縛りつけられているので、張形がうまく後孔当てられない。
尻を上げ下げしながら淫具の先端を探らねばならない恥ずかしさに泣きたくなった。
ようやく探り当て、そろそろと尻を落とす。
滑りを良くするものを何も塗られていない淫具は、なかなかサンジの中で入っていかない。
サンジはぐっと腰を落とした。
「あぐっ…」
繊細な肉襞を押し広げられる衝撃に息が詰まる。
だが先端が入ってしまうと、サンジの肉筒はおぞましい張形をどうにか柔かく包もうと蠢く。
明け方までロロノアを受け入れていた媚肉は、緩み、潤んだままなのだ。
しかし痛みは無くとも腸内に太いものが挿し込まれる圧迫感は変えようがない。
冷たい汗が全身から噴き出す。
身体だけではない。ロロノアの前で、こんな姿を見せることに心が凍える。
だが目の前のロロノアは、表情を変えずに点前を淡々と進めていく。
それがまた、サンジの心を締め付けた。
身体の苦痛か心の苦痛か、喘ぐようにして苦しい息を吐きながら、ようやく根元まで飲み込んだ。
「すべて入ったのか? その格好では見えぬな。尻をこちらに向けて見せろ」
畳にペタンと尻をついたサンジに鳩は情け容赦なく命じた。
思わず助けを求めるようにロロノアを見たが、彼は無表情のまま、サンジと目を合わせようともしない。
屈辱にわななきながら、サンジは床に這い、尻だけ掲げて異物を銜えこんだ肛孔を見せなくてはならなかった。
「ほう、根元まで入っている」
冷然としたそぶりをようやく崩した鳩がサンジに近寄ってくる。
埋まった張形に手を添えると、前後に揺らし始めた。
「ああっ…やっ…!」
「悦いのか?」
確かめるように抜き差しされる。
「ううーーっ…」
肉襞が抜き差しに合わせてめくれあがっては、巻き込まれる。
紅梅のように充血した肉襞はまさに唇のようで、その肉唇が食むように淫具を飲み込んでいく。
「悪食だな、おまえのここは。蛇を美味そうに食べているぞ」
貶(おとし)める言葉を聞きたくないとでも言うようにサンジはふるふると頭を振った。
それを横目で見ながら、鳩は張形をぐるりと回し始めた。
「ひっ…やっ…やめ……っっ!」
張形にはサンジを苦しめる凹凸が無数にあった。蛇の頭部の張り出し、螺旋状のくびれ、鱗のイボ。それらすべてが複雑な動きをしながら、サンジの敏感な部分をこすり上げる。
「…い…や…ああっ」
快感が無理矢理引き出されて総毛立つような痺れが起こった。戒められた雄芯がぐううっと立ち上がる。同時に紅い紐もずずっと動いた。
紐の先の亀はすでに自由にされていて、途中に括られた鈴が畳を転がって音を立てる。
鳩はそれをすかさず掴み、ぴんと引いた。
「あぐっ…やめっ…その手を離…せ…あああっ」
紅紐はサンジの男の部分を網目状に覆う紫の紐に繋がっている。鳩が紅紐を引くたびに、紫の網目が肉茎の側面をこすり上げる。
無体な仕打ちだというのに、敏感な部分を擦られて昂ぶらされた身体が、悦楽を覚えるのに時間は掛からなかった。唇から色のついた喘ぎがこぼれ、先端からは透明な雫が滴り始める。
「はあぁぁっ…」
前方の戒めを引っ張られて、とぷっと溢れた雫が紐を伝い、鳩の手元につつ…と流れてきた。
「そう言えば、この紐は『女』のどこに繋がっているのだろうな」
見当がついているくせに、鳩は乱されて喘ぐサンジの腰巻を剥ぎ取った。
「これは『女』には無いものでなないのか?」
紐でむごく括られた部分を指し示し、そこを扇子でぴしゃりとはたいた。
「ひっっ」
突然走った痛みにサンジの身体が弓なりにしなる。
「無いものだから、こうされても、なんともないはずだろう?」
ぴしゃり、ぴしゃりと続けて打たれた。
「あ、あ、ゾロッ!」
助けを求めるように叫んでも、目の前のロロノアは、見ぬ振り聞かぬ振りで、碗に湯を注いでいる。
気絶するような強打でなく嬲るような軽い叩きは、やがてじんとした熱に変わり、痒みへと変わる。
「あ、あ、ああぁ…」
触ってほしい。荒々しく擦って、この痒みをどうにかしてほしい。
切なげに尻が揺れ始めた。目元は潤み、唇からは誘うような吐息がこぼれだす。
鳩は紐を左手に絡ませてたずなを操るように引いたり振ったりし始めた。
右手は張形を掴み、サンジの中を捏ね繰り回す。
「い……あぁっ…あ、ぁぁぁ…っ!!」
前からも後ろからも快感が繰り返し全身を貫いて、サンジは白い咽喉をのけぞらせた。内部も激しく反応して、張形をきゅうっと食い締める。
そこをまた突かれ、えぐられて、サンジはたまらずのぼりつめた。
「あ、ああああっ…」
声を上げて、歓喜を解き放とうとする。だが、堰き止められたそれが放出されることはない。
快感は荒々しくサンジの身体をかけめぐった。
「おおぉ…あああ…あぁああっ…」
全身を痙攣させるようにして身もだえを繰り返す。
永遠に続く絶頂感は、サンジを惑乱させた。
ぼたぼたと先走りを零し続けて、浅ましく腰を振る。
もはや扇子の風にさえ身体を粟立たせるほどなのに、鳩は残酷にも胸の突起を摘まんだ。
「『女』は胸も感じるのだろう?」
「ふあっ!!」
魚が跳ねるようにびくんとのけぞったサンジを鳩は面白そうに眺めた。
「それとも女陰のほうが感じるか?」
「ひっ…ぁああっ!!!!」
後孔を女陰に見立てた鳩が、張形を押し込むようにして掻き回した。
性感の集中するところばかりを畳みかけるように責められてサンジの目の前が真っ白になった。
「…ああっ…あーーっ」
ぶるりと大きく震えるや、白い身体がのけぞるようにして崩れ落ちた。
「あ、あ、もう……」
身体をまさぐる手に、サンジは喘ぐように身じろいだ。
意識が飛んだのは一瞬で、すぐさま鳩の手によって引き戻されていた。
今、鳩の手は、サンジの金の草むらをゆっくりと撫でている。優しいほどの手つきだ。
だが、この手の残虐さを知ってしまった身体は反射的にその身を強張らせた。
そして脳は、とっさに許しを請うていたのだ。
「ふむ、稚児とするには歳が行き過ぎてる男を性具にするとは東国の魔獣殿も血迷ったな、と思ったものだが…。悪くないな、この『女』は。この尻が必死で張形を飲み込もうとする様子はいじらしいほどだ」
横たわるサンジの傍らにごろりと転がされた淫具は体液に塗れて、いっそう蛇のようにてらてらとぬめりを放つ。
顔を背けたサンジの顎をくいと掴むと鳩は言った。
「おまえは悶えるほどに甘くよい香りがする。喘ぐ息は芳しい果物のようだ。世継ぎを生むことだけに必死な白粉臭い女よりずっと好い」
「そんなもん、俺の本来の香りじゃねェ…」
手を振り解くように顔を振る。だが、それが精一杯の抵抗だった。
心身ともに疲れて動かぬ身体を横たえたまま、サンジは思った。
『俺は海の香りに包まれて生きてきたんだ。甘い香りなんて、俺自身の香りじゃねェ。甘いのは香油のせいだ。息が甘いのは昼間に香りのよい酒を飲んだせいだ…』
あ……?
そうか…そういうことだったのか…。
『そのお酒はロロノア殿からの御心付けですよ』
確かに女官はそう言った。
食事に香りの良い酒がついたのは、このためだったのだ。
昨晩何度も求められたのも、このためだったのだ。
張形を呑み込めるように自らの怒張で拡張し、身体と息に甘い香りをつけるために香油と酒を用意したのだ。
あいつの心遣いなどではない。
すべては、この酷薄な鳩を楽しませるための下ごしらえでしかなかったのだ。
ロロノアの行為に優しさを見出そうとした自分が呪わしい。
ロロノアは知らぬ間に居なくなっていた。自分を置き去りにしていったのだ。
いつ退室したのか、辱めに耐えるのが精一杯だった自分にはわからない。
ここに鳩とともに置き去りにされたということは、今夜はずっとこの鳩の相手をしろということなのだろう。
今さら驚くことでもない。夜伽の相手が魔獣から鳩に変わるだけだ。
そう思うのに、この絶望感はなんだろう。
茶室の外でザーッという音がする。
鳩が茶室に入ってからしばらくして、雨が降ってきたのだ。
から梅雨に苦しめられていた領民には喜びの雨だろう。
だがギンやロビンには、この雨がサンジの涙のように思えて仕方が無かった。
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